第2話
それから数日が経った頃のことだった。私が休み時間に眠っていると、クラスメイトにぽん、ぽんと肩を叩かれた。
「後ろ、紙が付いてるよ」
彼は笑いをこらえながら、そう教えてくれた。
背中をさすると、紙のごわごわとした違和感があった。
紙にはこう書いてあった。
【眠り姫爆誕www】
私はすぐに、紙をクシャクシャに丸めた。
それからゴミ箱に捨てようとして、私の席から遠かったので諦めた。
「誰がこんなことしたの?」
紙のありかを教えてくれた子は、すでに教室の隅に行ってしまったので、私は隣の席に座る男の子に聞いた。彼は本から顔をあげて、私を冷めた瞳で見つめた。
「さぁ、僕は見てないよ」
彼はすぐに本へと顔を戻した。
時計を見ると、もうあと一分で授業が始まるところだった。
私は諦めて、その紙を机の中に無理やりねじ込んで、次の教科の準備をした。
私が【いじめられている】という自覚を持ったのは、それから三日後のことだった。体育の授業から帰ると、私の机の上に落書きが一つ増えていた。
【ここの席の人から気持ち悪い異臭がする。みんな近寄らない方が良いよ】
油性ペンだった。
陳腐な言葉で、意味のない罵倒だと思った。
「ねぇ、誰がやったの?これ?」
私は教室内に呼びかけた。
けれど、誰もなんとも言わなかった。
なつきちゃんが私の机を見て、こういった。
「ねぇ、これっていじめじゃない?」
ゆきとみなみが合流した。
「うっわ~。私こういうの許せねーんだ。ぜってぇ犯人見つけてやる」
そう意気込んだのは、ゆき。
「俺も耐えられないね。消そうぜ。こんなの残しても意味ねーだろ」
そう言うと、みなみは廊下まで走っていった。
濡れた雑巾を持ってきて、私達四人で机の落書きを消した。
「よし、これでいいな」
「おい。もう時間ねーぞ。早く次の授業の支度しねーと」
「あ、やべー。俺雑巾戻してくっから、キヨも準備ちゃんとしろよ」
三人は早急に解散していった。
それと同時にチャイムが鳴った。
私は急いで机の中から国語の用具を出した。
けれど、いくら探してもノートだけは見つからなかった。
それから、私は幾度もなつきやゆきに教科書やノートを借りる羽目になった。みんなは私に協力的で、とても優しかった。
先生も、私が何も言わないからか、特別なにか動いているようすもなかった。いじめというのも、落書きや物を奪う程度で、なんとか済んでしまうことが多かったからだろう。私は次第に、その日常に慣れていった。
ある休日のこと。私は久しぶりに五月ちゃんと遊ぶことになった。五月ちゃんの家で、ちょっとしたバーベキューをするんだ。
何でも、六歳になった妹の誕生日祝ということらしい。私はゆきちゃん達の誘いを断って、五月ちゃんの家へと向かった。
「五月ちゃん、来たよ」
「いらっしゃい」
私は五月ちゃんの部屋に上がった。
「バーベキューは庭でやるの?」
五月ちゃんの家は大きな庭を持っていた。
「ごめんね、実はバーベキューはしないんだ」
「え?」
「おやつとか代わりにたくさん用意してるから…嘘ついてごめんね。それで、あのね。最近なつみちゃん、いじめられてるでしょ?」
私はその話題を正面からどう受け止めていいのか迷った。
何も考えず、うん、と頷いた。
「あれ、実はゆきやみなみが主導でやってるの」
「何いってんの?教科書とか貸してくれるよ」
「私、ずっと見てたけど、なつみちゃん、もうあの二人とかかわらないほうがいいよ。あと、なつきにも…。なつきも、ちょっと、危ないと思う」
「なんで?三人が私をいじめてるっていうの。理由がないじゃない」
「いじめって、特別な理由なんているのかな?」
五月は冷徹な声を出した。
私は言葉を失ってしまう。
「いや、でも…」
「私を信じて。このままいじめが激しくならないうちに、関わるのやめたほうがいいよ」
「でも、そんなの出来ないよ」
「それじゃあ、一週間私と一緒に行動してくれない?それだけでも、変わると思うから」
「でも…」
「お願い。私を信じて。それに、私、最近なつみちゃんと遊んでないんだよ。さみしいよ…」
「…わかった」
私はすねて、そういう返事をした。
でも、その日一日五月ちゃんとビーズ遊びやゲームができてとても楽しかった。
それ以降、学校で私は五月ちゃんと行動を共にするように心がけた。五月ちゃんから私に声をかけてくれる回数も増えたし、それはそれで楽しかったのだ。
けれど、いじめは無くならなかった。
ある日、私は見てしまった。
ゆきとみなみが、私の机に落書きをしているのを。
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