過激派の烙印
「酒を呑む事さえも、認めないような人たちですよ」
神父は笑った。
いくら厳格なキリシタンと言えどもワインぐらいいいだろうとか言う話であり、実際正体をなくすほど呑んで泥酔しなければいいと言う全く現世的な制限ぐらいしかないらしいが、その一部勢力はそれすら気に入らなかったらしい。
「本当、私自身甘く見ていた点があったとは思います。いっちょかみ気取りではないつもりでしたけど、自分なりに学問を積み重ねて来たはずだったのにちっとも話が通じませんでした」
相当な言い草だが、それでも事実だった。
女性だけの町を作るような存在だから思想信条に忠実でありその理念に従わない奴は放逐される。
そう考えていた外の世界の住民は多い。
だがそれこそ自分たちにとって何か不都合な存在があればすぐさま噛み付いて骨一本残さず食い尽くすような連中が目立っていたから大多数がそうだと思われても仕方がない面があり、そういう層を排除しようとした結果第二次産業の町となったとも言われている。
女性だけの町の人口は、およそ二十万人である。
二十年前と、ほとんど変わっていない。
出来た時は十万人だったのがそこから十年で一気に増えたが、その後はその人数で落ち着いた。
いわゆる第三次大戦で減少した分は三年で回復したが、それでも二十万人を超える気配はないらしい。
女性だけの町の政権は現在穏健派の民権党が握っており、拡大派の女性党は野党に甘んじている。女性党が政権を握る日は当分来ないだろうと党員から聞いたのは第三次大戦の少し後だが、実際女性だけの町が完全な安定期に入った事は間違いないだろう。このまま何もなければいずれ女性党が政権を取り、女性だけの町を拡大して行く事になると思われる。それが自然の流れのはずだ。
元より女性だけの町を望むような人間はノイジーマイノリティであり、おそらくこの神父な過激とも言える論旨を好むだろうと言う野次馬的な意見も多かった。
だが実際にその意見を好んだのもまた、ノイジーマイノリティだった。
「女性だけの町で子どもを作ると言う事に反発していたのですか」
「していたと言えるかもしれませんし、していないのかもしれません」
神父さんは言葉を濁す。最大限名誉を尊重したつもりかもしれないが、元々過激な論旨で女性だけの町の、と言うか産婦人科での出産を非難した時の調子はない。奥歯に物が挟まったような煮え切らない物言いで、まるでダメな政治家みたいだ。
一応政治家でも宗教家でもないただの物書きとして言わせてもらえれば、彼女たちはノイジーマイノリティの中のさらにノイジーマイノリティである。
それこそ彼女たちを疎むような人間から見て彼女たちのシンボルのようなそれであり、徹底的に自分たちに従わない存在に噛み付く狂犬とでも言うべき存在。口ではきれいな事を言っているがその実は少しでも悪い事があると見れば全てを食い荒らし自分たちの望む環境に変えようとする過激派勢力。
その過激派勢力が、神父の言葉に乗っかったのである。
「もしそこで私が誰かを組み伏せていたのならば、こんな展開にはならなかったのかもしれません」
言っておくが、「神父」は独身である。「牧師」は妻帯者の事も多いが、神父は独身でなければならない。姦淫と言うかましてや強姦など問題外であり、破門で済めばいい話である。
だがもし、彼が何らかの失態を犯していたら。
少なくとも、萌え絵とでも言うべき代物の一枚でも所持していたら。
彼女たちは、この神父さんを見捨てていたかもしれない。そしてこの神父さんが吐いた言葉も色眼鏡により説得力を失い、産婦人科による出産はもう少しすんなり浸透していただろう……と言うのが机上の空論である事を、私たちは知ってしまっている。
自分を害する全ての存在を食い尽くさんと欲しているような身からしてみれば、自分の目的になりそうなものは何でも使う。
最悪論を唱えた人間がどうなろうと、論だけあればいい。ダイナマイトを使うようなテロリストがノーベルの言葉なんか全く顧みないのと全く同じだ。
だが実際、この神父が代表格だっただけで女性だけの町に対し産婦人科でクローン人間を「出産」している事に対して不快感を持っている人間は宗教界であってもなくてもかなりの数がいた。この神父がいなかったとしても、誰かが同じ理論を唱えて同じように担ぎ上げられていた事も十分考えられる。
現在はおとなしくなっているがこの神父と共に動き、女性だけの町の内部勢力と結びついて外の世界ですら政党を築けるほどになっていた。
その可能性を壊したのが一体誰なのか、と言う議論の終焉は実に早いだろう。
本人たちに、自覚がないだけで。
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