第10話 姫と強盗

 夜が深くなった頃、二人の子供が高い高いレンガの壁を挟んで話をしていました。

「ねぇ、シャル。いつになったらあなたに会えるの?」

 少女は壁に手を付けて、許しを請うように話しかけました。

「もうすぐ会えるよ」

 シャルは壁に背を預けながら、高い空に浮かぶ神々しいわずかに欠けた月を見上げています。

「もうすぐ?もうすぐっていつ?」

「そうだね。月が丸くなった日の夜かな」

「その日に会えるのね?どこで会えるの?私、頑張って外に出るわ」

「その必要はないよ。僕が中に入るんだ」

「え?でも、どうやって?」

「それは内緒。でも、確かに中に入れる方法があるんだ。だから、君はその日、今日と同じ場所においで。壁の内側に、僕が立ってるから」

「わかった。わかったわ。絶対に来てよ!」

「ああ。君こそ、月をよく観察しておくんだよ」

 少年はふっと前方に視線をやりました。数メートル前方の林の中に、傷だらけの顔を持つ男がいました。彼はじっと少年を睨んでいます。

「それじゃあ、僕はこれで帰るよ」

「え!もう帰るの?まだ喋り足りないわ」

「ごめんね。でも、もう行かないといけないんだ」

 少年は男の方に歩みを進めます。

 その時、雲が月をゆらりと隠しました。

「どうだ?成功しそうか?」

 男が体の調子を訊くように少年に問いかけました。

「ええ。うまくいきそうです。姫様は僕たちがもらう」

「ああ。そうだな」

 少年は男とともに林の中へと紛れ去っていきます。

 彼らが見えなくなった時、眠たげな巡回兵が一人壁の前を通りました。彼は猫背でランタンを退屈そうに揺らしながら、時折右手に持つ槍の手の位置を変え、あたりを深く確認するまでもなくその場所を通り過ぎてゆきました。


 姫はゆらりと長い黒髪を揺らしながら、誰にも見つからぬよう忍び歩きで城の自室に戻りました。ここは彼女のお城で、もう幼い時から住んでいるので月明かりのない夜でも楽に自室に戻ることが出来ます。彼女の頭の中は、二月も前から現れた謎の少年で一杯でした。彼女にとって、初めての異性なのです。どんな外見をしているのか、そればかりを毎夜毎夜考えてしまいます。

(あの凛々しい声。きっと理知的な瞳をしていて、精悍な顔立ちをしているのでしょう)

 少女の持つ青年へのイメージはもう殆ど固まっていて、十三の自分よりも二つか三つ上の賢い少年があの壁の向こうにいる少年に違いない、と思っていました。


 少年はとある小屋で盗賊団のボスである男と計画の内容を話し合っていました。

「良いか。俺はお前の母ちゃんを救うために協力してやってるんだ。そこんとこわかっとけよ」

 顔が傷だらけの男は、鋭い瞳に少しばかりの温情を見せました。

「ええ。わかってます」

「あの女が修道女でなけりゃあ、俺はお前に協力しなかったんだ」

 彼は視線を白いベットに向けました。そこには未だ目覚める気配のない少年の母親が静かに眠りについています。この男は少年の母親が経営する孤児院で育ったのです。

「わかってます」

 少年は再度頷くと、一人ゆっくりと口を動かしました。

「僕はあの子を一目母さんに見せてやりたいだけなんです。母さんの娘を…」

 少年は歯を食いしばり、瞳に涙を浮かべます。

「わかったわかった。お前の私情も結構だが、俺だって相当リスクを負うんだ。辺鄙に隔離されたとは言え相手は姫様だ。国王にバレたらどんな罰を受けるかわからん」

「そこは、大丈夫です」

 少年は一つの本を懐から取り出しました。それは小さく、しかし禍々しいほどの黒い絵の具で塗りたくられています。

「それは?」

「魔法の書です」

「…まさか、禁書じゃないよな?」

 禁書とは、この国で禁じられている魔法が封じられた書物のこと言います。人知を超えた魔法を扱えるようになりますが、それには並々ならぬ犠牲を払わなければなりません。

 そして、それら表紙の大半が黒色に塗りたくられていました。

「そんなことはないですよ」

 少年は低く笑いながら、ゆっくりとそれを懐に戻します。

「一応、効果だけ訊いていいか?」

 男はじっと少年の目を見つめました。

「ええ――」

 少年は男に魔法の書の効果について説明します。

「そんなのありかよ―――」

 男は腕を組み、雲が晴れた空を見上げます。

 夜空は月の明かりに集まるように星星が光っていました。

 

