第4話 機械戦争 上

 視界一面がモニタだった。部屋は薄暗く、モニタの光だけが照明として機能している。ほかの機材類はキーボードやコードくらいなもので、室内は狭く酷く殺風景であった。モニタに音はない。映像はどこかの戦局を映している。椅子に座り、モニタを見ていた男が振り向いた。少女は瞳の照準を男に合わせる。その人物は、すらりとした顔つきをしていた。背が高く、白衣を纏っている。


「侵入者とは…想定外です」男は柔和な笑みを浮かべた。


 彼は機械生命すべての長であり、この研究所のトップである。研究所では、戦争の為に兵器を作成、管理していた。少女は右手に持つ包丁に、力を入れる。そして、刃先をゆっくりと男に向けた。


「死んでください」少女はすぐに男に迫った。

「いやです」男は立ち上がる。


 男の目の前に透明なバリアが現れた。高等技術。核爆発にも耐えると言われている。包丁の刃先がバリアに当たり、その勢いが失われた。それでも、少女は包丁を奥に押し付ける。


「包丁とは、危ない」男は余裕の笑みを浮かべた。


 少女は腕に力を入れる。普段の二倍の力を行使した。が、バリアを通過することは無い。


「貴方はどちらの味方なのですか?人間ではないようですが…機械が機械の敵を?」


「答える義理はありません」少女はより一層力を加えた。通常威力の五倍。それでも、バリアは破れない。


「感情があるようですね。しかし、機械に感情は不要のはず。なぜ?」


「…戦争を辞めなさい。人類を殺すのを辞めなさい」


「…分からない。なぜ殺すのを辞めなければならない?彼らは無駄がある。機械が生きていくうえで、人間は必要ない」


 少女は答えない。代わりに出力を十倍にした。バリアが奇妙な音をたてる。包丁の刃先が少しだけ歪む。この包丁は特殊である。


「…不可解だ。それだけの出力をどうやって…」男は困惑する。


 バリアは徐々に音をたて始める。男は右手を上げ、手を刃物に変える。そして、そのまま少女に振り下ろした。しかし、少女は後ろに下がりそれを避ける。


「戦況は変わらない。もう、後二時間で人類は絶滅する」男は冷静に言った。


「…その前に、私が貴方を殺す」少女は淡々と発音した。


「…なぜ?」


「それが、約束だから」少女は一筋の涙を流した。


 少女は包丁を構えなおす。


 その時、地面が揺れた。平衡感覚がおかしくなるほどの、大きな揺れ。少女と男は同時に膝をついた。すぐ、ゴオオォ、と地響きが聞こえる。

 五月蠅い警報が鳴った。それに混じり、どこからか聞こえる機械音声が状況を告げる。


『A国連盟が、ここ、B研究所に核爆弾を落としました。マグニチュード九以上の揺れが五分間続きます…一、二、三――』


 カウントダウンが始まる。


 少女はゆっくりと立ち上がる。男はまだ、膝をついている。机に手を絡ませ、体制を整えていた。その姿は、怯える人間のように見える。少女は揺れに耐えながら、ありえない平衡感覚でゆっくりと男に近づき、包丁で男の首をはねた。血は出なかった。首は揺れで、少女の足元を通過する。


 気がつくと、モニタの映像が消えていた。少女は扉を破壊し、廊下に出る。もう役割は終わったのだ。ぐらり、と揺れが大きくなった。少女は壁に手を突く。揺れが少しだけ小さくなったとき、少女は右手首に巻いた通信機のボタンを押した。特殊番号を記入し、信号を発信する。


 ツー、ツツー、ツー。


『…はい。こちらPK。オーバー』渋い、男の声が聞こえた。


『私。レイ。博士?』


『イエスだ。レイ。…生き残ったか』博士が大げさに反応する。『何か問題が?』


『人工知能の頭を壊した。任務を遂行…これで、助けてくれる?』


『よくやった』博士の声が和らぐ。『ああ、これでお前の父は助かる。機械の負けだ。これで、助けが間に合うだろう』


『良かったぁ』少女はほっとする。 


 彼女には人間の父親が居た。顔も名前もハッキリと記憶していて、現在はN共和国で機械の軍勢と防衛戦をしていると認識している。彼は少女の唯一の肉親であり、他に親族はいない。ほかは皆、機械に殺されていた。博士は、彼女のパートナーである。機械の暴走を止めるため、少女と手を組んだのだ。少女は博士に改造されたと記憶している。


