もじゅりゅ

イタチ

第1話

晴天澄み渡る

秋晴れの下

どうしようもない細身の男が、風に吹かれるような

そんな、着物を、着流しながら、夏用何処かの旅館か何かのそれで、歩いて行く

ススキの上には、赤いトンボが飛んでいくが男にとって、食べるものではない物に、意識は向かず

ただ、亡霊のように、ふらつきながら、土くれだった街道を、歩いて行く





赤い暖簾が、暗く時間で、色を、褪せさせ、風で揺れる

中では、番頭が、忙しなく、動きながら、若い者に、指示を出していく

建物の奥の母屋では、六十を過ぎた大旦那が、太い大福のような体を、上質な鶯色の着物に包み込んでいた

それでも、その恰幅の良さは、全く包み隠せてなどいない

前の男は、浅黒く、染み渡ったしわの数は

その人間の気苦労と、そして、何をしてきたかを、言い表しているようである

黒い着物を着た男は、四角い体を、座布団の上に、敷き

五十台であろうが、その顔つきは、前の旦那よりも、幾分も、上に見える

「鴬屋の旦那、それで、奴隷の方ですが、四十人ばかり、集まりましたが、料金は20両で、如何でしょうか」

福助のような笑みを浮かべた

旦那は、ゆっくりと、その細く紅を指したような唇が開き

相手に言い聞かせるように、歯を見せている

そのたびに、頬は、揺れ、相手に雪崩掛かりそうである

「黒澄さん、ちょっと前まで、蕎麦四杯で、人が、買えたんですよ

黒澄の旦那

私も、商人ですが、いや、だからこそ、さすがにそれは、難しいですよ」

その手は、いつもの癖なのであろうか、手を、撫でるように、ごまをすって居る

黒澄も、顔色は、変えず、同じような口調で、相手の旦那に、話を続ける

その顔は、黒く油ぎっているように、茶室では見えた

が、それも、暗い部屋のせいであろうか

実際には、触れば、乾燥していそうである

そのとがった口が、活舌良く

啖呵を切ったように、相手に話を、聞かせたい

「何を、言っているんですか、そんな二束三文の時代は、もう、何百年前の話だと思って居るんですか、今は、戦国の供給過多な世の中ではありませんよ

それに、私は、知って居ますよ、旦那は、私の提案した値段の二倍以上で、相手さんに、渡しているでしょ

これは、商売でしょ、そうであれば、互いの健闘を願うべきでしょう、私だって、別に、あなたさんと、取引しなくても良いんです、しかし、同じ町内ですしね、私は、今日は、ここで、おいたま・・・」

