決着から始まる物語(6)
その日、ウルフはATCが手配したホテルに泊まった。
本社近くの一等地にある高級ホテルだったが、その高級なベッドに寝ころんでも、彼の気分は晴れなかった。
本当は、ウルフは同僚たちとは違う形で再会したかった。
小さな夢かもしれないが、一般社会に馴染み、元気でやっている姿を見せたかったのだ。
家族がいない彼にとって、二人は家族のようなものだったのだから。
◇
翌日、ATCに出社したウルフを、大熊とフォックスの二人が出迎える。
「来たか」
「ああ」
「……」
二人の間の気まずさを感じ、フォックスはぎこちなく話題を変えた。
「ウルフ、本日は主任が来られる予定です。
でも、心配しないで。
堅苦しい人じゃなくて、気さくな人だから」
「おお! ご紹介にあずかり光栄だ。
初めまして、ウルフ君。私はADD《トライアングル先進開発局》の主任ターンストンだ」
フォックスの背後から現れたのは、仕立ての良いスーツを着た30代ぐらいの男だった。黄色のストライプが入ったネクタイがやけに目立ち、人の良さそうな笑みを見せている。
ウルフは無意識に、顔を険しくする。
「あ、主任、すみません。
この人は少し人見知りはあって……」
「いやいや、全然気にしてないよ。
むしろ、会ってみたかった、『鷹の
こう見えても、戦争の時、私はコルサック空軍のパイロットだったんだ」
「……!」
「こんなフロントに居てもつまらない。我が社の格納庫を案内しよう」
ターンストンは、初めて会った筈のウルフに親しい様子で語りかける。
まるで、しばらくぶりに再開した旧友の様だった。
「戦争開戦時、私はイーグルドライバーだった。
順調に出世街道を進んでいき、あのイーグルを任された時には、敵なしだと感じたよ。……開戦直後に、黄色連隊の一番機に堕とされたがね」
「アドラーに?」
「そうだ。脱出時にしくじり、視界障害を負い、パイロットの道は閉ざされた。
今になって思えば、機体性能で慢心していた当時の私に対する罰だったと思うよ。
だが、あのアドラーは堕とす人間がいるとは、感謝しよう」
「ああ……」
ウルフにとっては忘れがたい好敵手でも、彼にとっては仇でしかない。
純粋な感謝を示すターンストンの言葉で、ウルフは複雑な感情を抱いた。
「数週間後、君には簡単な飛行試験を行ってもらう。
幾つかの機体を用意した。まずはこれだ」
ターンストンが贈り物を披露するように、指さした先には細身の戦闘機がいた。
「フィッシュベッドか」
「ああ、旧世代機だが、操縦性は素直だ。
リハビリには悪くないと思うが……気に入らないようだな、次にいこう」
「MR-2000なんてどうだ。
某国の軍隊で去年まで使われていた機体で、我が社の支援で近代改修された代物だ」
「だが、近代改修では限度がある。同じ軽量級のラースタチカ相手には苦戦する」
「じゃあ、ヴァイパーはどうだ。
ジェット戦闘機で最も成功した機体と言っても過言ではない。君の腕ならラースタチカはもちろん、フランカーファミリーにも勝てるだろう」
ウルフはヴァイパーの前で立ち止まる。
流線を意識したデザインのフォルムは非常に洗練されていて、見た目通りの優れた空戦能力を実現する。それだけではなく優秀なセンサーで、精密対地攻撃も可能とする傑作マルチロール・ファイターだ。
だが、それでも、ウルフは険しい顔を続ける。
「ちょっと、ウルフ。主任のご好意を……」
「いや、良いんだ。
分かるぞ。私もイーグルに乗ることに拘っていたからな。
次の機体はきっと満足するはずだ」
ターンストンが指をパチンと鳴らすと、壁に擬態していたシャッターがせりあがり始めた。中から現れたシルエットは見知ったものだった。
「グリペンか」
「ああ、この機体は……いや、これを改修した君たちから説明してもらおうか」
ターンストンに目配せされたフォックスは、慌てて口を開く。
「え、えと。
見ての通り、あれは前の戦争でのあなたの乗機です。
戦争後余剰になった物を、ATCが買い戻しました」
「翼のウェポンステーションに知らないコンテナが付いている、あれは?」
「ステルス・ウェポンラックです。
ATCは一応は民間企業なので、ミサイルを隠したいという発想から生まれました。ですが、それだけでなく、武装のフォルムを隠すことで若干のステルス性の向上が発揮されます」
「だが、それで空力特性が悪くなっては……」
「その心配は要らん、こいつは空力性能を意識した形状になっている。
この機体全体としても、内部をはしるケーブルも旧式規格のモノから、民生の性能の良いものに交換し、軽量化を果たした。
だから、むしろ空戦性能は上がっている」
大熊が言葉を解説し、フォックスが再び言葉を繋ぐ。
「さらに機首内部に展開・収納可能なターゲティングカメラを内蔵。これは対地目標ではなく、対空目標にも使用可能なので、ステルス性を持つ敵にも有効です。
FBWも戦後、ウルフの飛行データを解析し、あなたの操作をよりダイレクトに反映します」
「これは……良いな」
「ウルフ……!」
ウルフの顔つきははたから見れば無表情だったが、付き合いが長い二人から見れば違った。
彼の表情には、ほんの少し、けれども確かに喜びの色があった。
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