「名誉男性だけの町」

 ハンス・フォン・ゼークトの組織論と言う物がある。



 曰く、人間は有能か無能か、勤勉か怠惰かで四通りに分けられると。


 有能で勤勉な者は参謀にしろ。どんどん有能な案を持って来るから。

 有能で怠惰な者は前線に置け。楽をするために有効な手段を取れるから。

 無能で怠惰な者は一般兵にしろ。言われた事しかできないがそれ以上余計なことなどしないから。


 そして無能で勤勉な存在は放逐しろ。勤勉ゆえにどんどん動くが、無能ゆえに過ちを犯すから、と。


 この一件においてこの神父が有能か無能かは判断が分かれる気がするが少なくとも宗教家としては実に勤勉であったのは間違いない。


 だが、この神父の唱えた理論に乗っかった存在たちは、間違いなく無能で勤勉だった。




「彼女たちは私に、女性だけの町での窮状を唱えて来たのです。自分たちがいかに先住民に対し恵まれていないか、差別を受けて来たかも」


「名誉男性だけの町」と言う著作がある。


 これが女性だけの町の実態だと言うキャッチコピーの付いたその本への関与を断った事は、この神父にとって一世一代のファインプレーだったと言えるだろう。

 後に女性だけの町と言うこの世でトップクラスにセンセーショナルな存在に付いて追及したつもりになった有象無象のそれの中でたまたま勝者となってしまった自分が言うのも何だが、はっきり言って悪書である。社会的に悪影響とかではなく、あまりにも見方が偏向していたのだ。




※※※※※※

「ただ、男根がないだけですね」

 その仲間の言葉に、私は電波が走ると同時に安心した。


 全くその通りだ。民主主義社会において支配者とは我々住民全ての事であるが、資本主義社会に置いての支配者は高所得者である。


 水道工事、建築業、ガス整備、電気工事、それにゴミ処理にトイレ掃除。


 これが、この町における富裕層だ。

 大半がインフラ整備のため、と言うか第二次産業と言うべきそれだ。

 電気・ガス・水道と言ったインフラ整備については第二次産業ではないと言う意見も存在するが、この町では第二次産業扱いされている。あとついでに言えば、トラックドライバーのような仕事も給料が良い。


 誰がそれを決めているかと言うと、行政だ。

 行政がそれらの産業に対し相当な補助金を出し、それこそ所得格差はその補助金の額の差だとさえ言われている。


 で、しわ寄せを食っているのが第三次産業だ。それらの仕事の給料は第二次産業はおろか第一次産業のそれよりもさらに安く、精神治安管理社と言うこの町を支配する企業の本部の係長の給料はゴミ処理担当の新人並みだと言う話もある。町内一の大企業でさえそうなのだから、他の店舗については推して知るべしだと言わざるを得ない。


 では外の世界で先に述べたような仕事をやるのは誰か。

 それは、紛れもなくオトコである。トイレ掃除はまだしも、外の世界で後の仕事を女性がやっている例は少ない。正確な比率は不明だが9:1でも驚かないし、嘆きもしない。


 そしてこの町に居るその手の労働をしている人間たちは、実にオトコくさい。

 酒も毎日飲むし、平気で肉も食う。同性同士のせいか遠慮もなく、露出が多かったり機能性重視でおしゃれのかけらもないような服を好む。ごつごつした作業着こそが一張羅だと言わんばかりに筋肉をつけて歩く様は、どう考えてもオトコらしいそれでしかない。


 こういう事を言うとお前らが嫌いなのは二次元の女ばかりに目を向けるような軟弱な連中ばかりだろとか言う揚げ足取りが飛んで来るが、私たちが求めるのはただ男性が女性を対等な存在と認め一方的な支配に走らない事だけだ。紙に書かれたまったくオトコのご機嫌取りのためだけの存在の事を考えないような存在を誰が評価できると言うのか。


 なぜ、それだけの事が分かろうとしないのか。


 結局、この町でもこの「男根がないだけのオトコ」たちにより私たちの平穏は脅かされる。圧倒的な腕力をもって組み敷かれる恐怖におびえる生活から逃れるには、それこそ自分たちも強くならねばならないのか。


 その先に待つのは、ただ無限の戦争だと言うのに—————。

※※※※※※




 彼女たちは、女性だけの町における富裕層と言うか有力者層になれなかった。

 この町で生きて行くのに必要なのがコミュニケーション能力であると同時に体力である事を知ってからは、思想信条を純粋なるそれに鍛え上げる事に時間を費やして来た存在にとって女性だけの町は住み良い町ではなくなっていた。


 その思想を強化して来た存在が、ようやくその思想にふさわしいと思った地にて裏切られたと感じた場合、どうするか。

 

 そう、コンコルド効果である。


 自分たちの年月を無駄だと思いたくないから、自分の思想をさらに強化する。

 そしてもっともっと、自分に合った存在を求める。


 しかし、それをするには何もかもがあまりにも足りない事に、すぐ気づいてしまう。


 金も、人員も、能力も、そして何より時間も。



 ならば、どうするか。


 自分の思う通りに世界を変えるしかない。

 だが、真っ当なやり方ではできない事も分かっている。




 —————だから。

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