黒澄の言葉は、其れで途切れていた

大旦那は、それを、同じような姿勢で見ていたが

そのうちに、着物の上で、手を合わせると

何度か、手を叩いた

「どうかいたしましたか」

雪障子が、少し開けられ、頭を、廊下に下げた小間使いが、声をかけた

「黒澄さんがお帰りだ、店の若い物に、お任せしなさい」

直ぐに、障子が、それを、打合せ通り理解すると、頭を深く下げて、

閉めてしまう

目の前には、座ったままの男が、目をかっぴらき、良き人形のように

着物を着たまま固まった姿があったが

大旦那は、それを見ながら、お茶に、口をつけた

表の方では、大きな米俵が、荷車に、乗せられて、運ばれていく

「相手との交渉料、危険料、賄賂・・・なにも、分かってないな

商人相手に、あの男は」

足音もなく、いつの間にか、障子の前に、男の姿が、声がして、ようやくそこに誰かがいることに気が付く

「後は、お願いしますよ、先生」

そう声を上げて、直ぐに、障子が開き、若い物が、何人も、その遺体を、米俵の中に押し込んで

運んでいくが、

そこには、二本の刀を指した、障子に映った、あの男の姿を見ることはなかった

「お願いしますよ」

誰に言う訳でもなく、旦那は、そう呟くと、座敷を出る

表からは、人の騒がしい往来の声が、この場所まで響いていた



「いやー先生、こんなところで、会うなんて、実に奇遇ですね」

チンドン屋が、一人街道を歩いていた侍に、声をかけた

顔は、白く塗られ

こんな、浪人風の男に、声をかけるあたりに、酷く奇怪な2人に見えてしまう

「いや、これはどうも、萬所殿、こんなところで出会うなんて」

そう言って頭を下げるあたり、うだつの上がらない、人間に見えるが、だからと言って、どちらかがどちらかに対して、上と言う風でもなかった

「いやしかし、おぬしも、いつも賑やかだが、何か、食べるものはあるか」

相手は、直ぐに、懐を探りながら

竹で包まれた物を、相手に手渡した

「少し、そこで、買ったものですが」

そう言って、握り飯を、相手に渡した

「かたじけない」

相手は、そう言うや否や

手をあわすと、その握り飯を、頬張り始める

「しかし、あんたさんも、常に、腹を、空かせてますけど

何処かで、お金を、貯めなさったらいい物を

あなたなら、何処でも、雇ってくれるでしょうに」

そのまま、後ろの小売箱から、竹に詰めた水を渡しながら言う

咳き込むように、栓を抜くと、水を口の中に入れる

「いや、これは、宇治ですか、あなたのお茶はいつもうまい」

男は、あきれ顔で

「ゆっくり、食べなさっても良いだろうに、褒められるのもその方が良いですよ」

相手は、口を拭うように、更に飯に口をつけた

数分後、全てを飲み込むと

「いやはや、生き返りました

地獄に仏とはよく言ったもので

早食いだけが、得意でして

今の時世では、侍なんて、何の意味もありません

米でも作った方が、世のため人の為ってものですからなははははは」

寒い空っ風が、足元を、よそぐ

「あんさんも、努力がないお人で

そうですな、少々、私の用心棒に、なってくださりませんか

金はありませんが、この先の宿は、蒟蒻が、有名ですから」

侍は、猫のような笑いを漏らすと

「さあ、さあ、行きましょう行きましょう、お代官様」

と、先ほどの枯れ葉のような行動力とは別に

明らか意思をもって、道を歩み始めた

「先生待ってください

私も商売ですから、そう急がれますと商売が」

「あはは、そうですか、そうですか、では、ゆっくりと、急ぎましょう」

奇妙な2人が、街道を歩んでいくのである



焼けた畳の上

湯豆腐を、二人はつつきながら

部屋の狭い中に、座っている

騒がしい声が、周りの部屋からは聞こえており

騒がしく夜は更けようとしていた

「おい、しかし、私も、そろそろ、家を、決めようと考えているんだ」

そう、目の前の白い顔の白粉を、落とした男は、口に、豆腐を、運びながら言う

「それは、良いですが、何処か場所は決めているんですか」

相手は、顎を撫でながら

「いやそれが、私には、良く分からんじゃいのですよ

占い師は、このまままっすぐ、すすめと、言われ、仕事の道でしたから、来たのですが、しかし、当たるもハッケイ、当たらずもハッケイ、いやはや」

