第2話
奴が、僕の、真後ろにいる...?
丁寧に後ろを振り返る。一メートルほど離れている奴と僕との距離は、僕の心臓の音が奴に伝わるには十分な距離だったと思う。
「え、え、あはい。て、てかなんでを知っておられる?のでしょうか」
「いや、司書の先生に聞いたから」
「あ、そ、そうなんだ」
爆音でLove So Sweetを流したい気持ちになったが、さすがにこの状況がSweetとは思えないし、さすがに自分でも引くほどカタコトである。しかし、僕に向かって発せられた奴の声は、今まで聞いてきたものより何倍も優しく、甘く、永遠に聞いていたいほど心地よいものだった。できれば奴と目を合わせられたら幸福の頂点なのだが、さすがに完全に好きになってしまう気がするし、そもそもそんな勇気はないので仕方なく顔だけ奴の首辺りを見つめる。無論、骨格からしてかっこいいのだが。
そして奴自身から僕のことについて誰かに聞いてくれたこと、これが何よりうれしかった。俗に言う、今日こそが命日なのではないかと思ったが、奴が何も話を続けてこないので沈黙が生まれている。確かに、奴は普段からあまり積極的に話すタイプではない。そこがまたいいポイントなのだ。つまりは今日を命日と仮定し、僕から話題を振るしかないらしい。
「あの、僕のこと気づいて、いたんだすか?」
質問の要点がよく分からないし、なんなんだこの言葉遣いはと自分に苛立つ。そして、自分が聞かれたら若干答えるのが面倒くさい内容を聞いてしまった。
「当たり前じゃん。だってずっと図書室いるんだもん」
彼は案外流暢に日本語を話す。そして、分かってはいたがやはり指摘されると少し気恥しい。
「そ、そうですよね。はは」
自分でもあがっているのが分かる。これが普段の僕だと思われるのはさすがに避けたい。
「あの」
「あのさ」
奴と言葉が重なる。
「いいよ、敬語で話さなくて」
「え」
「そういうの面倒くさいし、敬われる立場じゃない。そもそも敬語で話しかけられるのあんま慣れてないんだよね俺」
「あ、そうなんだ」
やっぱりこの落ち着きは癖になる。早くもなく遅すぎるわけでもなく、あくまでも他人に返答するためだけに発せられた言葉。低音で相手だけに響くような声は、何を言われても気にならないかもしれない。普段からすごく喋るわけではなくとも自分が思ったことは恥ずかしがらずに堂々と伝える。そんな奴の姿はかっこいいと共に自分がなりたい人物像でもあった。
しまった、結局僕が言いたかったことを忘れてしまった。勉強を少し教えてもらおうかなどと思ったが、以外にも彼の口が開きかけているのが見えたので待つことにする。
「あのさ」
「うん」
「昼休みあと十分くらいあるし、一緒にカフェテリア行かない?多分今ならすいてるし、なんか食いたかったら奢るよ。ユウリさ、いっつも図書室いるからあんま食べてないでしょ本当は」
びっくりした。僕があまり人混みが好きではないから、そして目の前にいる奴を一分でも長く見ていたかったからずっと図書室にいたことを奴は薄々気づいていたのかもしれない。しかし、奴を見たかったからという理由はあまりにも恥ずかしいので信じないことにしよう。それにしてもこんな僕にここまで気を遣ってくれるのはさすがに想定外である。
「うん、そうかも。ありがとう」
「俺いっつも座ってる席あるから、そこ行こ」
「うん」
図書室からカフェテリアまでの五十メートルほど、僕と奴は何も言葉を交わすことなく歩く。この学校はやけに敷地が広い。その分たくさん落ち着ける場所があるのはいいのだが、この際は僕にとって少しの気まずさしか生まなかった。僕より少し身長の高い奴と歩幅を合わせ、いい匂いだな、と今まで知らなかったことにまで気づいてしまう。いよいよ本当に好きになってしまうのではないかと思いながら、微量の周りからの視線をかいくぐる。
そういえばまだ名前を聞いていなかった。話のネタがあることに感謝したところでカフェテリアのドアが見えてきた。
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