第2話 恋人繋ぎ
「蓮はさ、将来何になりたいの?」
二人で公園に戻ってきて、元いたベンチにまた座った。
さっきよりも、互いの距離が近い気がする。
「俺は何になりたいんだろうな……?」
自問自答するように、ため息混じりに言う。
「三年生なのにやばくない?」
「いいんだよ、夢なんかなくったって。適当に生きてても何かしらの職に就けるはずだから……たぶん」
確証は得られないが、人生適当でもなんとかなると思っている。
周りを見れば、みんなどこかしらで働いているし。
「ふーん。三年生になったら将来なりたいものを絶対見つけなきゃいけないと思ってたんだけど、そうでもないのかー」
「大学に行ってからでもなんとかなるだろ、将来の夢探し」
瀬奈の笑みが一瞬消えた気がした。
が、すぐに表情が戻ったので気のせいだったかもしれない。
「昔は何になりたかったの?」
「昔?」
「そう。小さい頃になりたかったものってあるじゃん、ほら」
「あー。学校の先生だったかなぁ」
俺は昔の記憶を掘り起こして口にした。
「ほー、かっこいい夢じゃん。不良少年の癖に」
「一言余計だ」
「それで、何で諦めちゃったの?」
探るように横目でちらりと見てくる。
「成長とともに立派に見えなくなって、憧れなくなったから……だな」
「あー確かに。なんかわかるなぁ……。小学生の頃は先生ってすごいって思ってたけど、なんか
うんうんと頷きながら、瀬奈は同情してくれる。
「でも、蓮ならなれる気がするんだけどなぁ。立派な先生に」
立派な先生に。その言葉が胸に刺さった。
「授業サボってるのにか?」
「そういうのを経験したからこそだよ。辛い気持ちに寄り添える先生っていいじゃん」
トン、と軽く背中を押されたような気がした。
一度は潰えた夢だとしても、そう言ってくれたのは嬉しかった。
「瀬奈はどうなんだ?」
なぜだか彼女の方を素直に向けず、視線を空に投げながら尋ねる。
「わたしはねー、司書さんになりたかったんだ」
「司書って……図書館の?」
「そうそれそれ。本の世界が好きでね。現実とは違ってなんかこう、ワクワクしてて楽しいじゃん。昔はよく図書館に入り浸ってたんだ。今でもたまに行くけど……あ」
そこで不意に言葉を止めた。
どうしたのだろうと瀬奈のほうを見ると、にんまりといい笑顔を浮かべている。
「今から行っちゃう?」
フットワークがあまりにも軽すぎる。
けど、その軽さが俺を楽しませてくれる気がして、瀬奈についていくことにした。
* * *
バスに乗ると、車内は人がちらほらいる程度だった。
年齢層はみんな高めだ。というか、若者は俺たちだけだった。
そりゃそうか。平日の中途半端な時間にバスを利用する人なんて、たがが知れている。
空調の効いた快適な車内で、俺の隣に瀬奈は平然と座った。
まあ、離れて座るのも変なので、これでいいだろう。うん。深く考えないことにした。
「久々に読みたい本があるんだよねー。小さな頃に好きだった本」
「そういうの、たまに読み返すと面白いよな。懐かしくて……なんとも言えない気持ちになる」
「あの頃に戻りたいやー」
瀬奈の声を聞きながら、俺はぼんやりと窓の外を眺めた。
遠く懐かしい記憶を思い出すかのように。
* * *
バスを降り、図書館に入る。
館内はしんと静まり返っていた。
冷房はちょうどいいくらいに効いている。
心地よい静寂に包まれて安心しきっていた俺は、突然瀬奈に手を握られた。しかも恋人繋ぎで。
だが図書館という空間にいるため、声を荒げることはできない。
瀬奈はそのまま俺を引っ張っていくように歩き始めた。
「……瀬奈、ちょっといいか?」
小声で問いかけるが、小さすぎたからか聞こえていない様子。
もしくは、聞こえないフリをしているか。
瀬奈はとある本棚に辿り着き、手を離すと目当ての本を探し始めた。何度もしゃがんだり立ち上がったりしている。
「なんて本?」
「クルーシュガーの冒険」
「やっぱさっきの聞こえてただろ」
「何のこと?」
「とぼけるな」
「蓮、図書館ではシーだよ」
俺の声が若干大きかったからか、瀬奈が唇に人差し指を当て、そんなことを言った。
手のひらで弄ばれているようで言い返したかったが、館内で騒ぐのは迷惑がかかる。俺は静かに口を引き結び、瀬奈の求める本を探した。
「お、あったぞ」
ややあって、俺は瀬奈が探していた本を見つけた。手に取って彼女に渡す。
「ありがとっ」
大したことはしていないのに礼を言われて心が少し弾んだ。
長いテーブルが置かれたスペースへ移動して、席につき読み始める。
本の中身は小説だ。児童向けに作られたものなので、全ての漢字にふりがなが振られている。ページ数は少なめだ。
