いじめの対象
さて昨今のテレビ界を支配する原作者至上主義が何をもたらしたか。
それは原作者の暴走とも言えるそれを、食い止めにくい環境である。
原作者がやると言えば編集者はともかく「利用させてもらっている」テレビ局などは止めにくく、雑誌や単行本だから許された過激な演出をそのまま持ち込まされる事が多くなったと言う。
取り分け厄介なのは原作者が既に亡く、かつ無断改変を固く禁じるとか言われている場合だ。
もう二度と考えを変える事のない絶対的権力者を前にできる事は、それらの過激な話をなかった事にするか、それとも批判覚悟で突っ込むかのどっちかだ。
単発ならともかく、続き物のかつ重大なエピソードだと切りようがないから頭が痛い。単発であっても下手に切れば日和見とか逃げたとか言われるし、そのために最近では安全策としてそのような演出のない作品をテレビ局が選んでいるとも言われている。だがそんな「逃げた」作品は率も上がらず、下手すると再放送の再放送のそのまた再放送にさえも負けている始末。
ましてや、現在進行形の「最新作」ともなれば—————。
現在土曜日午後六時半に放映されているその作品は、およそ半世紀前にオリジナルが放映された作品の二度目のリメイクだった。
その時から品がないと言われていたが、昨今の原作至上主義の流れに基づきかなり忠実に作られた。
別の作品で国民的漫画家となったその彼の大ブレイクのきっかけとなった作品だけに当然ながら人気は高く、此度のリメイクもかなりの期待が集まっていた。
無論オリジナルや一度目のリメイクのファンからの不安もあったが結果あっという間に大ヒット、視聴率が十五%を切ったのは半年で三回だけだった。
そしてそのヒットに眉をひそめていたのは、新たなる作品を出してその枠を奪ってやろうと考えた若き漫画家たちと、一部の親だった。
※※※※※※
——————————以下の文章は、この原稿を書くに当たり接触した一人の女性の証言を基に作成したそれである事を最初に述べておく。
「またバカにされたの?」
「うん……」
一人の男児の母親は、今日も浮かない顔をして帰宅して来た息子を迎える。
築二年の二階建てに住む彼女は夫と息子とペットの犬と共に生活をする専業主婦であったが、ここしばらくはそんな字面ほどの笑顔はなかった。
言うまでもなく問題は、我が子だった。
運動は人並みだが勉強はトップクラス、友人もそれなりにいたはずだったのに、最近急に孤立していた。
「ねえママ」
「大丈夫よ、あんなのはその内飽きられるから」
「三ヶ月ぐらい前からそう言われてるんだけど、今度映画もあるって」
「だから、そんなのはいいの。って言うかあんなの見てたらバカになるわよ」
「じゃあうちのクラスメイトはみんなバカって事?」
「そんなになの?」
「うんそんなになの」
彼女にとって最大の問題は、先ほど述べたアニメの事だった。その存在をあまり知らなかった彼女はその作品についてスマホで調べ、内容を知って肝を冷やした。
あまりにも品がない。
これが自分でも知っている国民的漫画家の最初のヒット作だとでも言うのか。こんな物、とても鑑賞に堪える気がしない。
実は彼女自身一度目のリメイク作が放映されていた頃今の息子と同じぐらいの年齢だったが、大して気にもしていなかった。気にしていなくとも自分がここまでやれるのだから今回もまあどうと言う事はないと訳だった。
だが、自分自身が親になって向き合わされるとなると話は違って来る。
自分なりに判断し、息子への愛情と注意をもって遠ざけようとした結果、息子はどうやらいじめられっ子になってしまったらしい。
「参ったわね、転校でも考える?」
「え?」
「あなたの成績ならばもっといい小学校に行けるから、そこなら大丈夫のはず。あなたのためならお金は惜しまないから」
彼女は、逃げに入った。
お上品な私立の人間ならば、こんないかにも下品の権化みたいなのに手を出したりしないだろう。幸い今は六月、二学期からの転校となればそれほど問題もないだろう。
もちろん目を付けている学校はあるし、その距離も電車二駅+徒歩七分。小学二年生が通うには足りている。
自分が今まで以上に質素倹約に努めればどうにかなるだろうと、彼女は浮かれていた。
だが次の日、息子は余計に暗くなって帰って来た。
「お前の母ちゃん弱虫毛虫、だからお前も弱虫毛虫……」
そんな心無い言葉を、数人単位でぶつけられたと言う。
確かにスーパーマーケットに行くとそのアニメのキャラが乗っかった商品が棚積みになるほどに売れているが、だから何だという気分にしかなれなかった。夫にはクラスになじめないしもっと上のレベルの成績を目指せると言ってそれなりに乗り気にさせてはいるが、それでもここまで追い詰められている息子を見ているとだんだん腹が立って来る。
息子のみならず自分まで弱虫毛虫だと言うのか。本当に腹立たしい。
「大丈夫よ、お前は弱虫じゃないから、ほらこれ」
そんな息子を抱きかかえて、新番組を見せる。
地方局で放映される、文字通りの新番組。
その新番組のアニメを見る彼女は、三十分間実に優しい顔をしていた。
これこそ、息子と自分にとって最高の金脈であり、世界を安心させられるそれだと確信した彼女は、内心得意満面だった。
——————————その笑顔が、十四時間しか続かない事に気が付くまでは。
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