第5話 機械戦争 下

 レイ――本名、高岡冷火は孤児であった。三歳の彼女を、彼女の言う父親ーー国家の幹部である一人の男が買い取った。彼女は孤児であったが、貧民街でとある男が大切に所持・保管していた。レイは人間としては、科学物質との融合性が高かった。男はそこに価値を見出し、研究者に寄り添っては売り飛ばそうと計画していた。だが、男は貧困だったから、研究者などと崇高な人間に接触すらままならず、門前払いで終わっていた。そこを父親が見つけ、誰よりも高い値段で彼女を買い取った。彼女の新しい父親はN国では少数の機械崇高派と呼ばれる人間だった。その中でも、彼は機械になりたい、と願う過激派の一派であり、彼の行う政治は機械との融合を目指す社会であった。しかし、この政治に国民の大半が反対していた。だが、彼は何故か、時の総理に気に入り続けられ、政治家としての発言力を持っていた。一度、彼の政治に反対したものが、テロを起こしている。そのテロで、いくつもの最先端研究所が機械の手によって破壊され、テログループのリーダーの男は、機械が引き起こした破壊が自分たちに降りかかる危険性を訴えていた。だが、彼らテログループはあっけなく捕まった。それは、彼らが壊した研究所が政府にとってとても重要なものだったからだった。


 レイの父親は人類と機械の融合――つまり、新たな人類の姿を求めていた。彼は機械との融合性が高く、すでに体の半分を機械にしていた。少女が15になったとき、彼は自分が投資する博士に彼女を50パーセントだけ機械にするよう命じた。彼は子供が欲しかったから、彼女も半分ほど機械にして、同じ姿のまま一緒に過ごそうとも思っていた。これは、少女の許諾を得ていた。彼は、少女に愛情を注ぐことを忘れてはいなかった。しかし、博士が何故か彼女を脳以外のパーツすべてを機械に変えてしまった。とはいえ、外見は以前の少女にしか見えない。だが、彼が臨んだのは、半分のみ機械の姿だった。外見は良くとも、すべてのパーツを機械にすることは彼の望みではない。彼は絶望した。一度機械にしてしまった箇所は、人間の元の状態にはもどらない。彼は博士に詰め寄ったが、博士は「国の命令だ」と観念した表情で首を振った。「私も不本意なことだ」とも付け加えた。彼は一度は心を落ち着かせようと試みたが、更に絶望は深かった。少女は記憶を失っていた。これは、すべての記憶だった。博士はそのことを再度わびたが、彼はすでに発狂していて聞く耳を持たなかった。次の日の朝、博士からの電子メールが一通入ってることに気がついた。


「彼女は人の心を失っている。だが、スペックは高い。彼女は、後何百年も生きられるし、戦闘能力だって最新機械の詰め合わせみたいなものだ。確実に殺される心配もない。君も彼女のようになればいいだけじゃないか。心は残して上げる。彼女と永遠を過ごせばいいんだ。決心がついたら私のもとに来てくれ」


 彼は首を切って自殺しようとした。

 が、恨み言を考えていると、包丁を動かす手が止まり、失敗した。

 彼はまず、国を恨んだ。総理大臣を何度か殺すイメージをしながら、彼は総理大臣との面談を希望した。


 これは、その時盗聴した総理大臣と彼との会話である。


「どうして、あんなことを西川博士に命じた。あの人は、私直属の人間だ。あなたにだって、命令権はない!」


「まあ、落ち着きなさい。香川くん。私はね、国のための最善手を打ったんだよ。わかるかね?我々は今、A国と緊張状態にある」


「それがどうした」


「我々は、少数派の先進国だ」総理大臣は彼の言葉を無視して話を続ける。「まだそうではない国が圧倒的に多い。そんな中で、我々は善意と称しあらゆる発展途上国に便利な機械を送り、その結果、機械の暴走をあらゆる発展途上国で許してしまった。N国産という信頼が、現在進行系で失われつつある。その中に、A国も含まれていた。彼らはもとから我々を嫌っている。もうすぐ、我々はA国と戦争状態に入るだろう。私は戦争になったときのための対策を考えた…そう、あくまで人間の兵士を使い、戦争をしようと…旧式の、発展途上国に合わせた戦争を。A国は戦車や空爆などの兵器を使うが、我々は機械で強化された、一見するとただの人間に戦わせる。はたから見れば、どちらが悪だ?強化された人間であると知るのは、我々国の中枢と、実際に戦った敵兵だけだろう。外部からのネットアクセスで見れば、一方的な虐殺にしか見えない。何しろ、最初、我々の兵士は降伏するのだ。戦地に出向き、膝を付き、両手を上げ、命乞いをする。その状態で、A国は戦争が続行できるか?するならそれは虐殺に変わる。だが、虐殺が起きようと、我々に被害はない。何しろ我々の兵は死刑囚で構成さているからだ。殺されても生きていても、我々には損が一切ない。素晴らしい提案だろう?」