そんな、刈れたような笑いの中、ふすまが開いて、皿が運ばれていく

「どうぞ、名物の蒟蒻です」

ゆでられて、温められた、蒟蒻の上には、味噌が、かけられて、茹でを上げている

「おお、これはこれは」

侍は、刀を脇に置いて、はしを、直ぐにでも、蒟蒻に挟もうとしていた

「あなたは、何処に行こうと言うんですか

何処かに、士官でも」

相手は

「ああはえおあおおあおああおあああ・・・まあ、そんなところです」

と、蒟蒻を飲み込んで、曖昧な事を言う

「しかし、あなたのような方が、やはり、こんな所にいるのは、実に奇妙なものですよ」

相手は、手を振って、笑うばかりで

蒟蒻を、更に進められると、相手の皿から、更に嬉しそうに、はしを進める

「まあ、そんな物です」

ぼんやりと、部屋は、行燈の明かりで、照らされている

その暗くも温かみのある間接照明の中

湯豆腐に、更に、箸がつけられる


「それで、死んだんでしょうな」と

二人の隣の部屋からは、かすれ声の会話が聞こえる

侍は、僅かに持った食べ物を、箸の上にとどめながら

聞き耳を立てていた

「ええ、捌きましたから、直ぐに、魚が、食べてしまって、見ることもないでしょう」

相手は酒を飲み込むかすかな音がする

「人間、皮一枚と言いますが、どんなブ男も、骨を、表せば、はははは、分かりませんな」

いやはや

反対側の男は、静かにそれを、相打ちを打つ

「美人も、剥けば、骨ばかり、老人もと、言いますが

しかし、切る人間の中には、骨と言う脆さを、言う人もいますな」

そんな事を

相手は、酒を、流し込むように腹に入れていく

「ええ、肌が、歳をとるように、骨も年を取ります

これは、話は違いますが、骨買いという商人は、骨を見るだけで、その性別年齢

果ては、その骨の皮を見ると言いますから

蛇の道は蛇なのでしょう

また、旦那、御用であれば」

相手は、何も言わず、口に、硬い物を運んでいる


「おいおい」

湯豆腐を、冷まして、口に運んでいた

男は、刀を、手に取った

男に、目を向けて、手で止めようとしていた

「ろくな事になりませんよ、およしなさい

腹の足しにもならないでしょ」

侍は、二本の刀を、脇に指すと、萬所様

少々、相手のことを、調べてもらえませんか」

相手は首を振る

「どうしてです」

「あなた様は、金がないでしょう

先立つものは」

そう言い終わらぬうちに、胸元から

財布を取り出すと

相手に渡す

「いや、止めるために言っただけですよ

私が、雇っているんですから、お金はもらえませんよ」

相手はそう言うと、湯豆腐に、箸を、通した

「明日からにしましょう、今は、目の前の食材が、冷めないうちに」

しかし、その耳は、かすかな雑音の中の

向こうの声を、しっかりと、聞き分けて把握していた



ガラの悪い人間が、その店の中を、行き来している

番頭と言う風の男もおらず

愛そうと言うのが、その点で、店の流れに存在しない

「どうも、黒澄のお店は、ここで合って居るでしょうか」

いきなり現れた、その一般人風の浪人を前に

店の人間は、それとなく、気が立っていた

「誰だいあんたは」

店の奥からは、目つきの鋭い

歳は、三重後半と言った黒い着物を着た女が、暖簾をくぐって、現れている

「いやこれは、大奥様でありますか、私は、ちょっと、浪人のようなものを、やっているものですか」

数人が、懐に、手を入れている

ただでさえ、この場所は、殺気立っている

先日から、大親分が、帰ってこないのである

それも、とある、大旦那との商談の後に消えてしまったのだ

これからのこともある、そんな中で、現れた奇妙な男は、恰好の標的となりえていた

「それはそれは、その浪人さまが、こんなところに、何の用ですか

ここは、飯屋じゃませんよ」

冷たい声で、相手に言うが、どこ吹く風で

その猫のような、細い目は、ひらりひらりと

「いえいえ、実は、そこの飯屋で、今から、人手が必要な事を聞きましたんで

実を言うと、少々物入りでして

うでは、立つか、立たないかは、数でごまかす要因で結構ですんで

何とか、路銀を、調達したく」

相手は首を呆れながら振る

