語られない前線 エピローグ

 ウルフのグリペンと、大熊らのAEWは無事にコルサック首都までたどり着き、もうすぐでATCの空港に着陸態勢に入ろうとするところだった。

 そういえば腹が減ったと。ウルフは一つだけ残しておいた海苔巻きに手を伸ばそうとした時、右手の遠い空に機影が見えた。


 複数機の編隊だった。


「あれは? 」


「どうやら、軍の爆撃機アードバーク部隊とその護衛戦闘機ヴァイパー部隊の様です。

 多い、10機はいます。ベルヌーイの方角へと飛んでいきます」


「アードバークが? 何のために」


 アードバーク、可変翼機構を持つ多目的戦闘機として設計された機体だ。

 しかし、戦闘機というにはあまりにも鈍重で、もっぱら搭載量を生かした敬爆撃機として利用されている。


「分からん。もしかすると、先日の一件で軍も重い腰を上げたのかもしれんな」


 先日の一件とは、ウルフがフォックスフッドを撃墜したことだ。

 民間企業であるATCに手柄を取られた軍は、焦って挽回しようとしているのかもしれない。


「あの街の人々が心配だ」


「まさか、心配はいりませんよ。

 報復と言っても、過激派の拠点に空爆するのでしょう。

 確かに軍は変わってしまいましたが、完全に人の心を失ったというわけではありません」


「……懸念事項は、練度の低さだな」


 ウルフは遠ざかっていく彼らの機影を見送ると酸素マスクを外し、残しておいたサーモンの巻き寿司を口に放り込んだ。


「うまい」


 ◇


 基地に到着後、グリペンから降りたウルフを、フォックスは待ち構えていた。

 夕陽が彼女のクリーム色の髪を照らし、白い肌を鮮やかに照らしていた。


「今日のお弁当、どうでした? 」


「うまかった。あの魚のが美味しかった」


「ふふ、サーモンって言うんですよ」


 うまかったという言葉を聞いて、フォックスはぱっと笑顔を咲かせた。

 だが、すぐに彼女はウルフの視線の向かう先に気が付いた。

 視線の先には、ATCのスタッフと話し合う大熊が居た。

 ウルフの迷うような眼を見て、彼女は彼の思っていることを理解し、ぽんと背中を押した。


「……これで以上だ。整備班にはそう伝えてくれ。


 なんだ、ウルフ。何かあったのか?」


「大佐、この前のことだ。

 その……殴って悪かった」


「あ、ああ……。別に気にしてはいない。

 なぁに、殴られたのは何度だってある、昔の軍じゃ、上官や同僚との殴り合いは日常茶飯事だった」


 ぎこちない乾いた笑い声を出す大熊だったが、滑走路にATCの輸送機が着陸したのを見て、懐かしむような声を出した。


「お前は最初、輸送機パイロット志望だったな」


「ああ。後方で安全そうな仕事に見えた」


「だが、俺がお前の適正検査の結果を見て、並々ならぬ才能を感じて、無理やり引き抜き、戦闘機パイロットとして育てた。

 怨んでいるか?」


「結局、輸送機も前線の空を飛ばされて、重い機体で逃げられずに撃墜されているのを見た。それに比べたら、グリペンは回避できるし、反撃も出来る。


 それに……」


 ウルフは言葉を区切った。

 真っ白なグリペンの翼は、夕陽を浴びて銀翼に輝いている。


「自由自在に空を飛べるグリペンに乗っていなければ、俺は生きがいを見つけられなかった。 もし、もう一度空を飛ぶという目標が無ければ、俺は今のこの国の現状に耐えられず、今日を生きていなかったかもしれない。


 だから、生きる理由をくれたことに、感謝しているんだ」


 大熊はその言葉を聞くと、不自然に空を見上げ、顔を逸らした。


「いかん、雪が降って来たな。私は部屋に戻る」


「雪……? 」


 ウルフは足早に去っていく大熊に首を傾げた。

 空を見上げても、そこには雪の結晶どころか、雲一つなかったからだ。


 フォックスはくすくすと笑いながら、ウルフの肩を叩いた。


「ふふ、案外、あの大佐にも可愛いところがあるんですね」


「か、かわいい? 大佐が?」


「でも、良かった。仲直り出来て。

 これであの頃みたいに、戻れますね」


 フォックスは暫く黙り込んだ後、今度は自分が落ち着きなく視線を彷徨わせた。

 そして、頬を朱色に染め、ウルフの袖を掴んだ。


「?」


「ね、ウルフ。

 軍の時に最後の戦いの後、交わした約束を覚えていますか?」


「?」


「もしかして、忘れたの……?」


「……まさか、覚えている、もちろん」


 ウルフは咄嗟に嘘をついた。

 寡黙で感情表現が薄く、感情を読み取る力も薄いウルフだったが、彼女の沈んだ表情と震えた声を聞いてまずいと直感的に感じた。


「……」


 が、すぐに口から出まかせを言える程、ウルフは出来ていなかった。

 フォックスは耐えかねたように、顔を赤面させ、か細い声で叫んだ。


「ディナーの約束ですっ!」





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