矛盾(5)
アシアナの平野に住む人々(現在の王都周辺地域)と山岳部に住む人々は、そもそも民族として違う。
平野に住む人々は古来からアシアナの民だ。
一方、数百年前は山岳の人々は独立した国家の人々だった。
だが、国を襲った大飢饉で滅亡の危機に瀕した彼らは藁にも縋る思いで、隣国アシアナの王に助けを求めた。
寛大な王は彼らを助け、山岳の人々は涙を流し、一族代々アシアナ王家に忠誠を誓うことを誓った。
というのが、アシアナの歴史書に書かれている定説だ。
実際、王都と山岳の人々は5年ほど前までは何のいがみ合いも無く、平和に暮らしていた。
風向きが怪しくなってきたのは、貧しい地域でもスマートフォンが普及しだしてきた頃だろうか。
山岳部の一部の人々は自らを
そして、2年前には山岳部に駐留していたアシアナ山岳駐屯基地がハイラウンダー側につき、離反した。
そして、数か月前、王都に対してテロ攻撃を行った。
これにより王都の人々からも、ハイラウンダーへの攻撃論が上がり始めた。
今、アシアナ王国は内戦へと向かっている。
これには不可解なことがある。
ハイラウンダーの人々は、アシアナ王家は自分達の独立に賛成しているというのだ。
王家・政府共に否定しているのだが、彼らは自らの主張を信じて疑わず、証拠があるというのだ。
◇
ウルフらが到着した夜。
今回の『次期戦闘機コンペ』の関係者たちは、王室が保有する来賓館に招かれて、立食パーティが行われた。
内戦の危機が迫っているのに悠長過ぎないかとウルフは思ったが、大熊曰く、これも戦略らしい。ハイラウンダーの人々に自分達が豊かで余裕があるように見せて、戦意を喪失させようというのだ。
「おい、二人ともいつまでももぐもぐしてないで、少しは競合相手の事を探るとか商売相手の国を学ぶとかしたらどうだ?」
「え、でも」
「……それは大熊大佐の仕事じゃないのか?」
「視野を広く持てと……もういい。
奴らはグローバル・セキリティ。
軍事装備の販売から、傭兵の派遣まで行う民間軍事企業だ。
兵器の開発は行ってはいないが、ライセンス生産を行っている。
制裁で表向きは武器を作れない人民重工の兵器を製造し、大儲けしているらしい。
だが、実態は……」
その時、会場の中央でウェーイというやかましい声が響いた。
喧噪の中心に居たのは、若い男達だった。
彼らの着ている黒っぽいTシャツには「G/S」のロゴが入っていた。
「実態は軍を追い出されるようなチンピラ共の集まりだ。
まずい、こっちに来るぞ」
大熊の言う通り、彼らはニヤニヤとしながらウルフらの所へと近づいて来た。
いや、ウルフではなく、彼らの視線はフォックスに注がれていた。
彼らを従える乱暴に刈上げた金髪の男は、アルコールで顔を真っ赤にしながらニヤニヤとフォックスに声をかけた。
「よぉ、別嬪さん!
俺らとあっちで飲もうじゃんか! コルサックだか、田舎者と一緒にいても楽しくないだろ! なぁ」
男は手をフォックスに伸ばすが、彼女は短い悲鳴を上げて、ウルフの後ろに隠れた。
余程泥酔しているのか、この時になってようやく男はウルフの存在に気づいたようだ
「やめろ、彼女は嫌がってる」
「あ? 退け、殺すぞ」
さっきとは異なり、イライラとした口調で男は強く言う。
だが、ウルフには通用しなかった。
「あー、てめぇか。
ATCとかいう連中の傭兵パイロットは?」
「正しくはATCの一部門、トライアングル先進開発局の者だ。
あんたら、酔い過ぎだ。
明日はデモンストレーション飛行がある。競合相手とはいえ正々堂々やろうじゃないか」
大熊が間に入り、男を窘めようとするが、男は舌打ちして威嚇するだけだった。
「ムカつくぜ、てめぇ。こんな場所で仲良しごっこをしやがって」
「じ、実際仲良しです!」
ウルフの背中からフォックスが精いっぱいのか細い声を上げるが、男にぎろりと睨まれ、すぐに隠れてしまう。
「仲良しこよしで群れてる連中がイラつくんだ。俺達は違う、軍すら手綱を握れなかった狂犬だ。
お前らも咬み殺してやろうか?」
「もういい、馬鹿馬鹿しい」
ウルフは珍しく吐き捨てるような口調でそう言った。
「は?」
「アンタも空の人間だって言うなら、こんなところで吠えてても仕方ない筈だ。
本当にパイロットとしての腕に自信があるなら、空で見せればいいだろう」
ウルフはそう告げると、くるりとパーティテーブルに向き直った。
間抜けなことに背中に引っ付いていたフォックスも一緒にクルリと回るが、気にしてはいけない。
彼はもう何を言われても無視するつもりだった。
「ああ、そうだ。確かに酔い過ぎた。
酔いを醒まさねぇとな。
明日、てめぇのそのプライドに、冷水を賭けてやるよ。
俺はジョー。覚えておけ、G/S一番の賞金稼ぎだ」
意外なことに、その男ジョ―は仲間を引き連れて帰って行った。
ジョーの事を痛々しい奴だったと大熊は評したが、ウルフは違った感想を抱いていた。
口ではなく、空で実力を見せればいいと言った時、ジョーのアルコールで高揚していいた顔色が急に真剣なものに戻っていたのだ。
中々飛べるのかもしれない。
ただし、無駄なプライドを捨てることができれば、ウルフはそう思った。
そして、その様子を遠くからマリアンナがじっと観察していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます