安寧のために
何をもって、単語を定義するのかは実に難しい。
安寧のため。
平等のため。
そういうお題目を掲げた所で、言行不一致の烙印を押されれば言葉そのものも傷つき説得力を失う。
言葉も所詮は消耗品であり、何度も使われれば摩耗して力はなくなる。刀剣だって消耗品であるのと全く同じだ。
「過激な言葉とて使えば使うだけ摩耗し、ただの脅迫に成り下がります。圧倒的な力で敵を圧せば急激に反発します」
神父の言葉は全く正論だ。ゆっくりと力を加えてこそ物も人間も馴染む物であり、圧力をかけて変形させても必ずひずみが生じる。無論圧力にも程度があるが、彼女たちの圧力はかなり乱暴なそれでありかつ不意なそれであると言う指摘が後を絶たない。
理性的でなく突発的な好悪の感情でのみ動く、それが良くない。あくまでも理性的に、確固たるそれを以てしなければ相手を動かす事なんかできない。
そういう存在にとって、女性だけの町と言うのは実に目障りと言えるかもしれない。
男女問わず、だ。
「グチグチ言ってないで動けよ」
その言葉を真に受けてと言うかやってやろうじゃないかとばかりに作られたのが女性だけの町である、と言う認識を持つ人間はかなり多い。
女性だけの町とはそれこそそれを望む人間が、自らの手で作り上げた、文字通りの自分たちのための楽園である。男の手を借りたと言えるのは、町の設計図と道具や資材の購入、ほぼそれだけであった。
そんな経緯を以て作られたそれは、口だけでなく手をも動かした人類屈指の偉業として語られるに値するだろう。
だが、彼女たちは間違いなく天才であり英雄である。
そんな存在の真似をしろと言うのは、いささかならず気の毒な話だ。
天才とは狂人の類義語とかよく言ったものだが、狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なりと言うように狂人の真似ならばできてしまうが、天才の真似などできない事は明白だった。
要するに、私たち凡俗の女性たちからしてみれば愚痴をこぼす権利を奪われたような物である。
第二の女性だけの町を作れとか言わない、不満があるならばそっちへ行け。
そんな言葉をぶつけられる事がめちゃくちゃに増えた。
真っ当な批判に対しても、だ。
「宗教界に救いを求める声は少なくなかったのです。それこそ彼女らのせいで自分たちが食えなくなったと判断した人間がここぞとばかりにはしゃぎ回った結果、とんでもない事になったと騒いだ方々がおりました。まあ、私の事なんですがね」
「私だって同じ穴の狢です」
女性だけの町と言う天才の産物を前にして、ありとあらゆる俗人たちが次々と飛び付いた。最初は町のインフラなどの整備のために建築会社などが飛び込み技術を売り込もうとしたり他にもいろいろな企業が初心者のはずの存在に色々教えてやろう、利権を独占してやろうとすり寄って来たが、そのほとんどが誠心治安管理社と言う女性たちが作り上げた女性だけの町のための大企業により跳ね付けられ、現在女性だけの町からの取引をしているのは種牛を持ち込む一部の畜産農家や建築資材などを持ち込むごく少数の会社だった。
そこで存在感を高めたのは、女性だけの町の存在によりマイナスを感じるようになった女性たちの声だった。
女性だけの町は、表立って外の世界を批判する事はない。その事が、外の世界の女性たちにとって大変腹立たしかったのだろう。
自分たちの代表だったはずなのに、と言う裏切られたような感情が。
「人が救いを求めた時、それに応えるのが宗教家の役目です。しかし同時に、私自身功名心があり、それ以上に不安もありました」
「やはり、クローンですか」
「それもありましたが、自分が信じている存在が負けてしまうのではないかと言う危機感もありました」
危機感。自分を支えている存在に対しての脅威への危機感。
私にない物だ。
私がもし飯の種のためだけにあんなのを書いたとか言ったら、神父さんに軽蔑されてもしょうがない。実に俗物そのものな思考であり、こんな境地に達してみたいものだ。
「しかし、人間と言うのは厄介です。神職者と言うのはびた一文の汚れなどあってはならず、取り分け性欲は欠片もない事、と言うか忌避する事を求められます」
「実際…」
「ない訳がありません。しかしその信仰を他者に押し付ける事は言うまでもなく愚かであり、宗教に限らずそれにより破綻した事例は枚挙に暇がありません。
それ以上に他者を勝手に英雄視し、勝手に裏切られたと思い込むのはもっと悪質な独り相撲です。彼女たちは、自分たちの理想のために動いているのです。無論その理想に多くの人たちが付いて来てくれたからこそ成就したのですが、自分たちの思うが通りに吠えてくれなくなったと考えていた彼女たちに、果たして誰が味方するのでしょうか」
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