「そんな…」


「そう。私の提案を誰もが納得し、支持するとは限らない。そこで私は、己の信頼できる部下を探した。雨裏くんと言ってね、彼に相談すると「では、彼を使いましょう」と君の名前が出てきた。どうも君は、機械を専門とする研究者に知り合いが多いらしい。それも、正式ではない犯罪に近い行為を行っている者が大半だという。…西川博士くらいだろ?正式な科学者は。私は彼らを使って、死刑囚をもとに人造人間の兵士を作る。君の過去、雨裏くんから全て聞いたよ。犯罪者だったそうだね。君。それも、特別趣味の悪い犯罪…表に出せないほどの機械思考」


「そんなものは関係ない。俺は…」


「俺は?」


「お前を許さない。決して…」


「ん…。ああ。録音ね」


 少し、間が空いた。

 父親の手には録音機が握られていた。


「君が政治家になった経緯も、理由も私は知っている。君は、政治家であることをやめるわけには行けない。そうだろ?君が総理大臣になる。それが、君を救った恩師の、そして、当時の総理大臣との契約だったのだから。大犯罪者が総理大臣になる。そんなドラマをやりたかったのかな?彼は、まだ生きているよね。今ここでやめたら、まして、政治家になれないとしれたら、彼は、どう思うだろうね?ん?」


「関係ないことだ。あの人はお前を許さない俺を許してくれる」


「反撃?でもそれは政治家としての発言で勝負してね。暴力は、だめだよ。今週中に臨時国会を開く。そこで、この議題を出す。反対したければ、そこで」


 理不尽に通話が途絶える。


 香川はそれから、すべての知り合いとする研究者と国に逆らえという趣旨のメールを送った。だが、20あるうち17が連絡取れず、3通のみ、「もうお前とは縁を切る」というメールが還ってきた。「裏切り者」ともあった。


 香川は家に帰り、人形同然と動かなくなった娘を見た。香川は彼女に、レイという名を与えていた。彼は、何日間後悔の念を抱いて、彼女に謝罪の言葉を述べ続けた。家に引きこもる日々が続いた。彼はうつ状態にあった。


 臨時国会が開かれたが、結局彼はそこに参加しなかった。参加しないことが、決定的な何かを避ける手段であると、彼はそう思い、信じていた。


 それからまた数日がたち、ニュースで戦争が始まったとの一報が入った。それは、我々N国が、A国のある地域に核を落としたという始まり方だった。政府は急激な変化に対応できていなかった。核を撃つ。それは、最終手段であるはずなのに。政府は核を落としたのは国軍の暴走としたが、国軍は暴走などしていないと言い、証明してみせた。N国内は一気に混乱した。まさか、我々から戦争を仕掛けるなど、誰一人として信じてはいなかっただろう。我々は一瞬にして、加害者となった。


 犯人探しは政府内において早急に行われた。国民からの非難と、政治家たちの統率、軍部への指示、各国への弁明と、慌ただしくはあったが、それでも、言葉通りの戦犯が誰であるかは、一日も経たず特定できた。


