望みの現実の狭間で

新しい学校での生活が始まってから数か月が経ち、翔太の体つきは驚くほど変わっていた。


エクササイズと食生活の改善が進むにつれ、肩幅はやや細くなり、体全体がすっきりとしてきた。


今や、胸と股間さえ隠せば、少し身長が高い女の子にしか見えないほどだった。


鏡の前で制服を整えながら、翔太は自分の変化に驚きを隠せなかった。


「これが俺…いや、私なのか…」


髪は奈緒美が用意してくれたウィッグをかぶり、少しメイクも施している。


最初は違和感だらけだったが、今では自然とセーラー服を着こなす自分がそこにいることに慣れてきていた。


学校での生活は決して楽なものではなかった。


男子であることを隠しながら女子として過ごすことは、翔太にとって毎日が試練だった。


特に体育の時間や、女子たちとの着替えの時間は一番の難関だ。


彼女たちと仲良くなればなるほど、自分が隠し事をしていることが心に重くのしかかっていた。


「翔子、一緒にトイレ行かない?」

クラスメートの女子が無邪気に誘ってくるたび、翔太は内心焦りながらも笑顔で答える。

「うん、後で行くね!」


翔太は自分がバレないように細心の注意を払いながらも、少しずつ「翔子」としての生活に馴染んでいった。


友達と一緒に過ごす時間は楽しいものだったし、何より、以前の自分では感じられなかった自由さを感じていた。


家に帰ると、奈緒美が待っていた。


彼女は翔太の変化を見て、満足げな表情を浮かべていた。


「翔太、最近本当に女性らしくなったわね。学校でもうまくやっているみたいだし…」


翔太は少し照れたように微笑んだ。「うん、なんとかやってるよ。最初は大変だったけど、だいぶ慣れてきた気がする」


奈緒美はそんな翔太に優しく頷きながら、少し考え込むように言った。「でも、翔太…これからもっと自然に女性として過ごしていくためには、体の一部を変える手術を受けることも考えた方がいいかもしれないわ。胸とか、股間の部分とかね」


その言葉を聞いた瞬間、翔太の心は強く揺れた。


奈緒美の望みを理解しているつもりだったが、自分の身体にメスを入れることには大きな抵抗があった。


彼はしばらく沈黙した後、真剣な表情で答えた。


「奈緒美さん、気持ちは分かるけど…俺は両親からもらったこの身体を傷つけたくない。たとえ今の生活を続けていくとしても、自分自身の身体を大切にしたいんだ」


その言葉に、奈緒美は少し驚いたようだったが、やがて穏やかな微笑みを浮かべた。


「そうね、翔太。あなたがそう思っているなら、無理に手術をさせるつもりはないわ。私の望みを押し付けることはしたくない。あなたが大切に思っていることを尊重するわ」


その瞬間、翔太は少しほっとした。


奈緒美が自分の意思を尊重してくれることに感謝しながらも、心の中には大きな葛藤が渦巻いていた。


奈緒美が望んでいる「娘」としての自分と、自分が持っている身体や心のギャップ。


それは、これからの生活でどのように折り合いをつけていくべきなのか、翔太自身もまだ答えが見つかっていなかった。


それでも、翔太は今の生活を楽しんでいる自分がいることに気づいていた。


確かに、日常には多くの不安や悩みがあるが、クラスメートたちと過ごす時間や、奈緒美との穏やかな生活は彼にとってかけがえのないものだった。


少しずつ、自分が何者なのかを模索しながら、新たな自分に向かって進んでいるのだと感じるようになっていた。


そんな日々の中で、翔太は次第に「翔子」としての自分を受け入れ始め、奈緒美の期待に応えつつも、自分の意思をしっかりと持ちながら歩んでいく決意を新たにしていた。

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