矛盾(6)

 翌日の昼前から始まった次期主力戦闘機のコンペはさながらイベントの様相を呈していた。

 軍高官や政治家、旧式機を操る数少ない空軍のパイロットとその家族、そして、王室代表としてマリアンナが出席していた。

 ちょっとした航空ショーのようなその光景も、アシアナの顕示行為なのだろう。


 デモンストレーション飛行は交互に行う。

 先に空に上がったのは、GS社が持ち込んだラーストチカだった。

 ジョーの手に手綱を握られたラーストチカは離陸後に車輪をしまうと、そのまま伸びるように急上昇し、進行方向を180度変えて見せた。

 縦方向でのUターン、所謂インメルマンターンだ。

 自軍の旧式機ではとても真似できない派手な芸当に、オーディエンスからはどよめきが上がった。


「双発エンジンならではの力強い立ち上がりだ」


「これでは単発のグリペンの飛行が始まる前に決まったようなものですな」


 軍の高官達は空の上に消えていったラーストチカを、見上げながら頷き合う。

 次に飛行するため、エンジンをアイドリングさせながら、最後の準備を整えているウルフたちも上を見ながら言葉を交わす。


「くじ引きで決まったが、先に強い印象を残せる先行が圧倒的に有利なんじゃないか?」


「そんなことはありません! 絶対に後攻が有利です、”マンガ”で見ました!」


 大熊とフォックスが下らない言い争いを繰り広げる中、ウルフは既にパイロットスーツに身を着込み、ヘルメットを被った状態でコックピットに収まっていた。

 そこから、ジョーの飛行を見上げる。

 ジョーのラーストチカは高高度から流星のように観客が居るところ目掛け、急降下し、彼らの僅か数十m上空で引き上げて見せた。

 観客からは悲鳴に似た歓声が上がる。

 そして、爆音と共に派手にフレアとチャフをばらまき、また雲の上へと昇って行った。


「くそぅ、エアショー気取りか。

 だが、ジョーとかいう輩、口先だけと思っていたが、腕は立つようだな」


「ああ。しかし……」


 他の人々がジョーのループや急降下といった派手な機動に目を奪われる中、ウルフは違うところを注目していた。

 その機動が終わった後だ。

 派手な旋回から水平飛行に戻る際、ジョーのラーストチカはほんの少しふらつく。

 暴れる機体を無理やり押さえつけているのだ。

 そういった制御技術も、間違いなく腕が立つという証拠だ。

 しかし、無理やり押さえつけられた戦闘機は旋回後に、僅かだが必要以上に減速している。一般人から見れば、時速1000kmで飛行する戦闘機がたかだか、数十キロ減速した所で気づくことは無い。

 だが、戦闘機パイロットから見れば、少なからず違和感を覚える筈だ。

 実際、アシアナ王国軍パイロット達はひきつった表情で、飛行を見上げている。

 ウルフ程解析できていないかもしれないが、あの戦闘機の挙動に違和感を感じているのだろう

 空の人間が最も恐れるべきことは速度を失うことだ。

 速度を失えば、ドックファイトでは敵に後ろを盗られる。放たれたミサイルを避けられない。より高くへと上昇できないからだ。


 ウルフはコックピットの中に向き直り、飛行前、最終チェックを行う。


「そろそろ出す。道を空けてくれ」


「わかりました、グッドラック!」


 フォックスが外からキャノピーを閉め、親指を立てると、ATCの整備士たちも道をあける。

 コクピットのMFDにエンジンの状態を表示させ、適正温度になっていることを確認し、警告灯が何もついていないことを確認、射出座席を稼働状態にする。

 翼端灯・タキシング灯を点灯させる。


「Before Taxi check リストコンプリート。

 ウルフより管制塔。

 RW13 South待機地点までのタキシングを要請」


「管制塔、了解。

 RW13 South待機地点までのタキシングを承認。

 待機地点で指示を待て、どうぞ」


「了解」


 この狭い王都空軍基地では駐機場から、滑走路まで二分も掛からなかった。

 滑走路脇の待機場でウルフは前方のカナード翼の動きを確認し、身を捩って振り返り、主翼の動作に問題が無いかを確認する。


「Before takeoff リストコンプリート」


 最後の確認を終えた後、ジョーの機体が目の前の滑走路へと降りて来た。

 若干ふらふらしながら、ラーストチカは滑走路にタッチダウンした。

 コックピットのジョーは、グリペンを認めると中指を突き立てていた。


 野良犬の方がよほど紳士的だとウルフは酸素マスクの下で呆れた。


「こちら管制塔、滑走路クリア。

 滑走路への進入とあなたのタイミングでの離陸を許可する」


「了解、滑走路へ進入する」


 滑走路へと進入する。

 今日のウルフは、気分が高揚していた。

 いつもと違いデモ飛行のため、燃料は少なめ、武装も搭載せずもっとも軽い状態。なにより、人を傷つけなくてもいい空を自由に飛べるからだ。


 フォックスと話し合って決めた飛行プログラムを思い返す。

 色々と決めているが、離陸直後の最初の一節には”あなたにお任せ!”と書いてあった。


 ウルフはヘルメットのバイザーを下に下げた。

 スロットルを押し込み、一度、突っかかったところからさらに押し込む。

 アフター・バーナー点火の動作だ。

 強烈な加速と共に機体全体が上に働く揚力によって、ふわりと浮かび上がる。


 その直後、ウルフは操縦桿を引き、力を加える。

 グリペンの操縦桿は電子制御FBWで制御されている。その為、操縦桿は数cm程度しか動かず、握力で調整する。ウルフが均一な握力を加えると、グリペンは鋭く一定の円弧を描きながら、進路を180度変えて上空2000ftまで登った。

 ここまでは、ジョーと同じインメルマンターンだった。

 しかし、ウルフは暫く背面飛行のままで会場を見下ろしながら飛ぶと、操縦桿を手前に引き、力を加えた。

 背面飛行で、操縦桿を引くということはすなわち下に機首を向けるということになる。

 ウルフはそのまま機体を降下させる。HUDの機首角度-15、-30、-60、-90・・・・・と下がっていく。高度も1秒ごとに100ftずつ下がり、地表が迫る。それでも、ウルフは恐怖して、操縦桿を思いっきり握るということはせず、一定の力で握り続けていた。

 彼の脳裏に描いた通り、グリペンは滑走路上空500ftでぴたりと水平飛行に戻った。


 その機動に一切のふらつきはなかった。


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