「それなら、その飯屋で、雇ってもらえば、良いじゃないか」

そこまで、声をかけて、取り巻きの一人が、驚いたように、声を上げた

「おめえ、さっき、山道の店で、親爺に、怒られていたじゃねえか

皿を、何枚も、割りやがって、って、珍しいよ、あのおやっさんが、怒って居るなんて

仏の・・」

いよいよ怪し気に、女は、睨む

「それじゃあ、無理ってもんだろ、ちょっと、お使いってもんじゃない

生きて帰れるかもわからないんだ

かえんな」

侍は、俯いて

「いや、どうも、幼き頃より、剣一筋だったもので

粗暴なもので、皿を洗うようなことも、出来ません

このままでは、刀ではなく、腹に、飯が入らないで、死ぬことになります

これだけは、何とかしたいんで、鉄砲玉でも、盾でも、何でも良いんで」

周りからは、怒号が飛ぶ

「ふざけんな、そんな一大事に、お前えのような、皿を割るようなやつ

邪魔になってあぶねえや」

侍は、首を垂れて、おねがいしますよおと、切願する

「おい、ガンベイ、お前、ちょっと、この人と、手合わせしてみたらどうだい」

「あっしですか」

たてだかよこだか、分かりかねたが縦の方が、少し上に、高い四角い男が

黒い服を着て、中から現れる

「やっても良いですけど、兄さん、俺は、手加減はできませんよ」

低い声がするが

「ええ、もう何でもかんでも、腹をすかして死ぬくらいなら、あなた様に、ぶつかった方が」

変な奴だという目を、相手に向ける

「おい、木刀」

壁際に、立てられかけた

二本の飴色に、塗られたそれを、手に取ると

相手に渡す

良く稽古されたのか

ぼこぼことしている

「大丈夫ですか」

男に言われ

侍は、頷いた

それを合図に、周りの人間は、土間から、足を引き、端に寄っている

「始め」

女将の声に、一人が、地面に倒れる

一体何が行われたか

この暗い室内で、分かって居るものは、一人と、床に倒れている

実体しかいない

「おっおのれ、何しやがるんだ」

殺気立った、数人が、倒れた、兄分を、前に、やられたと言う事を、知ったのだろう

直ぐに飛びかかろうとしたが

女将が止めた

「やめな、見苦しい、お侍さん、こいつだって、道場で、免許皆伝だ

田舎道場だが、それでも、素人じゃないし、付け焼刃でもない

金に困って、引き入れた人間だ

あなたは、ここで、仕事を、してくれるんですか」

侍は、首を縦に振った




「おい次郎早くしてくれ」

天手古舞に、雑用を、右から左に増やしていた侍は、いつの間にか、次郎の名前を、貰っていた

「しかし、あれは、役には立ちませんね、良くガンベイを、倒したのか、偶然かは、分かりませんが

本当に、連れていきますか」

思案するように、座敷から、表を見る

「まあ、ひとでは必要だ

強い敵よりも、厄介な見方とはよく言が

お前らが、良く面倒を見なきゃいけないよ

はぐれもんは、そうしなきゃまともには生きられないんだからさ」

男は、一息に、「はっ」

と、頭を下げると、打ち水を、辺りに、こぼしている噂の男がいた

「おい、大丈夫か新入り」

相手は、頭を下げるが、どうも、違和感がある

こいつは、何かある、しかし、何一つとして、まともな事はない

わざとなのだろうか

「お前、強いんなら、仕事が終わったら、若い連中に、剣術を、教えていただけないか」

はあ

気のない返事を、相手に流す

「大丈夫かよおい」

と、軽く、肩を、叩くが、どうも、その手ごたえに、贅肉を感じなかった


その日の夕暮れ、川原で、若い物に、木剣を、持たせ

適当に、打ち合わせていく

「次郎、本当に、こんな事でいいのか」

相手は答えず、ぼんやりと、川の方を見ている

「おい、新入り」

肩をつかもうとしたが

軽く横に除けられてしまった

「おかみさんには、この月のうちに、何か、起こるかもしれないと言われているが、お前さんたちでは、せいぜい、相打ち、これは不要のうちだ

其れだったら、石でも投げてもらった方が、よほど役に立つ」

不服そうに、次郎に聞く

「それじゃあ、何で、木剣を突き合わせているんだ」

「・・・お前たちじゃ、直ぐに死ぬのが関の山だ

しかし、やらないよりは、やっておいた方が良い、本番は夜中だ」

