第5話

 いなくなって、初めて。彼女が自分を守ってくれていたのだと、実感するようになった。

 番犬が消えたぞとばかりに、同期や同じ組織の女が家に来て宴会を始めるようになった。


 彼女に会いたかった。少なくとも、このリビングで騒いでいる女たちは、自分の顔とか、外見とか。そういう部分しか見ていない。彼女は。


 いや。


 彼女も同じようなものか。彼女はそもそも、自分に興味がなかった。ほんの少しだけ分かるのは、彼女は彼女自身に対しても興味がないということ。身体の鍛えかたが、何も言わずとも、全てを物語っていた。


「柔らかいのにな」


 近くにいた女が反応したので、適当にごまかす。

 彼女の身体は、傷だらけだった。

 小さな擦り傷から、どうやれば付くんだっていうぐらい大きな傷まで。それなのに、身体は柔らかくてさわると弾力がある。


 たぶん、力を入れると固くなって、リラックスしてるときは柔らかいみたいな感じなのかな。彼女にさわっているとき、彼女の身体を固いと思ったことはなかった。


 違うかも。

 自分と一緒にいるとき、彼女はリラックスしていた。そう思いたいだけかも。


 女にもてる。

 普通に女がきらいだった。単純明快に邪魔だから。蚊とかと同じ分類。


 彼女は違った。強そうとかではなくて。

 彼女は好きだったから。


 なぜ。


 なぜ彼女のことが好きだったのか。


 あんまり思い出せない。

 彼女のことを思い出せない自分がいやになる。彼女のこと、あんなに好きだったのに。理由。好きな理由。好きだった理由。


 ドアホン。遠隔機能で、通信端末から確認できるやつ。


 彼女だった。


 立ち上がる。隣の女も、リビングにたむろする女も、雑に押し退けていく。邪魔だよ。どけよ。


「ごめん。帰って」


 彼女が来たから。


 走ってドアに向かう。


「おかえり」


 ドアを開けて。


 彼女が、そこにいる。


「あ。邪魔だったねわたし」


 わたし。彼女の一人称は。いつも、あたし、だった。


「あ、いや」


 リビングか。あの女ども。


「あれは違うんだ。帰ってもらうよう言ったし」


 彼女が、何かを諦めたみたいに、ふっと笑う。吸い込まれそうな、黒い瞳。


「違う。これを渡しに来ただけ。もう会うこともないだろうし」


 キャッシュカード。彼女が使っていたやつ。


「多分そこそこ入ってるから、好きに使って。はやくいい人見つかるといいね」


「待っ」


 扉が閉まった。


 特に理由とかそういうものはなく、ただ普通に彼女が好きだったことに。今更気付いた。


 もう遅い。

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