第6話

 彼の部屋に、女がいっぱいいた。


 なぜか、ちょっと安心したわたしがいる。しにかけのわたしを運んで、介抱するぐらいのひとだから。わるいひとにだまされるかもとか、ちょっと思ってた。


 ばかだな。わたしは。自分の都合ばかりで。


 彼の容姿について、あんまり考えたことはなかった。犬とか猫とか拾ってくるんじゃないかと警戒して、いつも外出には付いていってたけど。


 今となると、なんかそれも、ちょっと笑えてくる。犬とか猫とか拾って介抱されると、せっかく酒呑んで下着投げたりしてお世話してもらってたわたしの立場が危うくなるから、これはわたしのだぞって、周りに見せつけるために。一緒にいた。しつけのなってないペットじゃん。わたし。


 いっぱいいたな。女。何も心配はなかった。カード渡して、それで終わり。


 いや、嘘。本当は、しぬまえに、ちょっと話がしたかった。部屋に入り込んで、座って、ちょっと彼に寄りかかりたかった。甘えたかった。


 わたしがここにいて、確かに彼と一緒にいたっていう、なんか、そういう、確信が欲しかった。欲しかったのに。


「そりゃあ、そうよね」


 勝手に出ていって、勝手に帰ってきて。それで甘えられるとか。ペットじゃん。そこそこ外に出て、帰巣本能で帰ってきただけの。


 わたしに、記憶はない。過去もない。すべて食われたから、何も存在しない。だから殺す。でも、彼と一緒にいた分は、記憶も過去も存在できるって思ってて。いま、そんなことはないんだって、普通に思い知らされてる。


 安心したんじゃない。へこんでるんだ。たぶん、人生で初めて。記憶を食われて過去をなくしても気にならなかったのに。勝手に出ていった男のところにもどったら、女がいて。それだけでへこんでる。そこそこ年齢が行ってるのに、おとこの心も掴めない。だめなやつ。


「だめだなぁ、あたし」


 あたし、か。あたしなんて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る