矛盾(2)
予約していたレストランの前に辿り着いたとき、ふと、ウルフは大通りの街頭ビジョンが目に入った。
「再来月行われる大統領選挙で、有力候補の一人、ジョン・デイビット氏がまたしても問題発言です。『農村部に生きる人々は生産性が低いので、人間としての価値も低い』と述べたことが問題となっています。
こうした発言が続いているにもかかわらず、彼の富裕層への課税緩和策や、軍の責任を追及する力強い姿勢が主に都市部での支持を集めています……」
「ウルフ、入りますよ? 」
「あ、ああ」
◇
そこそこ高級なレストランだった。
フォックスは美味しい料理に目を輝かせ、ウルフも相変わらず無表情ながらも食事を楽しんでいるように見えた。
「うーん、美味しい! 」
「ああ、本当。こういう食卓を囲むのは本当に夢だった」
「そ、そんなことを言って」
フォックスはまた赤面しているが、その言葉はウルフの本心だった。
そもそも、彼は物心つく前に両親と離れ離れになり、家族と食卓を囲んだことがない。
廃材で作られた粗末なバラックは無慈悲に吹き飛ばされ、彼は他の難民達と塹壕の中で一夜を明かす時期があった。
そんな環境で温かな食事を作れる筈もなく、味のない乾パンの毎日だった。
まさに地獄だった。
ほとんどの者は口も開かず、誰かに食料をとられることを警戒して、皆離れて孤独に生気を失った目で咀嚼する。
彼にとって、誰かと食卓を過ごすというのは夢だったのだ。
「こんな時間が来るなんてな」と、彼は少し声をひそめて呟いた。
◇
彼らがディナーを楽しんでんでいる時。
コルサック空軍は国民に向けての会見を開いた。
だが、その会見は異様なものだった。
軍服ではなく、スーツ姿の報道官が壇上に立ち、マイクを持った。
「報道陣の方々、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。
先程、発表した通り、我々はベルヌーイ残党に対し空爆任務を行います。
しかし、国民の方々はコストの面を気にされていると思われます。
そこで、我々コルサック空軍が、ベルヌーイ残党に対してどのように攻撃を行い、かつどれほどのコスト削減を実現できるかをご説明いたします。
皆さん、前の戦争では、確かに多額の税金が使われました。しかし、今回は違います。われわれは、徹底したコストパフォーマンスを実現しました」
プロジェクターには前戦争での空爆でかかったコストと、今回の作戦で予定されているコストを比較するグラフが映し出された。『35%の削減』という文字がグラフに踊る。
それはまるで企業が、顧客にプレゼンテーションをしているかのようだった。
「こちらをご覧ください。過去の作戦と比較して、今回の空爆作戦では35%のコスト削減を実現することができます。
使用する航空機とその爆弾は旧式のものを使い、最短距離の飛行で燃料の消費も最低限に抑えます。
我々は前戦争での反省を生かし、軍事と経済の両立を目指します」
報道官が語り終えると、記者たちは一斉に質問を飛ばした。
「戦闘機を使うのですか? 一部の先進国ではラジコンのような安価なドローンに爆弾を搭載し、対地攻撃に使っているようですが? 」
「ドローンは確かに安価ですが、ベルヌーイ残党はまだ強力な対空兵器を保有している為、ドローンでは通用と判断し……」
「言い訳をするな! 軍の技術力と練度が足りないと本当の事を言え!」
「その、今、回答した通り……」
「大統領候補のデイビット氏は、以前、風船を使った画期的な攻撃法を提案されていました。彼に意見を仰いでみるのは」
「彼は軍事の専門家ではありませんので、我々は色んな側面を考慮して作戦を」
「プライドが高くて、頭を下げられないだけだろう!」
たじたじの軍人と、鋭い指摘でズバズバと攻め立てる記者たち。
戦争とは無縁の都市部の人間はその様子を見て、やはり軍はとんでもない無能だと、冷笑するのだった。
殆どの人が、『どれだけ安い値段で、人を殺せるか』ということを真剣に語っているということが異常ということに気付いていなかった。
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