瀬奈がページを捲るたび、微かに肩が触れ合う。その瞬間だけ本から意識が逸れた。肩が触れたところで別に何も起こるわけないのに。
本は小一時間ほどかけて、読み切った。
途中ちらちらと、本に集中している瀬奈の方を向いてしまったのは内緒だ。
* * *
「いやー面白かったなぁー!」
図書館を出ると、瀬奈が元気よく声を出した。
「児童書ってこんなよく出来てるんだな。正直驚いた」
「子どもでも大人でも楽しめるように書かれているからねー」
適当に喋りながら、バスに乗って、元の場所へと戻っていく。
まるで遠足の帰りのような気分だった。
「じゃあ、またねー!」
「ああ、またな」
俺たちは大仰に手を振って別れた。
別れの挨拶は
つまり、今日一度きりじゃないということだ。そのことが妙に嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
まだ日は暮れていないのに解散するのは、知人にこの関係を知られるのがなんとなく嫌だったからだ。
俺と瀬奈の、二人だけの秘密の関係にしたかった。
* * *
翌日、俺が教室を抜け出したことは微かに話題になっていた。
けれど学校というものは話題の移り変わりが早い。数日経てば、誰も気にしなくなった。
一方俺は、一度教室を抜け出したことでハードルが低くなった。
数日置きに授業を抜け出し、あの公園へ行くようになった。
公園では必ず瀬奈が先に来てベンチに座っていた。
「今日も制服じゃないんだな」
瀬奈は制服じゃない日が結構ある。
学校に行っていないから制服を着ていないのだ。
ちなみに彼女の私服はシンプルだけれど、どれもよく似合っていて可愛い。
「また学校休んじゃった!」
ダブルピースを作る瀬奈。
不良の鏡だろうか。
「つーか瀬奈、お前いつ授業出てるんだよ? 単位やばいとか言ってなかったか?」
俺より先に来ているし、学校休んでいる日もある。
「よく覚えてるねぇ、わたしが言ったこと。あ、細かい会話を覚えている人はその人に好意を持っているからって説があるんだよ。もしかしてキミ、わたしのこと……」
「質問に答えろ」
はぐらかそうとしてきたので、真顔で問い詰める。
「超やばい」
「ならなんでサボってんだよ」
「だって……サボると蓮に会えるんだもん」
にやりと、いたずらっ子のような笑みを浮かべる瀬奈。
俺はその反応に少しドギマギしてしまう。
「なーんてね」
あははっ、と瀬奈は軽く笑い始める。
なんだか騙された気分だ。
「真面目に頑張らないと卒業できないぞ?」
不良の俺が何を言っているんだろうか。
けど、この発言に瀬奈がいつもみたく突っ込んでくれることを微かに期待していた。
「ホント、その通りだね。でも学校に行くのが辛くてたまらない人だっているんだよ?」
急に重苦しい空気が生まれた。
瀬奈は笑顔だ。
なのに、心の底から笑っていないみたいな悲しい笑みだった。
「わたしね、蓮といる時間がすっごく楽しいんだ。……このまま、時が止まってくれたらいいのに」
瀬奈は奇跡を願うようにそんなことを口にする。
「悩みがあるなら聞くぞ。俺が解決できるかわからないけど」
俺は奇跡に縋る瀬奈を救いたいと強く思った。
出会ってたかが数日過ごした程度。けれど、俺は瀬奈のことを他人だとは思えなくなっていた。
だから、彼女にそう提案した。
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
どこか貼り付けたような笑みだった。
「話すだけでもすっきりするからさ……その、よかったら俺に」
普段通りに笑って欲しくて、俺はさらに踏み込んだ。
その選択が、間違いだとも知らずに。
「……ごめん」
暗く呟かれた声。
それが普段は明るい瀬奈の声だと認識するのに時間がかかった。
それくらい沈んでいた。
彼女は俯いていた。
髪に隠れて、その顔は窺えない。
俺は地雷を踏んだのだと、遅ればせながら気付いた。
かけるべき言葉を探していると、瀬奈はさっと立ち、逃げるように公園を抜け出してしまった。
後に残ったのは俺と、最悪な場の空気だけだった。
* * *
瀬奈はそれ以降、公園に来なくなった。
次の日も、またさらに次の日も来ることはなかった。
初日は息抜きが目的だった授業サボりは、気付けば瀬奈に会いに行くのが目的になっていたことに今更ながら気付いた。
瀬奈と会えないのなら、サボる意味はない。
俺はどこか諦めた気持ちで、授業を真面目に受けることにしたのだった。
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