語られない前線
語られない前線(1)
ATC経営陣の中には先戦争の英雄とはいえ、通常の採用ステップを踏まなかったウルフに疑問を呈するものも少なくなかった。
しかし、ウルフはバーチャル・シュミレーターでの仮想テストで、社内歴代最高得点を次々と叩きだし、彼等を実力で黙らせた。
数週間後、本社の試験飛行場でウルフはグリペンのコックピットに収まっていた。
今のグリペンには、狼のマークは無く、単色グレーの機体には国籍マークの位置にはATCのロゴが付けられていた。
「ウルフ、無線感度をチェックします」
同じくATCのロゴを付けたAEWが並ぶ。
「ああ、聞こえている」
「了解しました。
今回の任務……ではなく、えっと、飛行計画の確認を行います!
本日のフライトは機体動作の確認ということで、事前に定められたウェイポイントを飛行します。
WP1、WP2,そしてWP3はコルサックとベルヌーイの故郷近くになり、ここからWP2,1の順で引き返し帰還するということになります」
「まぁ、端的に言えば、ただの航路飛行だ。気楽にやればいい」
「と、もう一つ再確認しておきます。
知っての通り、この周辺は商業地区で騒音防止条例がある為、戦闘機はそこを避けて通る必要がありますので、離陸後は迂回してください」
グリペンは滑走路に侵入し、念入りに操縦系をチェックしているのが見て取れる。
その様子をAEWの小窓から、フォックスは窮屈にのぞき込んでいた。
「おい、何をしている?
奴が飛んだら、次は我々だ。早く座らないか」
「でも、だって、あんなにブランクがあって、機体を操れるものなのでしょうか?
練習用のセスナではなく、音速を叩きだす戦闘機を」
「その心配は要らん」
大熊は外の様子には目もくれずにそう断言した。
その直後、グリペンのエンジンノズルにアフターバーナーが付き、急激に加速した。
そして、少し浮かび上がり車輪をしまうと、暫くそのまま加速し、滑走路終端で急激な上昇をし、垂直に上昇し雲の中に消えていった。
「商業区を迂回してとは言ったけど、まさかこんな無茶な飛び方するなんて……」
「な、だろう?」
◇
「WP3に到達、ルートに従って飛行を続けてください」
「了解」
グリペンは国境沿いに到着した。
ウルフは新搭載されたカメラを、展開し、その様子をモニターに映し出す。
下の様子が鮮明に映し出されている。
ウルフは新装備を試したいという気持ちもあったが、それ以上に見たいものがあった。
下に広がる国境沿いの寂れた町。
開戦当時、ベルヌーイの進撃を受け、大きく破壊された街並みは未だ復興が進まず、瓦礫は一纏めにされて放置されている。
高性能カメラは子供達が靴磨きの商売をしているのを捉える、雪が降っているのもあり、寒々しい印象を受ける。
「聞こえるかね、ウルフ」
「……主任?」
突然、無線で喋りかけて来たのはターンストンだった。
本社から直接かけているのか、ノイズが酷い。
「少しノイズがあるが、そのカメラはこちらでもリアルタイムで視聴することが出来る。
カメラを動かし、私に国境を見せてくれ 」
ウルフはカメラを国境に向けようとする。
しかし、中々とらえることはできない。
操作が難しいとかではなく、上からでは国境の位置がよく分からないのだ。
地図と違い国境に線が引かれているわけでもなく、国に違う色が付けられているわけでもない。
「わからないか? 」
「申し訳ない」
「いや、当然だ。私にもわからん。
ずっと前から、予算の問題で国境には寂れたフェンスが設置されているだけだった。
そう、何も変わっていないのだ! あれだけの戦争をしたのに、あの戦争で何人死んだと思う? 」
「……1万人ぐらいか? 」
「とんでもない!
行方不明者を合わせると、10万、10万人だ!
10万人が死んで、国境は1mmも動かず!
勝者のコルサックは頭を低くして国内世論に奔走し、ベルヌーイは惨めに沈んでいく、これだけのことをして、何も起きず、何も得なかった!
これは死んでいったものに対する、戦争そのものに対する冒涜ではないのか!? 」
ターンストンは語り口調は、思わず聞き入ってしまう圧力があった。
ウルフは困惑した。
そして、再度下の町並みを見る、やはり変わらず貧しい暮らしが広がっていた。
「これはあってはならないことだ。
鎮魂の為にも、変革が必要なのだ。
我々ATCは――」
「
主任と何かお話されていたようですが、緊急事態につき、割り込まさせて頂きます」
「あ、ああ。何があった? 」
「国境から50km、ベルヌーイ領内でフロッグフット二機を探知。
コルサック領空に接近しています! 」
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