 姫はその日の月が満月であることを願っていました。夜にそれは確信に変わり、この前と同じ時刻に姫は壁の前へと足を運びます。

(いるかな?いるかな?いなかったら――私がなんとしてでも外に出てやるわ)

 約束の壁、そこに少女の思った通り人物がいました。

 背の高いイケメンです。黒いコートを身につけていて、すっと夜闇に溶け込んでいます。

「まぁ、本当に来てくれたのね!私すごく嬉しいわ!」

 姫は感激して、その少年に抱きつきました。

「僕も会えて嬉しいよ。でも、今は急ごう」

「ねぇ、どうやって入ったの?」

「それはもうすぐ分かるよ――ほら、こっち」

 少年は壁を伝いながら、中庭から正門の方に向かいました。

「そっちは見張りがいるわ」

「大丈夫だよ」

 姫は少年に引っ張られるようにして、夜の芝生の上を掛け出します。爽やかな夜風がふぅと首筋を撫でました。

 姫はほっと顔が赤くなるのを感じました。なんだかとてもいい気分です。

 すうぅと幻想の世界に溶け込んでいると、しだいに正門が見えてきました。

 正門の前には松明の明かりが何本も集まっていました。兵士たちが続々と城の中から出ていきます。

「な、何?何があったの?」

 姫は人生の一大事に心がゆらぎ、怯えが表情に現れます。

「大丈夫」

 少年はぴしっとした姿勢で前方を見つめたままです。

 そうしていると、門の向こう側から大きな馬に乗った男が入ってきました。兵士達は戸惑いながらも、道を開き恭しく頭を下げています。

「お、お父様?」

 姫は遠目に見えるその乱雑な金髪を見て、ふっと懐かしさが蘇りました。

「そうだよ。国王様がいらして、僕を通してくれたんだ」

「で、でも、どうしてお父様がきたの?それも、こんな時間に」

 姫は戸惑いの瞳を少年に向けました。

 少年はわからいかけ、それから「君を迎えに来たんだよ」と優しく言いました。

「迎えに来たって…どういう事?」

「それは国王様に訊いてみないと」

 少年は姫の手を引っ張ったままゆっくりと国王の元まで歩いていきます。

 姫は心臓をばくばく鳴らしながら、まるで真っ昼間のように意識が覚醒していきます。

「おお、マリナ。会いたかったぞ」

 国王は姫の名を優しく呼んで、その厳しい瞳を姫に向けました。

「お、お父様。ご無沙汰しております」

 姫はなんとか頭の中からずいぶん昔に習った礼儀作法を思い出し、実践しました。

「シャルもご苦労だったな」

「いえ」

 少年は恭しく頭を下げました。

 国王は兵士たちに呼びかけました。

「皆のもの。私は今晩ここに泊まり、明日には出てゆく。無論、我が娘もな。この城は今日限りで廃墟と成る。お前たちは娘の荷造りと、この男に上品な服を用意してやれ。この男は私の息子だ。ああ、後風呂の用意も頼むぞ。私は疲れてるんだ」