相手は、落胆のうちに、また、打ち合いに、参加するが、それは、子供の喧嘩のように

粗暴なそれにしか見えないのであった


「それで、どんな具合何だ、彼奴らは」

相手は、うどんを食べながら、目の前の男を見ている

いつも鴬色の着物を着ている男は、自分の前に、座っている

まるで人形のようである

「あれは、もう烏合の衆ですね

剣術指南している男も、到底、強いとも思えません

教えることも、やる気はないし、第一、強そうには」

鴬の着物がそこでようやく動いていた

「そいつの名前は」

相手は首をかしげる

「この街のものではないようですが

まあ、大丈夫なんじゃないですか」

少し語彙を強めた声がする

「名前は」

相手は箸をおいて

「ええ、次郎と、呼ばれてましたが」

旦那は、語彙を強く言う

「調べておくれ」

空気が悪くなるのを感じ、直ぐに、うどんから離れ、男は、表に出ていく

入れ替わりに、客人が、二人連れで入ってくる

一人は、和服であったが、もう一人は、明らかに、浮いている

「これはこれは、連殿」

相手は、頭を下げて、相手を見る

「こんにちは、このたびは、いいしごとを、ありがとうございます」

二人の目つきは、非常によく似ていた

商人の目であった

片言な男に代わり

「約束通りの値段で、お願いします、この感じですと、次は、倍の人数を、お願いします

女の子供が、需要はありまね」

商談は、つつがなく、終わっていく

相手が、帰ったころ

うどんを食べていた男が、旦那に報告する

「やはり、分かりませんね

焼豆腐屋に、泊まっていたことは、分かりましたが

やっぱり、それ以降は分かりません

その時に、薬屋も一緒に泊まって居ましたが

その男は、もう何日か前に、はたごやを、たっていて、もう分かりませんね

浪人風という以外は」

暗い室内で、相手の声がする

「数人、向かわせてみてはどうだ

どうせ、戦う事になるのだから」

相手は物言わず、頷いて、直ぐに姿を消した

だれも、それに意見するものは居ないのであった



「それで、その男って言うのは、どう言うやつだ」

暗い闇を、走る一団がいた

皆それぞれが、腰に、刀を差していたが

侍ではない、町人風の男たちであったが

目つきは余りよろしくはない

「さあ、わからねえ、ただ、浪人風なのは、分かってはいる

もう少し調べたが、どうにも、しくじってばかっかりだ」

「しくじり、一体何処で、しくじったっていうんだ」

「ああ、大丈夫だよ、しくじりと言っても、間抜けなものだ

皿を割って料理屋で、しくじり

黒澄でも、小間使い扱いだ

到底、用心棒なんてものじゃない

あれは剣客ではない、かずまに合わせだろうよ」

二人の影が、角を曲がった時、目の前に、何かが飛んでいた

それが、何かを、把握する前に、その数は、あっという間に、数を増やし

気が付くころには、倒れ込んでいた

「なっなんだ」

言葉を言う前に、男は、最後に、晴れた目の奥で、月を何かが遮ったのを知る

しかし、それが男の意識の最後であった


「おっおい、大丈夫なのか、本当に、その人を、殺してよかったのか」

集まってきた、黒澄の連中の前で

首のつながって居ない

三人の遺体を見る

「言っていた大八車に、早く乗せろ、夜回りは面倒だ」

石を、手から辺りに投げた連中が、茣蓙をかけると、直ぐに、遺骸を、運んでいく

薬屋からの手紙で、急ごしらえで、反撃していたが、上手く入った

しかし、それと同時に、居なくなってしまえば、これは、宣戦布告になってしまう

面倒ごとは嫌いだが、男の内側に眠る、なにやら、暴力性を伴った

何かが、ゆっくりと、刀を、握りしめているのを感じる

触れていない刀は、腰で、「カチャリ」と音を立てていた


「しかし、次郎も、偉そうだよな、本当にこいつらが、ただの一般人じゃない可能性はないのか」

荷車を押しながら、早足にかけていく

「それはもう分からないだろ、しかし、こいつら、最近この街に、来ていた浪人じゃねえか

しかも、何処で、寝泊まりしているのか分からない癖に、刀なんて、携帯しているところを見ると、

ただ事ではないだろう」

「お前ら、戦は、直ぐだ、石を、用意した場所に、死体をもっていくぞ」

