未熟者が壊す世界
この世で一番たくさんの割合の人間を殺したのは何か。
神父さんが出してくれたそのクイズに対し、核弾頭ミサイルですかとかありきたりな答えをしたのは断じて私ではない。
もっとも私も台風とか火山とかピント外れな事を言ったから人の事は言えないが、実際その答えを聞いた時は感心した。
「カインですよ。
アダムとイブが産んだ、アベルとカインの双子。
人類はまだこの時その4人しかいなかったから、その4人の内の1人であるアベルを殺したカインは、人類の4分の1を殺した事になると言う次第なんです」
そう笑いながら言う神父さんだったが、どうしても笑い声に影が差す。
おそらくこんなある種のジョークとでも言うべきクイズを答えられる人間はそんなに多くないだろうが、それにしてもこの神父さんを担ぎ上げた女性たちにその問題を答えられた女性はほとんどいなかったらしい。
「ですが数で言えば……」
「ええ。その答えは明白ですけどね。
いかほどの圧政や腐敗が、神と正義の名の下に行われて来たのでしょうか」
まあ確かに割合と言う事で言えばカインだろうが、数と言う事で言えば、「正義」だろう。
これまでどれだけの虐殺が、「正義」のために行われて来たのだろう。
そして、彼女たちはそれをやる側の人間だと見なされていた。
女性だけの町を作った方も、作らなかった方もだ。
金目当ての犯罪とか言う言葉は山と聞くが、それはあくまでも金目当てであってそれ以上でもそれ以下でもない。必要なだけの金が入れば、それまででである。無論金銭欲など限りがないからそれこそ千尋の谷を埋めるような真似であり、そしてそれ以上に倫理的に許されないから非難され、犯罪と規定されている。
だが、正義のための犯罪には限りがない。自分が完全に正義を満たしたと思うまで、永遠に続けられる。それこそ害虫を一匹残らず駆除するように、自分が害悪だと考える存在を根絶するまで戦い続ける事が出来る。金はあの世へと持って行けないが、正義はあの世へと持って行ける。最悪の場合、あの世でさえも正義を振りかざし続ける事が出来るかもしれない。
そして正義を成就するために多くの味方をかき集めると言う事になれば、それこそ本当に正義は死ななくなる。逆に言えば、その「正義」を生かして犯罪を為す人間が出る可能性があると言う事だ。そんな物はどの正義だって同じであるが、それでもその正義がどう世の中に捉えられているかに因って違って来る。
—————と言うか、正義を信奉する者たちの行動に因って。
迫害をする存在と迫害を受ける存在では、どう考えても後者の方が大衆心理的に受け入れられやすい。その流れが続けば続くだけ、形勢はさらに傾く。
三国志でも姜維の短兵急な攻撃が厭戦気分を生み蜀の滅亡を呼び込んだように、強引で乱暴な攻撃は良い物ではない。魏より圧倒的に小さな蜀がそれをやったから失敗した訳ではなく、隋だって高句麗遠征に失敗して国が傾き四十年足らずで唐王朝に代わられてしまった。
「失望したと」
「ええ。彼女たちが求めていたのは楽園ではなく、最強の軍事国家だったのです」
「軍事国家って、それこそ世界征服とか」
「はい。私はそこを見誤ったのです」
世界征服と言う言葉は半ば冗談だったのにと後で頭を下げたが、彼女たちは自覚があるかないかはともかく全く真剣だった。そしてその事を神父さえも気付かなかったのが最大の問題だったと言う。
「神は救いを与えるためにいます。
そして残念ながら、彼女たちにとって救いとは自分が気に入らない存在への鉄槌であり暴力だったのです」
鉄槌や暴力が救いとは、正直野蛮としか言いようがない。宗教的な救いとは己が心を治める事のはずであり、決して天罰を与える事ではないはずだ。
神は決して、自分が気に入らない存在を攻撃してくれる存在ではない。
ましてや、自分が気に入らない存在をぶん殴るために使える道具ではない。
それこそ神に対する冒涜であり、文字通りの罰当たりだ。
「とにかく、攻撃に使えるのならば何でも良かったのでしょうね。
私はまだ未熟であり、神の教えを求める存在が純粋に心を安らかにせんと欲する存在ばかりだと思っておりました。
また私は私なりに、宗教家として生命倫理に対して一家言あったつもりでした。しかしその生命倫理論を振りかざされなかったのがせめてもの救いです。いや、彼女たちに言わせれば自分たちを苦しめた連中の命は自分の数十分の一以下なのかもしれませんけれど」
カインの話を聞くように、この神父さんは本質的には頭が良いのだろう。
だが、宗教家としては本人が言うように未熟だった。
挙式をするためだけの装置として存在している教会に比べればずっと真摯で熱心ではあるが、熱心過ぎたしそれ以上に良心的過ぎた。
理想的過ぎる存在であると言う事がどれほどまでに罪深いかなど、数多の美男美女を見るまでもなく歴史が語っている。
彼もまた、ある意味で理想の男性であり彼女たちの認めた存在だったのだろう。
もっとも、その彼の言葉を鵜呑みにするには彼女たちは純粋ではなく、それ以上に憎しみに囚われていたのだが。
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