「はっ今すぐ」

 兵士長らしき男が返事をし、周りの兵士たちに指示を飛ばして行きます。指示を一通り終えた時、兵士長は恭しく国王に問いかけました。

「あの、お一人でこられたのですか?」

 見れば、国王の後ろには馬が一頭もいません。普通側近を連れてくるものではないかと兵士長は思ったのです。

「いや、後ろに控えさせている」

 国王が馬を鳴かせると、後ろの林から三頭の馬が出現しました。馬に乗る人はみな黒いフードを被って顔がよく見えません。

「何でも密行だったからな。あまり人数も多くはない」

「そ、そうでしたか。これは失礼しました」

 兵士長は勢いよく頭を下げると、「それでは、馬はこちらで引き受けますので」と言った。

 国王とその部下達は馬を兵士に預けると、少年と姫を連れて場内へと足を踏み入れました。


 少年は場内のあまり綺麗とも言えない石床を歩きながら、コートの内側にある魔法の書の存在を布生地の上から確かめました。

 魔法の書の効果は『存在を失う代りに、あらゆる人物になりすますことができる』というものでした。

 その効果は禁書指定されるものです。

 しかし、少年はこの禁書を禁書たらしめない使い方を知っていました。

 時間制限を設けることです。

 禁書に『本日の夜明けまでを効果時間とする代りに、存在の失効を効果後とする』と命じるのです。

 禁書とは本来、それを使えば一生その効力を使える、というものばかりでした。それは支払う代償が一生手に入らない何かであることが多いからです。

 ですが、こうして効果に制限を掛けることで、ある程度代償のコントロールが訊くことを彼は知っていました。

 朝六時に、少年は存在が消えてしまいます。

 効果は盗賊団のボスに使いました。今、国王を名乗っている人物です。

 少年は自分が失効する前に、姫に話を付けなければなりません。

 少年はゆっくりと息を吐くと、先導する兵士に声をかけました。

「すみません。先にマリナと話したいんですけど、良いですか?」

「え、あ、はい。構いません」

 若い兵士は戸惑ったような表情を見せ、執拗にうなずきました。

 思った通り、ここの兵士は役立たずが集められているようです。ぽっと出の少年に一つも注意を払ってはいません。

「私の部屋に来る?」

 いや、それは姫がピッタリと少年の腕に抱きついてるからなのでしょう。兵士からは仲の良い兄妹に見えたのかもしれません。

「うん、そうしたいな」

「いいわ。こっちよ」

 姫は嬉しそうに兵士を追い抜くと、急ぎ足で廊下をかけていきます。少年はその後を禁書が落ちないように速度を保って追いかけました。

 

 国王を演じる盗賊団のボスは、早急に用意された室内の風呂場でゆっくりと湯船に全身を浸かっているところでした。

(はぁ。それにしても演技って言うのは、すっげーつかれるなぁ)

 今も、彼の姿を見れば誰もが国王だと認識するでしょう。それでも、彼にとって自分とは正反対の国王を演じることは精神的にプレッシャーがかかります。

(まぁ、うちの国王は何をしでかすかわからないで評判だからな。その点はやりやすいが――)

 国王は農地に足を運んだかと思えば、農民の娘から妃を何人も取ったり、盗賊や義賊の頭を護衛にしたりと、国王の行為とは思えない危なっかしいことばかりを行っておりました。

 少年の母親も、国王が身勝手娶った農民出身の女性です。

 姫と少年はれっきとした兄妹なのです。盗賊団のボスは、これから起きる悲劇を思うと心が痛みました。


 少年は豪華なベッドの上で姫と並んで座っていました。二人は顔を見合わせ、先程までおしゃべりに興じていました。

「早朝に僕たちはここから出るんだ。そして、母さんに会おう」

 少年が口を開きました。

「お母様?お母様に会えるのね?」

「ああ、そうだ。嬉しい?」

「うん。すごく嬉しい」

 姫はふわっとした顔に笑顔を浮かび上がらせます。

 少年はその笑みを見ると、なんだかホッとして少しだけ眠気がやってきました。しかし、ここで眠るわけには行きません。

「すぐに出ると思うから、準備が出来たら」

 少年がそういった時、コンコンとノックがされました。

 姫が許すと、侍女が大きなバックを持ってきて中へ入りました。

「姫様――そちらの方は」

「第六王子のシャルと申します」

 少年は立ち上がると貴族の礼をしてみせました。

「え?第六王子?」

 姫は豆鉄砲を食らったような顔をしました。

「あ、こ、これは失礼しました」

 侍女はすぐに頭を下げます。

「いえ、敬語は結構です。妹の荷造りの方をお願いします。そして、訊いているかと思いますが、明日には兵士侍女の皆様に退職金が渡される予定ですので、お忘れなきよう」

 少年は粗相なく言うと、姫の方を向き、「それじゃあ、二時間後に」と言い残しました。

 姫は静かに頷き、少年が扉を締めたタイミングで「うそぉ」と小さくつぶやきました。

 

