語られない前線(2)
「フロッグフット二機、国境5km手前で旋回を開始。
……どうやら、対地攻撃をしているようです」
「ベルヌーイ軍機が自国の中で、対地攻撃をしているのか? 」
「ああ。彼らは今激しい内戦を行っている。
戦争後、ベルヌーイの内にあった国が独立を求めて反乱を起こしたのだ。また、更なる戦争を望む急進派、軍部への責任を求めてテロ活動を行う組織もいる。昨年だけで5千人は死んだとされている」
大熊大佐が淡々と告げる。
グリペンのコックピットの中からでも、遠くに立ち上る黒煙が見て取れた。
そして、空をふわふわと飛び回る黒い点のような機影もだ。
ウルフは危機感を覚え、短く尋ねる。
「練度が低い。
連中の放った流れ弾が下の街に当たるかもしれない。
スクランブルは? 空軍は何をしている? 」
「……我々が軍を抜けた理由をまだ話していなかったな」
大熊大佐は、どこか悲し気な声で語った。
「あの戦争で勝ったのにもかかわらず、世論からの非難にさらされた上層部はすねた。彼らも世論と同じ考えに染まったのだ。
この眼下にそびえるような貧しい町をGDP生産率が低く、守るに値しない町と断定した。護った所で、世論からは何にも評価されないからな」
「今の上層部の中には、少しでも評判を上げようと、ネットで人気のある頭脳派インフルエンサーを軍師にしてみてはどうかという人さえいます。
軍部は、正義よりもコスパを連呼する集団に成り変わりました……」
フォックスは悲し気に呟いた。
ウルフはグリペンのカメラを操作し、下の街を見やる。
子供達がわっと走り出し、大人たちが早く逃げろと叫ぶ、老人たちは隠れもせず、ただじっと空の向こうを眺めている。
今度は、ベルヌーイの地にカメラを向ける。
小さく見える町々は完全に破壊されていた。それに追い打ちをかけるように、大きな火球が地面を覆う。
「……ナパームか」
「ウルフ、退避を。
故意か、戦闘中の機動の為かは分かりませんが、フォックスロッドがそちらに接近しています。
相手は鈍重な攻撃機ですが、自衛用の対空ミサイルを装備している筈です。
今のあなたの機体には、ミサイルが積まれていないのですから退避を」
「だが……」
ウルフはコックピットのディスプレイを見る。
左ウェポンステーション Empty 右ウェポンステーションEmpty
◇
コルサックの国境から1km未満の上空、1500ft。
軍過激派のフォックスフッドのパイロットは、自国が燃える様子に喝采を上げていた。
「敗北主義者共を根絶やしにしてやったぞ!」
「隊長、コルサック領空に近づきすぎています」
「構うものか、迎撃など来やしない。
そうだ。空の覇権は伝統のベルヌーイにあり、我が国は戦争に負けてなどいない。
ん、あれは」
上空にきらりと光るものを目にして、パイロットは目を瞬いた。
白色に光る何かが空で裏返しになり、弾丸のように高速で迫って来た。
「ありえない、敵機だ! アキータ、援護しろ!」
「なんだって!? 増援の要請を! 」
「できるわけないだろう!?」
僚機の提案にそのパイロットは脂汗を垂らしながら、否定する。
さっきは勇ましいことを言ったが、もはやベルヌーイ過激派は烏合の集であり、護衛戦闘機どころかまともな航空管制もなく、地上の無防備な街への対地攻撃位しかできなかったのだ。
「何処に行った!? アキータ、敵は何処だ!? 」
「げ、現在、旋回中……見えました。隊長の真後ろです! 」
「何!?」
彼は後ろを確認する為に身をひるがえすと、たったの数m後ろにグリペンの姿がいた。
彼は二つのことに恐怖した。
一つはぶつかるような距離に敵機がいる事、もう一つはその敵機が真っ白なグリペンだったということ。
「白いグリペン……
「隊長、後ろにつきました!
振り払ってください、隊長! ミサイルのシーカーが隊長と敵の熱源を同時に捕らえ、ロックが定まりません!」
対地攻撃機であるフォックスフッドにはレーダーがなく、ミサイルのシーカーだけでロックオンする必要があり、その精度も低かった。
「ええい、わかっている、くっ、振り切れない!」
どんなに操縦桿を動かして、ロール・旋回どんな回避機動をとっても、衝突寸前の感覚を維持したまま、グリペンは影のようについて来る。
「隊長、撃てません!」
「あ、あり得ない」
例え、戦闘機と攻撃機の運動性の差があったとしても、想像の範疇を越えていた。
回避機動の激しいGと共に彼の理性が失われていく、何が一番恐ろしいかというと、敵の意図が理解できないのが恐ろしい。
「何故だ、何故、撃ってこない!」
「隊長! 指示を!どうすればいいのか、指示をください!」
「クソ、弄ばれてるのか!?
やるなら、一思いにやれ!」
「 え!? 了解、FOX2!」
「!? 違う、そうじゃ――」
部下が致命的な間違いに起こしたことに気づいたときには、もう遅かった。
僚機の放ったミサイルは、二つの熱源の内、フォックスフッドのエンジンを選び、見事命中し爆散した。
爆風がはれる頃には、グリペンの姿は無かった。
「た、隊長、まさか俺は味方を撃ったのか……? ち、違う。まさか、違う、違う!」
その時、コックピットに影が落ちた。
一人残されたそのパイロットが、上を向くと、頭上でグリペンが背面飛行をしていた。
恐怖の絶叫と共に、経験の薄い彼は敵からいち早く離れようと操縦桿を下に倒した。
その真下が、積雪の大地であることも忘れて。
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