決着から始まる物語(4)
ウルフはバンに乗せられ、何処かに連れて行かれた。
バンの窓は特殊な加工がされており、ウルフの後部座席からは外の様子をうかがい知ることは出来なかった。
バンは何かの建物に入り、止まった後、後部の扉が開けられた。
「ついたぞ。取り調べの時間だ」
覆面の男は渋い声でそう言った。
◇
ウルフは取調室の簡素な椅子に座り、覆面の二人組は取り調べ室から強化ガラスを挟んで、ウルフに質問を投げかけた。
殆どの質問は、渋い声の男によって行われた。
「調べさせてもらった。
去年の戦争のエースパイロットが、落ちぶれた物だな。
馬鹿にされたのが悔しかったのか? 」
「……」
「奴に何を言われた?
どうして黙っている。言いたいことは無いのか?
このまま黙秘すれば、お前は傷害事件の犯人として重い刑が課せられるんだぞ」
だが、ウルフは机に顔を伏せたまま、口を開こうともしなかった。
「あの男だけではなく、世間が、世界が憎かった。
違うか?
……戦争を生き抜き、掴みたかったのはこんな世界だったのか? 」
「違う! 」
ウルフは今まで寡黙だった分を全て発散させるかのように、目の前の事務机を強く蹴り飛ばした。
覆面の女はくぐもった声で、小さな悲鳴を上げる。
ウルフは気にせず、勢いよく立ち上がり、激高した。
「こんな筈じゃなかった!
皆は平和は素晴らしいと言っていた!
だから、俺は戦った!
だが、この平和の中で幸福なのは、ほんの一握りの人間だけだった! 」
「誰が憎い?
戦争を反対していた平和主義者か?
それとも、お前に平和の夢を見させた仲間か? 」
「違う!
平和を唱える人々は、理想的過ぎたかもしれないが、理解は出来た。
一瞬先に死がある戦争の恐ろしさは、難民として生き、兵士として戦った俺が誰よりも知っている。
仲間達のことをうたがったことなんて、一度もない……!」
ウルフは終戦から一年、自分が自分が受けて来た仕打ちを思い出した。
就職活動では、あらゆる場所で拒否され、嘲笑を受けた。
TVショーでは丸々と太った自称軍事専門家たちが、自分ならばこの戦争を2週間で終わらせられたと豪語していた。
既に、世間の圧により軍は規模を縮小し、戻ることなんて出来なかった。
いや、自分だけではない。
「おかしい……理解できない。
せっかく平和になったのに、皆、少しお金が減ったというだけで大騒ぎしている。
戦場で窮地になった時は、誰かが
だが、今のこの国は違う。
誰もが苦しんでいるのに、誰も手を差し伸べない、助け合おうとしない!
地面に蹲る人間が居たら、みんなで指を指して、あれよりマシだと安心している!
俺はどうすればよかったんだ、畜生! 」
「落ち着け、わかった。
今のお前はどうしたい? 」
ウルフはじっと考える。
結局、自分が求めていたものは何か、どうにかして職を見つけ、お金を稼いで、今度は自分が倒れている誰かを指さして、あいつよりマシだと宣言することなのか。
いや、断じて違う。
今までの自分の人生でもっとも充実していた瞬間、それは……。
脳裏に浮かんだのは、黄色連隊との空中戦だった。
好敵手である。彼等との戦いは常に全身全霊であたり、刹那のようにに流れた。
今でも思い出すと、鳥肌が立つ。
「戦場の空に戻りたい……」
ウルフは絞り出すように呟いた。
何故なら、それは今まで戦争続きで何とか抜け出そうと藻掻いてきた自分の人生を完全否定する言葉だったからだ。
同時に戻れないことも知っていた。
黄色連隊を壊滅まで追いやり、戦争を終わらせたのは、他でもない自分だったから。
特に黄色連隊の隊長、アドラーを撃墜した日の事は今でも思い出す。
あんなに潔い男の命を奪い、手に入れたのは今のこんな薄汚い世界だった。
「全部、間違ってたんだ」
ウルフはコンクリートの壁に自分の頭を力なく打ち付け始めた。
「まずい! 止めるぞ、フォックス!」
「お願いです、ウルフ、止めて! 」
取調室に繋がる扉が乱暴に開けられ、覆面の二人がウルフに駆け寄る。
二人は覆面を外した。
ウルフは二人の素性を目の当たりにして、呆然とする。
「フォックス、大熊大佐……? 」
フォックスは涙を流しながら、ウルフに抱きしめた。
一方、大熊は深刻な顔で告げた。
「悪かった、ウルフ。
だが、これは必要なことだった。
彼等はお前の考えを知りたがっていた。
お前が民間人を殺したいなんて言わなくて良かった」
「彼等……? 一体、何の話なんだ? 」
「落ち着いて聞くんだ。
ここは警察署でも、軍隊でもない。
ここは、企業のオフィスだ。
軍需企業ATC、アドバンスド・トライアングル・カンパニー。
その一部門、トライアングル先進開発局、実験開発部門……世間の目を欺くためにお利口な名前を付けているが、実態は
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