語られない前線(5)
「ウルフ、エンゲージ」
グリペンは機首を下げ、鋭く降下する。 冷たい空では、主翼から発生する
ウルフが操縦桿のウェポンセレクターを押すと、主翼の方からキュインという開く音がした。 例のステルス・ポッドが開かれたのだ。
そこからせり出されたマーベリックAGMのシーカーが、敵の対空主力戦車(ミサイル付き)の熱源を探し、すぐにロックオンを知らせる長いビープ音が鳴った。 やはり、魔改造され、見るからに重たい戦車は凄まじいエンジンの熱を放っていた。
「ライフル」
ウルフは対地ミサイル発射を宣言し、トリガーを引く。 放たれたミサイルは、白い尾を描きながら機体から離れていく。 逆にコックピットのサブモニターには、マーベリックのシーカーが捉えた敵戦車がぐんぐんと大きくなっていった。
<うん!? ミサイル警報! 後退だ!> <間に合いませ>
視界の向こうで、戦車の砲塔がびっくり箱のように飛び上がる。 幸運にも乗務員たちは、燃え上がる車体から飛び出して脱出するのをウルフの優れた視野は捉えていた。 だが、ウルフはまだ接近を辞めない。
敵の眼が覚め切る前に、最大の打撃を。彼が戦場で学んだことだった。
<空襲だ! 24番業務、24番業務! 社員一同、全力を以って対空業務を開始せよ!> <我ら愛国集団技研を攻撃するとは何者だ?コルサックの連中か!?>
視野は路地の角から慌てて出てこようとする対空トラックを捉えていた。 路地に熱源を遮られる、そう考えたウルフは、ミサイルをしまい、機関砲で攻撃した。 放たれた20mm機関砲は狭い路地に飛び込み、トラックのエンジンを貫いた。
その向こうに技研の工場から対空砲火が上がり始め、ウルフは機体を翻し、離脱する。 深追いはしない、絶対に。
ウルフの空気を切り裂く鋭い旋回は、下の街中にパンッという鋭い破裂音を残し、そして、間髪入れずに大空に向けて急上昇した。 その様子は、まるで獲物を狩る雪狼だった。
<は、早い! こいつ、並大抵じゃないぞ! まさか…色じゃないのか!?>
<とても追いきれません! ああ、雲の上に隠れられた!>
<やつが隠れるのならば、こちらもそうすればよい! あと一両生き残っている対空戦車を路地に隠せ! 街はどうでもよい、工場さえ無事なら!>
ウルフは雲の上から、下を眺めて舌打ちする。 敵は街角に対空車両を隠し、対空砲火を上げるつもりだった。 頑丈な建物を破壊するには、マーベリックAGMでは火力不足なので、高い高度から爆弾を使用しなければいけない。
しかし、視界を確保するために雲の下に出れば、対空砲が狙ってくるだろう。 では、対空砲が射角を取れない低い高度から近づいて……だが、それだと、街角に隠れた対空砲の位置が分からない。
ジレンマだった。
ウルフは対空砲の射程が届かない離れた空から、カメラで下の状況を探る。 と、その時、カメラは偶然にも、下の崩れかかったアパートの住人を捉えた。 両手を動かし、全身で何かをアピールしている。 最初は、
「フォックス!」
「はい、データをアップロードします!」
ウルフと同じカメラ映像を見ていたフォックスも、意図に気づいたようで、彼女はグリペンにデータを送信した。 サブモニターの地図が更新され、HUDにルートが表示された。
「大まかな位置情報を送りました。微修正は任せます! ……頑張って!」
彼女の健気な声に、ウルフは黙って頷く。 そして機体を急降下させ、街の外の積雪の荒野の地上すれすれで機首を上げた。 ジェット排熱で雪を溶かしながら、街へと接近し、HUDの矢印が上を向いた瞬間、機体を上昇させる。
彼が上昇させた先には、狭い路地が真正面にあり、例の対空戦車がきょろきょろとあらぬ方向を見上げていた。
グリペンは鋭く機首を下げ、攻撃態勢に入る。 ステルスポッドからマーベリックAGMが顔を出し、敵を探す。
「ライフル」
<奴です、3時方向です!> <しゅ、主砲発射! なんとしても止めろ!>
対空戦車はグリペンを振り向きながら、機関砲、さらには戦車砲を発射するも、どれもウルフを捉えきれなかった。 一方、ウルフは放ったミサイルを一瞥することもなく、再度空高く上昇した。
下の住人から見れば、地平線から飛び出してきて、また見えなくなったと思ったら、ロケットのように空へと舞い上がったように見えた。
7.5Gもの圧力が身体にかかり、視界が黒ずむが、脳裏には下の情景がイメージされていた。
<Bomb away……>
ウルフは爆弾を機体から切り離した。 爆弾は自由降下を始め、ウルフは雲の上へと逃れる。
<おい、何か降って来たぞ!> <クソ、製品に保護カバーを被せ――!>
下で発生した爆発による衝撃波で雲が切り裂かれ、ウルフは燃え上がる工場と破壊された戦車を目視でとらえ、バイザーを押し上げ、汗をぬぐった。
「やりましたね!」
遥か遠くの空でも、センサーでその様子を観測できたのか、フォックスが黄色い歓声と共に称賛する。
「対空戦車と工場は破壊されました。残りは低脅威度目標だけです。 へんたいだか、なんだか知りませんが、彼の敵ではありませんでした!」
「おい、余計なことを言うな。嫌な予感がしてきた」
大熊大佐は低い声でそう懸念した。 どうやら、その懸念は間違っていなかったようだ。
<人民の叡智の結集、技研の底力をを失うわけには行かん!
機甲輸送列車”
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