 二時間後、荷造りを終えた姫は指定された場所へと向かっていました。そこは、馬小屋です。

 少年と国王はすでに馬にまたがり、姫の到着を待っていました。

「約束通り、一人できたよ」

 姫は想い人が兄であることを思うと、どう声をかけたらいいかわかりかねました。

「よく来たね」

 少年は姫に手を貸しました。姫は手を取り、少年の後ろに乗り込みます。

 姫は荷物を一切持っていませんでした。荷物は後に運ばれると姫は聞いていたのです。

「それじゃあ行こうか」

 国王が馬小屋の奥から馬と共に顔を出しました。姫は彼の唐突な登場にぎょっとし、ぎゅっと少年に抱きつきました。

 馬が二つ、正門から出ていきます。正門に居た兵士達は今は国王が休暇を取と言い、その命に従い城の中にいるはずです。

 全てはこの密行が密かに行われるためにありました。しかし、人の目はどこにあるのかわからないものです。

 姫が居た部屋。そこは明かりが付いており、窓枠に人影がありました。姫の侍女です。彼女は姫から一通りの話を訊いており、当然姫の動向に注意を払っていました。

 姫がどこかに行くのを止めなくてよかったのか、彼女は窓枠で出ていく国王たちを眺めながら確信を持てずに居ました。

 今まで育ててきた我が子を失うような感覚です。ですが、侍女は侍女。あの国王相手に物言いが通じるとも思えませんし――何より、姫が今までで一番嬉しそうな表情をしていたのです。侍女はその無邪気な笑顔を占いのように信じることにしようと思い、密かに密行を見逃しました。


 時刻は早朝三時半を過ぎた頃。林を抜け、街への外れにある小屋に三人は到着しました。

「ここはどこなの?」

 姫は初めて外に出たという高揚感のまま問いかけました。

「ここは母さんの家だよ」

 少年が扉を開けながら答えました。

「え?王城にいるんじゃないの?」

「いやいない」

 姫は国王の顔みました。彼は複雑な顔をして、「居ないんだ」ともう一度言いました。

 姫は急に寒気を感じました。

 部屋の中は埃が浮いていて、空気が冷たく感じられました。その部屋は冷たい椅子と机が部屋の隅にぽつんとさみしく置かれていて、木製の安っぽい棚の隣に白いベットがありました。

