矛盾(3)



 ディナーの翌日、ウルフら三人はターンストンの執務室に呼び出された。

 新たな任務を受ける為だ。

 しかし、それは今までのものとは明らかに異なっていた。


「諸君たちの活躍で、グリペンに興味を持つ潜在的な顧客が現れた。

 しかし、彼らはデータだけではなく、その目でグリペンの性能を見たいと言っている」


「つまり……?」


「諸君たちには現地に赴き、彼ら『アシアナ王国』の軍・政府・王室関係者の前でデモンストレーション飛行をやって欲しい」


「アシアナ王国、えっと、大学の授業で習ったような……たしか東欧州の小さな国。古風な建物や喉かな風景で観光で訪れる人も多いとか」


「1970年代までは王政の国だったが、平和的なプロセスで民主制の国になった。

 だが、それでも国民の王室への忠誠心と憧れは強い。

 一方で、国を分ける大山脈があり、都会のある平地部と幾つかの集落が点在する山脈では住む人々の人種が異なり、多少の隔たりがある」


 フォックスの言葉を、更に博識な大熊が引き継いだ。


「その通りだ。

 その民族間の争いが急激に悪化し、内戦の危機に瀕している。

 彼らは直ちに、即戦力となる戦闘機を求めている。


 ただ、受注を狙っているのは我々だけではない。

 グローバル・セキリティGSという海外企業も、アシアナ王国にMIGラーストチカを売り込んでいるようだ。

 どうも、この企業は裏で人民重工と繋がりがあるらしい」


「また連中か。

 これでは企業間競争どころか、企業間戦争だな。


 今回、私の出る幕はなさそうだな。

 デモンストレーション飛行の計画はフォックスが作って、その飛行はウルフが行えばいい。私はバカンスだと思って……」


 大熊は能天気なことを口走ろうと思ったが、ターンストンはチッチッと指を振る。


「何を言っている?

 大熊、君が営業担当だ」


「は?」


「うかうかしてられん。

 GS社は既に現地に到着したようだ。

 君たちはATCの中央欧州支部を経由して、アシアナに向かえ。あとで支援部隊が輸送機で向かう。

 ビジネスチャンスを逃すなよ」



 ◇


 翌日、早朝。

 ATC本社滑走路では、フライトの準備が進められていた。


 今回のグリペンはいつもウルフが乗っている単座C型ではなく、複座D型を持っていく。これはアシアナ王国の希望だ。

 アシアナ王国には空軍が存在するも、10機程度の70年代に開発された戦闘機しか保有しておらず、稼働率も低いようだ。

 その為、パイロットの再育成から始めなければいけない。

 交渉が上手く行けばC型10機、D型5機の受注が見込まれる


 複座型は重量が若干増えているが、メリットもある。

 ウルフは宿泊の荷物を後席に置いた。


 準備を終えたウルフのもとに、フォックスがクリーム色の髪を風になびかせながら近づいて来た。


「ウルフ、荷物はちゃんと確認しましたか?

 歯ブラシとパジャマに、それからマグカップは?」


「ああ、問題ない。


 ……マグカップ? ペットボトルの飲み物ぐらい向こうでも売っているだろう? いらない」


「要らない? じゃあ、私は誰とティータイムを楽しめばいいんですか? 」


 ウルフはフォックスの悲しそうな顔から視線を逸らし、大熊に助けを求めようとそちらを見るが、彼は『サルでもわかるビジネス交渉術』を熟読していた。

 ウルフが困り果てていると、フォックスは一転して顔をパッと明るくした。


「なんて、冗談です。

 これあげます、先日のディナーのお礼です。

 私とお揃いです! 」


 ウルフが手渡されたのは、可愛らしい猫が描かれたマグカップだった。

 手渡したフォックスは今度は一転して、恥ずかしさを覚えたのか、赤面しながらでは、アシアナでと告げると急ぎ足で帰っていた。


 ウルフはマグカップを荷物の中に壊さないよう大事にしまいながら、ビジネスを学んでいる大熊のように、自分もティータイムの流儀を学んだ方が良いのだろうかと思った。




 お知らせ。

 作品の方向性変更により、章の一部を削除しました。

 削除された部分は、先週投稿した最新話から遡り7話となります。


 内容で言うと、ウルフとフォックスがディナーに行った回から新たなストーリーが始まります。


 読者様を混乱させることを大変申し訳なく思います。

 これらの措置は作品の継続と、住み分けの為です。

 鬱展開、復讐、残虐な内容を期待されていた方にはこちらをおすすめします。


『Remain in the Air 取り残された英雄』

 https://kakuyomu.jp/works/16818093085486959227









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