 西川博士の研究所から、ミサイルは発射されていた。


 すぐに、西川は逮捕されるだろうと思ったが、彼はすでに国外逃亡しており、ミサイルを打ったのは意思のないロボットであった。しかし、たとえ、このような真実が露見したとして、A国がこの悲劇に対する怒りを収めるわけもなく、数刻経ったのち、A国はN国に向け核を打ち、N国の一部地域に落下した。地域一つが焼け野原となる。モニタに映る絶景に、誰もが息を飲み、世界の終わりを実感した。総理大臣はこれを受け辞職をすると言ったが、国民が許さなかった。もう、両国、これ以上核を撃つことは許されなかった。N国が謝り、A国がそれを許すしか、道はない。N国民誰もがそう実感していた。総理もすぐにそうし、世界に謝罪会見を配信した。しかし、世界はN国に冷たかった。N国は核を撃ったのだ。それは、どのような罪よりも重いと誰もが判断していた。配信のコメントに流れるA国民の書き込みは誰もが彼を批判し、N国を罵倒するものであった。A国の政府も、彼を許すつもりは無いとすぐに宣言した。元々、A国はN国の技術の進歩に恐怖を抱いていた。それは、機械恐怖ともいうべきものであり、A国では未だ機械に対する法律が46年前の旧式のものであった。彼らは機械を使うということを、機械を進歩させることを意図的にやめている国であった。現政府は自然に還ることを望む趣旨の政治をしている。A国はN国を批判し、核をもう一撃落とすと告げた。そして、その回避方法として、N国の最新機械すべてを破壊することを誓わせた。A国は核戦争する覚悟を持っていた。もちろん、総理は指示通りにすると答えたが、N国内の機械学者たちや、戦争過激派から反発が出た。彼らは、自分たちの持つ最新兵器を使い、N国内で爆発テロを頻繁に起こした。テロは3日かかり、国軍はそれを抑え込むことに失敗した。なぜなら、世界最高の人工知能が、彼らテログループを動かしていたからだった。その人工知能は人間の形をしており、巧妙に山奥にある風車に似た塔に隠されていた。まるで、このような暴動を起こすテロを指揮するために生まれてきたように。塔は、西川博士の隠れ家の一つだった。それからN国は、人工知能が指揮するテロ組織に徐々に政治権限が移っていった。それを知ったA国は、すぐN国に核を打ち、N国民は総じてN国という土地を離れようとしたが、テログループに脱出手段をことごとく奪われていた。テログループは、A国に宣戦布告をし、その直後、核を3つ同時に撃った。この核は、あらゆる地下に隠されていたもので、人工知能の指示だった。この核兵器の殆は出処が不明なものばかりだった。A国はすぐ反撃しようとしたが、核は空中で撃ち落とされ、空軍や海軍すべてがN国の無人戦闘機にやられていた。最初こそ他国はこの戦争に反対の姿勢を示し、特にV国やY国はA国に加担していたが、N国が核を3発撃ったことをきっかけに、全世界の国がN国の敵となり、N国にミサイルと核が降り注いだ。だが、その判断は世界的に見て遅すぎた。N国は降り注ぐ核の殆どを撃ち落としたが、撃ち落とせなかった数発だけで、N国の領土の殆どが平らとなった。香川も虚しく、この時の核爆発で死亡していた。このとき、N国において生き残った生命はない。機械ですら、山奥にあった塔と核に耐えうる僅かな最新兵器とある機械となった少女を除いてすべてが全滅していた。塔は、SFに出てくるような技術『バリア』で外壁を覆われ、とても頑丈な作りをしていた。だが、N国は滅んではいない。彼らは結局、テログループを指揮していた人工知能を倒せずにいたから。この爆撃の後、人工知能が最初に行ったのは、世界中にあるあらゆる機械――人形兵器や戦艦、戦車、爆撃機といった軍事兵器のハッキングであった。人工知能の脳内には、『世界を滅ぼせ』という指示が常に渦巻いていた。人工知能は世界中のハッキングした機械で、世界中であらゆる暴動を起こす。これは、西川の指示なのか、この人工知能の意思であるのかは、判明していない。


 人工知能は地面に隠してある核を一番最初に打てばよかったが、明らかに、世界中の兵器を使い、人間を悲劇的に、絶滅へと導いていた。


 各国の政府が、ネットで何かを発信していたがその発信に意味はなかった。もう、権力者の言葉でゆらぎが出るほど、人間という存在に意味はなく、ただただ、兵器の暴力が世界各国を混乱に陥らせていた。経った数時間で、地球上の人類の住処は七割を切った。残り後三時間で全滅と言うところで――


 少女が人工知能が居る集中管理室に来た。少女はなぜか、脳以外の全身が機械に加工され、そして、その塔に保管されていた。これは、西川博士の指示だった。人工知能はそのことを知っていたが、彼女が敵になるとは思っていなかった。これも西川博士の指示だろうか、と人工知能は考えたが、どうも納得は行かなかった。なぜなら、人工知能を作ったのは、西川博士なのだから、自分を壊そうとするはずがなかった。西川は、善人だ。だが、それは彼が『世界一高度な人工知能』という武器を持ち、そのことに罪悪感を持っていたから、そう思い込むようになっただけのことだった。故に、彼は人工知能と言う武器を誇りに思っているはずだった。西川に善意が芽生えたのは、つい二年前のことである。彼は核兵器などを秘密裏に作成していた。が、表向きは犯罪性のない科学者だった。それは彼の研究が出す成果がとても世間に約立っていたから、政治的に彼は有名人となり、偉人と呼ばれるようになり、政府が彼への批判を禁止したためにそうなったに過ぎなかった。また、彼は有名人だからと言う理由で家を転々とし、姿を見せない幻の科学者、を演じたことも要因だった。日本にいること自体、ごく種数の人間しか知らなかっただろう。


 自分がやってしまった最後の罪。そう…西川は香川の娘に行った行為を、自分の最後の罪として償おうとしたのだ。それ故に、彼は少女を塔に保管し、そして、今、記憶を与えた。


 少女は記憶をすべて取り戻した。そして、父がすでに死んでいることに気がついた。では、先程見た映像は何だったのだろうか。

 少女は頭痛を感じながらそのようなことを考えた。

 そして、西川が完全に自分の味方ではないことを無自覚に自覚した。

 

 少女は本当の意味で孤独になった。

 彼女は後五百年は誰も居ず、誰も尋ねない孤島で一人無意味に暮らしていくことになるのだ。それを認知した時、彼女の脳神経が破裂した。

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