 そこには見知らぬ女性が眠っています。

 少年は「母さん、母さん。起きて」と女性の肩を揺すりました。女性の瞳が徐々に開かれていきます。

「……」

 瞳がじっと天井を向き、それは次第に少年の顔を知覚しました。

「…帰ったのね」

「うん。妹を連れてきた」

 少年はそう言うと、姫の手を引っ張りました。姫は一歩前に足が浮きます。女性は姫を見ると、ふっと笑みを浮かべました。

「……懐かしい顔」

「マリナです」

 少年が紹介します。

 姫は少年と女性を交互に見た後、お辞儀をしました。

「…会えて嬉しいわ」

 姫は彼女の言葉にピクリと反応します。

「お母様。その、ご病気なのでしょうか?」

「ええ。そうよ。あなたを生んですぐにね」

 姫は居心地が悪く、今にも貧血を起こしそうな気分です。

「もうすぐ死ぬかもしれないね」

 少年の母親は続けてそう言いました。少年は黙って二人の会話を眺めていました。少年は母親が死ぬ前に、娘を見せてあげたかったのです。

 それがかなった今、もう少年は二人の間に言葉を挟むマネはしないと決めていました。

「…そんな事言わないでください」

 姫ははっと顔をあげてそう言いました。強い意志のある瞳で、母親を見つめます。

「私は今来たばかりなんですから。死なれたら困ります…」

「そうね。でも、事実――」

 女性の言葉が急に止まりました。小さな唇は震え、そのまま硬直してしまったのです。

「お母様?」

「母さん?」

 少年と姫が同時に問いかけました。

 瞳がゆっくりと閉じていきます。

「母さん!」

 少年は慌てて彼女の肩をゆすりました。今までの眠りとはまた違う嫌な予感がしてきたのです。

「死なないで!」

 そう叫びましたが、彼女の体温は徐々に冷たくなっていきます。少年はその場で泣き崩れました。しゃがんだ背中を姫が呆然と眺めています。

 国王が中に入って来ました。

 彼は状況を確認した後に、「もうすぐ夜明けだ」とボソリと言いました。

 少年は立ち上がると、何も言わぬまま外に出ようとします。それを、国王が止めました。

「何をする気だ?」

「……」

「マリナはどうする?」

「…もう良いんだ」

「良くないだろ!」

「僕は消える…」

「まだ時間はある」

「ダメだ。意味がない」

 少年は絶叫のような叫び声を上げると、国王の手を振り切ってこの小屋から出ていってしまいました。

 国王は一度は彼を追おうとして、辞めました。

「何が起きてるの?」

 姫はショッキングな出来事を前に、理解が及んでいませんでした。

「俺は国王じゃない」

「え?」

「国王の姿を真似てるだけの別人だ。だが、あいつとお前がその人の子であり、王族であることはれっきとした事実だ」

「何を言って…」

「はぁ。今にわかる」

 それから、静かな時間が続きました。

「シャル…」

「あいつはもうダメだ」

 ふと、ある瞬間から国王の姿がだんだんとブレ、一人の男が浮かび上がりました。それは顔に傷だらけの、いかつい男です。

「どうなってるの?」

 姫は動揺のあまり、壁まで足を後退させていました。

 男は鋭い目つきで姫を見ると、「これが本当の姿だよ」と嘆きました。それから、「お前さん、これからどうする?」と言いました。

「どうするって…」

「俺に付いてくるか?世話くらいはしてやるよ」

「あ、シャル!シャルは…」

 彼は先程外に出ていったばかりです。そして、彼が戻ってこないという予感はこの場の全てが証明しているようでした。

「俺と来い」

 男は毅然と立ち上がりました。そして、姫の腕を掴むと強引に引っ張って外へ出ていきます。外に出ると生暖かい空気が頬に張り付きました。不意に、馬の掛ける音が聞こえてきます。

「今度は何だ!」

 男がイライラしたように吐き出しました。

 姫を離し、鞘に手をやります。

 一頭の馬がやってきました。馬上主は姫の密行を見届けた侍女でした。

「姫様!」

 侍女は野蛮な男を見ると、顔を一気にひきつらせ、しかし覚悟を決めた瞳で彼を睨みつけます。

「姫様を離しなさい!」

「ははぁ。お迎えか。ちょうどいい。なぁ、あんた。退職金は受け取ったか?」

「受け取ってません。あなたが盗賊が用意した物など」

「なるほど。だがな、受け取っておいた方が良かったぜ。今からこいつを養うんならな」

 男は姫の背中を押しました。

 姫はグラつき、前のめりに倒れそうになります。

「姫様!」

「なぁ、あんた。俺達は善意でやってんだぜ。あんな城にいても、生き殺しってもんだろ?国王はとっくにお前たちに興味を持ってねーんだよ。貴族だって寄り付かねー。そんなんだったらよ、もう一市民として暮らしたほうが良いってもんだろ?」

「…どうしてあなた方が善意を示すのですか。王族を嫌っているあなた方が」

「そんなもん、俺達の勝手だろ。ほれ、金だ」

 男はポケットから小さな包を一つ姫の足元に投げました。

「俺はもう行くぜ。後は好きにしろ」

 男は自分の馬にまたがると、その場からあっさりと去っていきました。


 姫は一瞬ですべてを失った気分でした。侍女の馬に乗り、風を切り進んでいるときも、まるで自分の意志ではなく、誰かに操作されているような感覚がしてなりません。

 色々と物事を整理して考えたい気分でしたが、さっきから瞼が重く意識が朦朧としてきます。すでに朝四時を回っており、昨夜から寝ていない彼女はそうそうに眠りにつきました。


 二ヶ月が経った頃、姫は孤児院のお手伝いとして、子供たちを連れて小さな丘の上までやってきました。もうすっかり深くなった夜空にはたくさんの星星が輝き、子供たちは白い息を吐きながら嬉しそうに喋っています。夜空には一際大きな光が一つ、大きな満月が天高く登っていました。

 姫はそれを見るたびに、あの日のことを思い出すのです。少年と外を出たあの日を。

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