矛盾(4)
中央欧州支部での燃料補給を行い、彼らはアシアナ王国首都上空に辿り着いた。
アシアナ王国はコルサックとは違い、全体的になだらかな地形の起伏がある。
コルサックの首都には高層ビルが立ち並ぶが、ここにはレンガ造りの建物が多く、背も低かった。
だが、その光景は決して貧相なものではなく、むしろノスタルジックな風情を感じさせるものだった。
編隊を組み飛行しているグリペンとストーカー
「静かで綺麗な街……いいところじゃないですか」
と、純粋無垢な感想を述べたフォックスに対して、大熊は前方に見え始めた目的地であるアシアナ王都空軍基地の姿を見てこう呟いた。
「成程。あんなにオンボロな滑走路では、
大熊の言う通り、王都を守る基地の滑走路は細く狭い。その脇の雑草は伸び切っており、古い型式の戦闘機たちは野ざらしで放置されている。
あれではイーグルや、フランカーと言った大型制空戦闘機の発着は厳しそうだ。
「うん?」
ウルフの優れた視野は、その基地の駐機場の奥に鎮座しているダークグレーの機体のフォルムを捉えた。コルサックとベルヌーイの戦争で幾度となく目にしたMIG-29
増えたアンテナや形状の変わった機種を見るに、発展型だろうか?
MIGの周りには軍服を着た軍関係者や政治家のようなスーツ姿の人間、そして、その場に一人浮いているネイビーのワンピースを着る細いシルエットが見えた。
空港まで近づくと、下の人々が轟音に上を見上げる。
下の人々は次の戦闘機となるかもしれない機体を、期待したような目や値踏みするような目で見上げる。
しかし、ワンピースを着た人物はショートの金髪を手で押さえながら、憂いの目で見上げていた。
偶然だろうか、彼女の藍色の目とウルフの目が合ったような気がした。
「こちら、アシアナ王都空軍基地管制塔。
あなた方の到着を歓迎する。
コールサイン、ウルフ、大熊、この順番でオーバーヘッド・アプローチを用いてRW13へ着陸せよ。どうぞ。
どうぞ……ウルフ。
貴機は命令を了解したか?」
「あ、ああ……了解、RW13へ着陸する」
「はははっ、フォックス。
ウルフの奴、皇女様に見惚れていたぞ!」
「ま、まさか、あり得ません!」
大熊の揶揄いの声とフォックスの慌てる声に若干の恥ずかしさを感じつつも、ウルフは無線を切って独り言をつぶやいた。
「皇女か」
今なお大きな影響があるという王室の皇女は、この機体にどういう印象を抱いたのだろうか。
「ウルフより大熊、オーバーヘッド・アプローチ。
こちらから編隊を解く、あとに続け。
ブレイク」
綺麗な旋回を描き、ウルフのグリペンは空中に鮮やかな線を残す。
その様子を尚も、皇女は下から見守っていた。
◇
基地に降り立ったグリペンは、基地の空港消防車の放水による歓迎のアーチで出迎えられた。
アシアナの整備士たちによって、迅速にグリペンのタラップがかけられた。
政治家・軍人たちの歓迎の拍手を受けながら、ウルフは地面に降り立つ。
彼の人生でここまでの待遇を受けたことはなく、内心激しく動揺していたが、大熊の『堂々と真摯に振る舞え』という助言を受け、そう振る舞っていた。
やがて歓迎する人々の中から、先程の皇女が現れ、ワンピースの裾を持って優雅に貴族風の挨拶を行った。
「遠路はるばる、ご苦労様でした。
恐らく、二十歳になったばかりの娘だ。
しかしながら、彼女の作法は優雅で美しく、年齢以上の何かを感じさせた。
マリアンナはウルフの元へゆっくり近づく。
握手するつもりだろうか、しかし、大熊はみだりに王族の身体に触れてはいけないと言っていた。どうするべきかとウルフが悩んでいると、彼の予想に反して、マリアンナは手を後ろに組んだまま、前かがみになり周りに聞こえないよう呟いた。
「あなたは騎士、それとも傭兵?
一体、どちらかしら? 」
「……? 」
質問の意味が分からず、ウルフは困惑した。
そんなウルフの姿を見て、マリアンナは薄い微笑を浮かべた。
マリアンナは身をひるがえし、ウルフの元から去ろうとした。
その背中にウルフは声を投げた。
「皇女殿下、自分は戦闘機パイロットであります。
それ以上でも、それ以下でもありません」
事実を伝えなければ、ウルフはそう考えただけだった。
その声にマリアンナは一瞬驚いたような顔で振り返るが、すぐに先程の笑みを浮かべた。
文字通り 目と口の表情を変えるだけで、静かに、かすかな笑みを浮かべた。
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