偉そうだな次郎のくせに

そんなぼやきの中

車は、堤防を、走らせ、川に付けられている

「よし、下ろせ」

本当に、何て言い草だ

次郎に反発しながらも、遺体を、川に、流したとき

向こうの方で、ゆっくりと、赤い炎が揺れている

提灯である

「こんな、夜遅くに、うちのものが、何かしましたか」

見るとそれは、鴬屋の法被を着た番頭の姿があった

「これはこれは、実は、皆で、川原で涼んでいましたら、いきなり、切りつけられまして

良いところの、大店は、活気があって、私のようなものは、逃げるので精一杯ですよ」

以前次郎にやられた男は、前に出ると

立ちふさがる

鴬屋の背後には、自分たちの何倍もの人間が、ぞろぞろと現れている

「それはそれは、その割には、切り傷もなく、私たちのような商人は、怖くて怖くて弱い物ですから

数で、お相手しなければ」

その人手の中に、店の者は一人も居なかった

ガンベイは、一つ、息を吸い込むと

相手に向かい叫んだ

「撤収」と

ガンベイの四角い体は、川の方に逃げていく

それに、抗応するかのように、番頭が、追えと指示を出した

ぞろぞろと、人の群れが、おとこの後を追う

闇の中に、人の走る音に混じり、何かが飛んでいく音もした

それは、風切り音のまま、土手の方に飛んでいく

「っぐ」

何の音か、それを理解したとき、人の群れの中で、数人が倒れ、川原の茂みからは、矢のように、石が飛んできていた

幼い頃より、石の投げ合いとは、子供のたしなみである

その中でも、荒くれている連中とは、手慣れているものが多かった

飛んでくる石は、意志を持つように、人の顔を、潰していく

「っが」

数分もしないうちに、倍数は、減っていく

突っ込んできた連中も、ガンベイの間合いの中に、沈んでいた

刀だけならまだしも、飛び石は、面倒な物なのである

倒れる相手から逃げるように、一時撤退を考えようとも

背後からも、礫があった

それは、堤防の上から、まわりに、ばらまかれるように

つまり、背後をとられたのだ

「なんで」

その声は、何処かの石に食わされ、動く事は出来なくなった

「上手くいっていますな」

黒澄の中の一人が、そんな事を、言いながら

手に持った石を、相手に向かい、投げつけたとき

堤防で、悲鳴が上がる

しかし、鴬の連中は、まだ、逃げ場を探るように、堤防の下で、右往左往していた

そんな中に、赤い火が見える

それは、破裂音を、上げて

何人も、なぎ倒して行った

「何だあれは」

その声にこたえるものは居ない

しかし、大きな包みを、発射したものは、明らかに、鴬の人間であり

法被は、羽ばたき、大砲の風圧は、相手の上半身を、何人も吹き飛ばしていったのである

暗い中

川原の石を蹴るように、男は走った

その手に握られた日本刀は、もう、白銀にきらめき、抜刀を済ましていた

風を切るように、相手へと、刃を向け、腕を、八の字に後ろに流していた


それは、切るとは言えなかった、まるで、添えるように、次々に、刃は、相手の喉筋を、舐めていた

そう言うしかない

皮膚の下の動脈を、外部に、噴出させたと思えば、次の瞬間には、近くの男は倒れ、首筋には同じような跡が付いている

川原に、死屍累々の屍が、食肉加工されるように、並べられていく

後ろの方では、何が起こっているのかの把握が出来ない

しかし、何かが起こっている

そしてそれは明らかに、自分たちの方向へと、近づいていた

刀を、守りの位置に、構えても、それは、空気のように、すぐ横にいて、気が付いた時には、首筋に、空気の流れが、外側に噴出している

それを抑えようにも、命のみなぎりは、川原へと流れていった

「おっ鬼だ」

そんな悲鳴が、上がるころには

男の通った道には、立っているものはおらず、その少数も、直ぐに、礫が、地面へと沈めた

川原の上の方では「あの男を狙え」と

大砲の矛先を、下に向けようとしているが

その重さに、向きを整えられずにいた

数人が、重量のある、その台車を、縄で、釣り上げるように、後ろから、踏ん張っていたが

それが一瞬、軽くなったと思えば、その大砲が、下に落ち、代わりに、目の前に、標的の姿を見つけた

「おっおま」

