あの空へ-8

『スパゲッティ・モンスター』は間違いなく美味であったが、とにかく量が多かった。

 ウルフが自室のベッドで動けなくなるほどだった。


 ベッドの上で、ウルフはぼんやりとこれまでのことを考えていた。

 戦争難民として飢えて、逃げ回る日々を送った幼少期。

 さまよい続け、たどり着いたコルサックの地では生きるために軍人となり、戦争の当事者となった。

 戦後は見放され、またも貧しい生活に引き戻され、負け犬のような扱いを受けた。

 そして、今は満腹になり、ふかふかなベッドで横になっている。


 人生、なにがどう転ぶか、わからないものだ。


 しかし、今でも彼の人生に問いかけ続ける言葉がある。

『平和の空に戦闘機パイロットの居場所はない。何の為に飛ぶ?』

 かつての宿敵”黄色連隊のアドラー”が残した言葉だ。


 今、この地で、コルサックとベルヌーイの間の企業会合が行われている。

 それが企業の競争力のためだとしても、結果的には二か国の交流健全化につながり、それは平和といっても差し支えないだろう。

 だが、戦争で傷ついた軍人たちを、戦後の成り行きだけで無能と称する人々が主導する平和は、一体どんなものなのだろうか?


 考えを募らせながら、寝返りをうっていたウルフだったが、客室の受話器が鳴り響いた。怪訝な面持ちでそれを取り、内容を聞いて、更にウルフは眉間にしわを寄せた。


「俺に客?」


 ◇


「さっきはすまなかった。

 ……その、急用が入ったんだ」


 ロビーでウルフを待っていたのは、キーテだった。

 彼女は相変わらず哀愁を漂わせていたが、更に顔色も曇っていた。


「いや、いいんだ。

 それより、顔色が悪いみたいだが?」


「いや、そんなことはない。

 さっきの話を詳しく聞かせてほしいんだ。少し、私とともに歩いてはくれないだろうか?」


 職を失い、よほど切羽詰まっているのだろう。

 その気持ちが痛い程わかるウルフは二つ返事で承諾した。

 それに、優れたパイロットが仲間になれば、チームにとってもプラスに働くだろう。


 二人が外に出ると、日は落ちていて、空には夜が迫っていた。


 ◇


 キーテが先を歩き、ウルフが彼女の後に続く。

 ただの偶然だろうが、彼女は昼ウルフが通った道を進んでいく。


 どこまで行くんだ。

 そう尋ねる前に、彼女は静かに口を開いた。


「君の言う通り、私はとある国で戦闘機パイロットをしていた」


「そうだろうな」


「代々、軍人の家系でね。

 私は幼いころから、英才教育を受けてきた」


 彼女のピンとした背筋はそれが作り話ではないと語っていた。

 それが嫌になって逃げだしたのだろうか? 


「そして、私の祖国の一員として、戦争へと参加した」


「君の祖国は?」


「かつては大国だった国だ。


 私たちは猛々しく戦ったが、それでも敗れた」


 彼女はそうつぶやくと、海辺の通りの小さな電灯に照らされたベンチへと腰かけ、ウルフに隣に座るように促した。

 周りに人気はない、静寂だけが二人を包んでいた。


「勝敗が全てじゃない。

 俺の国は勝ったが、人々は満足しなかった」


「皮肉なものだな、私とは真逆だ」


「ちょっと待て、君と俺はコルサックであったことがある。

 戦争の石碑の前で……」


ウルフはようやく奇妙な既視感に気が付いた。


「先の戦争で、私は精鋭部隊に配属された。

 困難な任務だったが、祖国のために、勇敢に戦えることを誇りに思っていた。

 

 だが、私たちの部隊はたった一機のグリペンに壊滅させられた。

 毎日、毎日、出撃の旅に仲間が一人、また一人と帰ってこなくなり、最後は隊長すらも帰ってこなかった。

 共に戦った仲間たちは皆戦友で……特に、隊長は大事な人だった」


 ウルフの質問には答えず、キーテは重々しい口ぶりで語った。

 そして、ウルフに顔を向けた。

 街灯の弱い光に照らされる彼女の表情は、苦痛を振り払い、軍人としての顔を見せていた。


「もう、言葉は不要だろう?


 私はキーテ。

 そう、君が壊滅させたベルヌーイ人民共和国軍第13飛行団所属『黄色連隊』の二番機のパイロットだ」

 

 彼女は黄色のジャケットから、拳銃を取り出し、ウルフに向けた。


 


 

 


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