第9話

 目が覚めた。


 目が覚めたという事実に、ちょっと困惑する。


 しんだだろ。あのとき。感情が飛び散るなかで。最後に彼のことを考えながら。


 あっ。


「おっ、と」


 彼がいる。ベッドに横たわって、眠っている。組織の人間が同行を許したのか。なにやってんだよ。彼には彼の人生が。


 あっ起きた。起きちゃった。ごめんねいま身体固くした。無意識に、身体の損傷具合が気になって筋肉に力入れちゃった。


「固い。ほんとに固くなるんだ」


「うん」


 たしかに、彼と一緒にいたときは、一度も筋肉に力を入れることはなかったけど。なかったけども。それはそれで、なんか。なんかじゃないかこれ。


「大丈夫なの?」


「あ、うん。たぶん。傷も塞がってるし、筋肉に異状もない。あと数時間して傷口が落ち着いたら、すぐホスピス出れる」


「そっか」


 なんで彼に状態報告してんだよ。


「リビングにいた女どもは、蚊です」


 蚊?


「とにかく、そういう、人ではないので。追い払いました。というか追い払ってください。あなたがいないとああいうのが近寄ってきます。近寄ってくるんです」


 えっと。

 蚊?

 蚊って何?

 いま、冬だよね?


「いいですか」


 えっなにが。いやわかんない。あっ追い払うことか。

 蚊を?


「はい」


「いいですね。追い払ってください。一緒にいてください」


「はい」


「寒いです」


「あっはい。隣どうぞ」


 彼をベッドに潜り込ませる。

 ホスピス寒いわけないじゃん。暖房じゃん。


「傷口は落ち着かないので、こう、背中を。そう。そんな感じで」


 彼が、背中にくっつく。

 冷たい。すごく冷たい。


「震えてた。もう目覚めないと思って。もう会えないと思って」


「一応、そのつもりでした」


 無言。雪の降る音だけ。


「あの、リビングの女って」


「蚊の話はしないでください」


「はいごめんなさい」


 女が、蚊なのか。なんとなく分かってきた。


「ちょっと、安心したかも」


「何が?」


「蚊で」


「蚊は蚊だし」


「わたしは?」


「わたし?」


「あたし」


「ひと」


 わたしはひとか。違いはなんだ。


「違いは分かりません。分からない。だからとにかく、一緒に」


 つかれていたのか、それを最後に、彼は眠ってしまった。

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