声は、首の横から漏れ出し、その姿を、確認する前に、 

地面にと、体は突っ伏している

横を男の歩く姿が見えるが、

それが何なのかは分からずにいる

しかし、明らかに、一歩また一歩と進むそれを前に、なすすべもなく、瞼は落ちようとしている

「たったのむ」

耳元には、倒れる音と、水音が、最後に響き渡っていた


「うっうて」

その声は、空回りと言っても良い寒々しい物であった

その答えが、示す方向に、男は居たが

しかし、打ち出された

その球は、人間五人ばかり、右にそれていた

ジグザグと歩く、男を前に、方向を、整えられず

その打ち出した玉は、堤防を、あらぬ方向へと垂直にすっ飛んでいく

川原の下では、残った残党が、多数決で、相手を攻め立て

上へと上がろうとしている

「おっお前は何」

砲主は、首から、血を吹き出しながら、横に倒れていた

しかし、その目が見た物は、人間ではない

ただの機械のような男が、更に後ろへと歩いて行く横顔だった


「大丈夫ですか」

ガンベイは、駆け付けると、刀を拭っている

男を見ている

本当にこいつは、あの男であろうか

夜だけ性格が変わるのだろうか

周りにも、生き残った人間が、何人も、取り囲んでいる

「これからどうします」

刀を、鞘に納めた男を前に

ガンベイは、瞠目していた

まだ何をすると言うのであろうか

「行くんでしょ」

何がと聞けない

どうするか聞けない

これ以上、血を流すと言うのだろうか

これ以上何をするのだろう

しかし相手は、言葉を持ちえない

ただ、訳を、理由を、ルールを、聞いている

そこに意思など介在しない

「女将さんに」

男の細い目に、何か、意志は存在するのであろうか

まるで昆虫でも見ているような動物ではない瞳に感じる

「もう、死んでるかもしれませんよ、直ぐに、本丸を、討った方が良い」

つまり、鴬の本店のことを、言っているのだろう

「しかし、あそこには、一般人しか」

次郎は、首を振る

「一般人でも、殺しを命令するの一般人ですよ」

疲れた連中に、懐に、石を詰めさせ

直ぐに、鴬の店の前に行くと

普段開いていない時刻にもかかわらず

数人の若者が、店の前で、うろうろとしている

「良いですか、一瞬ですよ

あなた方は、店の表と裏を、お願いしたします」

そう言うと、男は、直ぐに、二人の若い物を、切ると

それを、片付けるように、手で指図をした


次の日、白塗り男は

数十人の人間の前に、立っていた

「ええ、最初ですから、安くしておきますよ」

相手は、それを首を振ることで制した

「いえいえ、大旦那様に、そんな事はさせません、こちらこそ、ご縁をいただいたお礼に、そのお礼料に」

相手は、箱を、供のものに、運ばせようとするが

「申し訳ないですが錬さん、こちらは、このような、身軽なものですから

この方々の引き取り用と言う事で、お納めください」

二人の背後の人間が、掛け声とともに、船に乗せられていく

「あんな、年寄では、使い道もないでしょうからね」

最後の男は、顔に、布をかけられ手は居るが、その巨体の鴬色の着物が揺れるのが良く見える

みな、数珠つなぎに、中へと、運び込まれていく様子を、薬売りと、もう一人、着流しの侍が

眺めていた


「それで、黒澄の方は、片が付いたんですか」

男は、適当に、頷きながらも

「まさか、人間を、黒焼にして売った方が、高いなんて言うのは、驚いた話でしたよ

私にも、一つ用心棒に片棒を担がないかなんて、言われましたけど」

薬屋は、ちらりと、横を見る

「それで、どうしたんですか」

横の男ははははははと、笑うばかりで、

白い波の立つ海を見るのである












あとがき

このような酷い内容を最後までお読みいただきありがとうございます

只今畳の目が私の目の眼下数ミリのところに整列し、私めの阿呆さを、御託を述べているのですが、其れもまた関係のない話でありましょうから、私はありがとうございますという考えを、垂れながし、首を畳にこすりつけたいと思いますので、よろしくお願いいたしました。

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