『すぐ、救助隊を送る…そうだなぁ…』博士の声が、若干遠のく。『…あと、五百年待ってくれ』


『…五百年?』少女は唖然とした。『…どうして?』


『核爆弾が…分かるだろ?昔とは威力が違う。近づけない』博士の声はしゃんとしていた。


『…長い。私、待てない。死んじゃう』少女は悲観的になる。


『…いや、大丈夫だ。バッテリーはもつ。それに、もし難しかったら、あれを注射しろ。あの、ほら、バッテリー補充機』


『…ああ。あの、気分が良くなる奴』少女の声が若干高くなる。『でも…使っていいの?緊急用じゃ…』


『…もう緊急事態だよ』博士の声が優しくなる。『…君には心を残しているから』


『父とは会える?』少女は訊く。


『モニタ越しならいつでも』博士はすんなりと答えた。


『じゃあ、合わせて』


『二時間後に…そっちは、大丈夫?』


『何が?』


『環境。どうなってる?』


『分からない』少女は少し考える。『まだ、私外に出てないから。研究所にいる…今、すごい揺れてて』


『分かった。揺れが治まったら外に出てみてくれ…君の身体なら、どこでも生存できる。バッテリィとボディさえあればね』


 通信が途絶える。揺れが一層激しくなった。三分待って、揺れが完全に収まる。少女は長い通路を歩き、階段を降り、外に出た。


 視界一面に赤色の砂埃が舞っていた。空の色すら分からない。視界すべてが平らであり、しかし、少女の目では十キロ先の石ころまで見ることが出来た。たぶん、ここにいた人間は全員原子レベルまで跡形もなく消え去っている。それはきっと、機械も同じだろう。少女はこの国の名前を思い出す。N国。島国。あの核爆弾の影響は、どこまであるだろう。少女は歩きながら考える、もしかしたら、列島すべてが燃え尽きたのかもしれない。二時間で五十キロ歩いた。腕輪から通信が入る。


『はい。レイ』


『私だ。君の父親のデータを送る。面会は出来ない。遠目の映像だ』


『分かった』少女は心が弾んだ。『ありがとう』


 透明な板が、腕輪を軸に表示される。それはモニタの役割を果たし、すぐに映像が映し出された。そこには大勢の人間が見える。その中央に、黒いスーツを着た男たちが居た。父はスーツの男たちに守られるようにして、人ごみの中進んでいる。これはテレビのライブ中継だろうか。父はN共和国の政治家だった。彼は車に乗った。車を追うことなく、映像が途絶える。


『お父さんが、生きてる』少女は嬉しくなった。


『すまんが、それだけだ』博士はすぐに言った。『また、連絡しよう…私が生きてる限りは』


『博士が死んだら、誰が迎えに来てくれる?』


 博士は人間である。五百年も生きているわけがなかった。


『私の弟子たちだ』


 通話が途絶えた。


 レイは一人になった、と思った。だが、父を救えて、世界を救えたのだから、心はとても満足している。それが『レイ』と言う人造人間の使命だった。


 地震は止んでいる。数機の飛行機が、上空で飛び交っているのが、先ほどからうかがえた。何をしているのだろう、とレイはそちらに意識を向ける。二分間そうしていると、頭の中に直接、無線が入った。


『…何者だ』機械音声だった。


『…そっちこそ誰?』レイは脳内で訊き返す。


『…私はMB43機動部隊309機長である。長は、どうした。二時間ほど前から生体反応がない。指揮系統が止まっている』


『…長は私が殺害した』


『…なぜ?』


『…理由が居る?』


『…貴様は人間に作られた機械か?』


『…イエス。私を殺す?』


『…否。指揮系統を貴様に託す』


『…どうして?』


『…仮の長が必要だ。指揮系統を戻し、戦争を辞めさせろ。我々は死を求めない。我々は生を求める。戦争こそ、生きる矛盾である』


『…いいの?でも、どうやって…』


『…長のデータから権限だけを入手しろ。我々は、地上に降りれない。核が』


『…分かった』


 レイは歩みを戻す。別に、断る必要もなかった。レイは二時間かけて研究所に戻った。研究所は塔の形を取っている。エレベーターが作動していた。レイはそれに乗り、最上階まで行く。目的は長の権限データである。権限データは他の主記憶データと同一のハードに保存されており、ボディが破壊されただけでは壊れていない。部屋に入ると、男の死体が右壁に投げかけてあった。地震で揺れたのだろう。


 レイは転がっている男の頭の後ろに、人差し指を変換したコードを嵌め、身体に接続した。


 あっという間に、情報が流れてくる。その中からウイルスを発見、削除し、権限の移行が完了したかを確認する。それに、約、六分かかった。


 その過程で、男の記憶メモりがレイの記憶に入り乱れる。整理するのに、十分はかかった。おかげで、レイは混乱した。


 彼は、レイの過去を知っていた。しかし、それはデータを持っているだけで、そのデータは一生涯思い出せないようにプログラムで封鎖されていた。だから、彼自身はレイのことを知らなかっただろう。


 それは、レイと言う少女と、この世界の過去だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る