第3話

 私はゆきとみなみのことを、もう敵だと思うことにした。そう思った頃には、季節はもう七月に入っていた。私はゆきとみなみと、あと、なつきとは一切喋らないことにした。ノートが無くなっても、机に落書きがあっても、すべて対処せずに無視した。そうすると、今度はいつも自然とクラスメイトの誰かが、掃除をしてくれたり、教科書を貸したりしてくれた。ゆきたちは私の変化に戸惑っていたけど、私はそれでも無視を続けた。

 ふと思う。

 これだけいじめがクラスメイトに大々的に認知されているというのに、どうして誰も、先生に報告しないんだろ。

 ある日の三限後の放課だった。トイレから出ると、クラスメイト女子が三人、トイレの出入り口の前でたむろしていた。

「ちょっと、通らせて」

 私が通ろうとすると、三人は一斉に怪訝な顔をした。

 そして、リーダー格の西木が私の前に立ちふさがった。

「ちょっと、何よ。わたしたちが邪魔だとでもいいたいわけ」

「通らせてよ。それくらいいいでしょ」

「嫌よ。ちゃんと、私たちを邪魔者扱いしたことを誤ってくれなきゃ。ねぇ、みんな」

「そうよ。そうよ」

「全くだわ」

「キヨ。貴方、そういえばユウトに好かれてるんだって?この際、交際したらどう?あなた達お似合いだわ」

「何を言ってるの?」

「ねぇ、ユウトさっきからトイレの前で待ってるんだけど、キヨ、貴方行かなくていいの?」

「そうよ。王子様が待ってるわよぉ」

「なによ。行くも行かないも、私はただ此処を出たいだけなんだけど」

「ふん。そんな強気がいつまで続くのかしらね。まぁ、いいわ。通してあげる」

 西木がそう言うと、三人は一斉に道を開けた。

 私は急ぎ足でトイレから脱した。ずっとあんなところに居たくなかった。

 すると、彼女たちの言うように、ユウトが男子トイレの前でおろおろとしていた。

「ユウト。私になにかよう?」

 私は険のある声を出した。こいつと私が付き合うみたいなことを言われて、私は機嫌が悪かった。

 ユウトは私から声をかけられると思わなかったのか、目を大きく開いた。

「貴方からの告白なら、私は断るわよ」

「い、いや、違うんだ。その…」

「なに?」

「ちょっと、来てほしいんだけど」

「はぁ?どうして?」

「いや、その、人がいないほうがいいから」

 ユウトがもじもじし始めた。

「え?なんで?まじでキモいんだけど」

「…し、しょうがない。なつみさん」

「何よ」

 私は一歩、脚を後ろに引いた。

「キヨって名前は、ダメなんだ。死んじゃうから」

「死んじゃう?」

 私は大きな声で復唱した。

「なにそれ?馬鹿じゃないの⁉️」

「自殺してしまうんだ。いじめられて」

「いじめ…何よ?貴方、なにか知ってるの?」

「な、内緒だよ」

「何よ。早くいいなさいよ」

「キヨって名前は」

 そこで、ユウトは不自然に息を止め、私を指さした。

 いや、私の後ろを指している。

「ん?何?後ろ?」

 振り向こうとした時、ヒュン、と誰かに腰を掴まれた。

 そして、ずん、と私のズボンが降ろされた。

「キャァァァァァ」

 乾いた風が、股の隙間をかすめていった。

 私は全力で叫んでいた。

「あはははっ。うわ~恥ずかしいぃ。男子の前でパンツ見せてやんの。しかも、ユウトの前で」

「な、何してくれてんの!」

 私はすぐにズボンを上げた。

 それから、後ろを向く。

 振り向いた先に、なつきがいた。

「いいじゃん。いいじゃん。どうせあんたら付き合うんでしょ?」

「ねぇ、いつからこんなことをするようになったの。なつき、そんなタイプじゃ無かったよね」

「さぁねぇ。いつからだろ」

