語られない前線(4)
「では、ブリーフィングを終了する。
対空監視部門は部署に戻り、データ解析部門は次の会議の資料を用意してくれ。
ネメシスは3時間後の飛行に備えてくれ」
それを聞き、ウルフがいそいそと立ち上がろうとすると、ターンストンが歩み寄って来て、耳打ちした。
「まだ公表されていないが、昨日某国からグリペンの受注があった。
先日の報道と、我々が提供したデータを見て、購入を決断したようだ」
「その国っていうのは……」
「安心したまえ、極東の70年平和な島国だ。
野蛮な使い方はしないよ。
戦争がこの国の倫理観を壊してしまったというのなら、そもそも戦争を起こさないように備えるのがもっとも懸命なやり方だ。
とにかく、このことに上層部も満足している。君のインセンティブも弾むだろう。では」
ターンストンは彼の肩に手を置くと、去って行った。
◇
3時間後、ATC所有の空港にて、大熊大佐は飛行前のAEWの中から最終確認中のグリペンの様子を見ていた。
ウルフはフォックスから何か包みのようなものを受け取り、機体のタラップを駆け上がる。そして、フォックスもAEWに乗り込んだ。
「すみません、遅くなりました」
「いつもの弁当か?」
「ええ、これからもやっていこうかなって」
フォックスはさっきウルフに差し出したものと、同じタッパーに入った弁当を見せ、にっこりと微笑んだ。
ふわふわとした彼女のクリーム色の髪が、犬の尻尾のように、今の彼女の浮ついた感情を示しているようだ。
「巻き寿司か、二次大戦のゼロ・ファイターから着想でも得たか?」
4つの巻きずしは、海苔でしっかりと包まれた鮮やかな緑色の表面が光り、白い酢飯と中に巻かれた鮭やきゅうりの色合いがコントラストを成していた。断面からは、色とりどりの具材が整然と並び、見た目にも食欲をそそる。
「大佐もいかがですか、少しなら分けてあげますけど」
「要らん。10数時間も飛ぶわけでもあるまいし。
我々はビジネスジェットだからまだ良いが、奴はあんな狭いコックピットで食ってよく腹の中に入るものだ」
大熊はぼやく。
そのつぶやきにフォックスはむっとした表情を見せる。
以前のウルフは軍隊のエナジーバーや乾パンを嫌っていた。
そうした味気ないものは、辛い難民の頃を思い出させ、ウルフは苦悶の表情でそれを食べていた。
そこで、料理が趣味のフォックスが弁当を作った所、ウルフは毎日完食するほど気に入ったようだ。
また、彼女も冷たい男だと思っていた彼への評価を変え、そこから二人の距離は縮まりだしたという経緯がある。
そして、帰還後機体のフィードバックよりも、飯のフィードバックの方が口数が多いウルフに、大熊は頭を抱えていた。
「ま、コックピットに吐き散らさなければなんでもいいんだがな」
またしても離陸直後から、激しい機動で空に登っていくグリペンを見ながら、大熊は呆れたように呟いた。
◇
コルサック―ベルヌーイ領空、境界。
「領空侵入まで3,2,1……ベルヌーイ領空に侵入しました。
敵影は認められません」
「インターセプトの心配はそこまで要らないようだ。
ベルヌーイ正規軍は瓦解し、残党たちは指揮系統もままならないまま行動している」
「了解」
ウルフは3つ目の巻きずしを平らげると、一つをのこして邪魔にならないところにしまう。最後の一つは残しておくタイプだった。
「作戦内容を確認します。これから五分後に到達する地域において、精密空爆を実施します。攻撃目標は重工技研第7工場、試作品試験場、輸送拠点です。
ですが、その前に対空兵器の無力化を進言します。
彼らは過激派と結託し、対空兵器で武装しているということです」
機首のカメラが展開し、地上の様子を捉える。
荒れた街の中、幾つかの工場らしきものは無事に顕在している。
だが、工場の敷地には外界を分かつような大きな壁が立ち、屋根には機銃が取り付けられていて、少なくとも地域と共存する優良企業には見えなかった。
そして、その通りに装甲車のようなものを発見し、ズームインする。
履帯がついた装甲車で、砲塔が備え付けられており、そこには……。
「敵を発見。
敵は砲身を付けた戦車、いや、対空機関砲もつけていて、ミサイルらしきものも見える。対空・対地どちらともだ……」
「やはり戦時中と変わらんか、気を付けろ、ウルフ。
重工技研は戦車の上にデパートを立てるような、変態共だ。
何が出て来るかわからん!」
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