家族の未来
時間が経ち、翔太と莉奈の間に待望の子供が誕生した。
二人にとって初めての子育ては、喜びと同時に大きな責任を感じさせるものであった。
翔太は、自分が「父親」としての役割を果たせないことに、内心戸惑いを覚えつつも、家庭の中で「もう一人の母親」のような立ち位置にいることを受け入れていた。
子供の名前は「陽菜(ひな)」。笑顔が絶えず、周囲の空気を和ませるような、そんな愛らしい娘だった。
陽菜の存在は、翔太の心に不思議な安堵感をもたらした。
けれども、彼の中にはまだ「自分とは何か?」という問いが絶えず渦巻いていた。
ある日、莉奈が微笑みながら翔太に言った。「あなた、本当に陽菜の面倒をよく見てくれてるわね。まるで私より母親みたい。」
翔太は苦笑しつつも、莉奈の言葉に少し引っかかるものを感じた。
かつての自分、野球少年としての姿が思い出され、無意識に自分の体を見つめる。
「…ありがとう。でも、僕は父親としての役割を果たしてるつもりだよ。」そう答えたものの、その言葉にはどこかぎこちなさがあった。
家の中ではすっかり母親のように振る舞っている自分がいた。
陽菜が初めて歩いた日、翔太は感激の涙を流した。
その瞬間、自分が陽菜にとってどんな存在であるかということを深く考えた。
自分の役割、そして自分の存在意義。
翔太は徐々に「父親」としてではなく、「母親」として陽菜に寄り添っている自分を受け入れつつあった。
一方で、奈緒美もまた翔太の変化を見守っていた。
奈緒美は、翔太が自分の望んだ「娘」として生活していることに満足感を抱いていたが、どこか彼が苦しんでいることにも気づいていた。
ある日、奈緒美はリビングで静かにお茶を飲んでいた翔太に声をかけた。「翔太、あなたは…今の自分に満足しているのかしら?」
その問いは、翔太の心に鋭く刺さった。
彼は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。「正直、まだ迷ってる。僕は父親であるべきだって思うけど、家族のために母親としての役割を果たしている自分がいる。両方の役割をうまくやりたいけど…」
奈緒美は微笑み、翔太の肩に手を置いた。「それでいいのよ。無理にどちらかを選ぶ必要はないわ。家族を愛する気持ちがあれば、それが一番大切なこと。あなたはあなたのままでいいの。」
その言葉に翔太は少し救われた気がした。
自分がどんな役割であろうとも、家族に愛情を注ぐことが大切なのだと、少しずつ理解し始めた。
莉奈は、翔太の心の中にある葛藤を感じ取りながらも、彼を深く愛していた。
ある夜、陽菜を寝かしつけた後、二人は静かな時間を過ごしていた。
莉奈はふと、翔太に寄り添いながらこう言った。「翔太、あなたがどんな姿であろうと、私はあなたを愛しているわ。」
その言葉に、翔太は目を細め、莉奈の手を握った。「ありがとう、莉奈。本当に、僕は君のおかげでここまで来られたんだ。」
莉奈は翔太の顔を見つめ、優しく微笑んだ。「私たちは一緒にいろんなことを乗り越えてきたわ。これからもずっと一緒よ。」
翔太は、莉奈との絆が以前よりも深まっていることを感じた。
自分の中にある葛藤や不安も、莉奈と共に歩んでいくことで少しずつ乗り越えていけるのではないかと、彼は思い始めた。
その後、翔太と莉奈は家族としての生活に落ち着いていった。
翔太はまだ自分自身に対する問いを完全に解決したわけではなかったが、それでも家族と共に生きるという決意は揺るがなかった。
奈緒美もまた、翔太と莉奈の幸せそうな様子を見て、かつて抱いていた欲望は次第に消え去り、二人を静かに見守るようになっていた。
翔太は、陽菜と莉奈と共に新しい生活を楽しみ、家族のために力を尽くすことを心に決めた。
そして、これからも続く未来に向けて、家族全員で歩んでいくのであった。
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