 彼女は一通り笑ったあと、じゃあね、と後ろを向いた。

「ま、まちなさいよ」

 私は急いで、なつきの肩を掴んだ。

「やり過ぎたわね。私、貴方がいじめの犯人だって知ってるのよ。先生に言うわよ」

「まぁ、なんてことを言うの。証拠なんてないじゃない」

「みんな見てる。今のだってそうよ。クラスのみんなが証人になってくれる」

「それはどうかなぁ」

 彼女は強引に私の手を振りほどき、廊下を走っていった。

 気がつけば、廊下に居る生徒みんな、私の方を注目していた。けれど、ことが終わると各々が教室に戻ったり、トイレに入ったりした。

 不思議な空気だった。誰一人私に声をかけてこなかったのだ。

「あの…」

 私も教室へ戻ろうとした時、後ろからユウトに声をかけられた。

「何?当然今のは忘れてよね。覚えてたら、まじでキモいから」

「う、うん。わ、わかってるよ」

「どうだか」

 私はユウトの方を向いて、そのぶすっとした顔を睨みつけてやった。

「あんた、私がなつきたちにいじめられてるって証言してくれるよね?」

「え?ああ、うん。いいよ。もちろん」

「ならいいわ」

 私は五月ちゃんを探しに教室へ向かった。

 五月ちゃんにも、証人を依頼しようと思ったからだ。

 五月ちゃんは、本を読んでいた。

「五月ちゃん、何読んでるの?」

 私はわざと雑談から入った。

「あ、これ?犯罪小説ってやつ?ミステリィ?」

 五月ちゃんは本に指を挟んで閉じた。

「へぇ。面白い?」

「まだ、よくわかんないかなぁ」

「本よりアニメの方が面白そうだけど」

 私は五月ちゃんの机の前に移動する。

「ねぇ、私がいじめられてるって証人になってほしいんだ。さっき、なつきに、ズボン脱がされたの。もう私許せない!」

「…わかった。いいよ」

「それじゃ、次先生来たら言お」

「うん」

 算数の授業のチャイムで、担任の後藤先生が教室に入ってきた。若い男の先生で、男子から体力があってバスケが上手いと好評の先生だ。

 私は先生が授業はじめの挨拶をする前に、勢いよく立ち上がった。

 その御蔭で、先生は私を注目した。

「先生、相談があります」

「相談?今じゃなきゃダメな事?」

 先生は優しく言った。

「今じゃなきゃダメです!」

 私は勢いよく宣言する。

「私は、ここ数ヶ月ずっとなつきちゃん、ゆきちゃん、みなみちゃんにいじめられていたんです。教科書を奪われたり、机に落書きされたり。そういうことをされたんです」

 すると、先生はため息をついて、こう言った。

「その話は、前にも五月から聞いたけど、そんな事実は無かったよ」

「え?」

「それに、普通いじめにあってたらそんなふうに元気よく、私はいじめられてます、なんて宣言しないだろうに。それにおまえ、その三人と仲がいいじゃないか。お遊びのつもりなら、勘弁してほしいな」

「遊びじゃないです!本当です」

「先生、すいません。キヨちゃん、私達の命令で動いただけなんで。授業続けてもらっていいですよー」

 ゆきが大声でそういった。

 先生はゆきの方を向いた。

「そうか。なら、すぐにでも始めさせてもらおうかな。キヨ。席に座れ」

「…先生、違うんです!私はいじめられてて。ねぇ、みんな」

 私はクラスメイト達を見渡した。

 誰も、私の声に反応しなかった。

 五月ちゃんだけが、私を心配そうに見つめていた。

「わかった、わかった。話は後で聞く。今は全体優先だ。だから、座ってくれ」

 先生はひどくめんどくさそうな表情をしていた。

「…はい」

 私は先生に、失望した。

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