第6話 現状理解と締結

 「正確には『神の使者』と、そう呼ばれている」


「ちょ、話がぶっ飛びすぎてなにがなんだか…」


とても現実離れした話を振られ、簡単に理解できずにいると、ぶっ飛んでいるスサノオが「そりゃそうなるよな」とまともなことを呟いた。


「えっと、まず支配とは一体どんなことなんですか?空から出てきて人間全員ぶっ殺すみたいな感じですか?」あまり聞きなれない統率行動について、優気ゆうきはイメージの湧かないまま質問する。「まぁ初めて聞くとそういうイメージになるわな」あまりの純粋さにカラマノランジャンは思わず小さな笑みをこぼす。


「奴らは人の地位の上に君臨し、奴らの中の考えで世界を統治しようとを企んでいる。奴隷制度のように人を上から扱う感じが近いだろうな」


「そんなの嫌ですよ!何で勝手にそんな酷いことするんですか??」


「それにはしっかりとした経緯があるんだ。多数の『神の使者』が今まで人類のしてきた愚挙に対して何年か前に我慢の限界を迎えてしまったんだ。言わば、人間ではなく神の使者がこの世を支配する改革を行う、『改革派』と呼ばれている」


「なるほど…ふ、不覚にも人間として思い当たることが多いな」戦争、虐殺、私利私欲のために人権を侵害する行為など人間の愚挙に対してはこれまでの歴史を学んでいても思い当たることが複数存在し、説明内容に納得してしまうことが人間の負の歴史といったところだろうか。


「対する我々はその考え方に抗い、現在のように人間が主体となって今を生きることを推進する『維持派』ということだ。まとめると、我々はこの世を『改革派』の支配から『維持派』の我々が抵抗する組織だ」


優気はあまりの規模の大きさに啞然としてしまうが、一瞬たりともカラマノランジャンの表情が緩まない。事実であることを受け止めるのにとりあえず認識を更新していく。


「神の、使者…」と聞いたこともないその言葉はとても印象的だったため、カラマノランジャンの発したことをおもわず復唱してしまった。恐らくだが、自分を含む超人的な動きをできる者らのことを指していると考察できるが、まだわからない。


「ちなみにその『神の使者』ってのはどんな者らなんですか?」特殊な自己修復によって恩恵を受けて今があるのにもかかわらず、相手からの説明がないと確証が持てないのはなぜだろうか。


「詳細については長くなるから省くが、簡単に言えば現実的に考えられないような動きをする者や不思議な能力で有り得ないことを起こす者らのことだな。もちろん、私もこいつもだ」自身とスサノオを親指で指しながら伝える。


「そうだな、何か事例を見せたいな。私個人の能力ではないんだが、」


例えば、と席を立ち上がりダイニングテーブルの方へ向かう。どうやらその不思議な能力を実演してくれるようだった。かなり丁寧な説明で再び優気の興味の扉が叩かれる。


「このグラスを普段と同じように適当に触れてみてくれ」


差し出されたのは一般的なグラスで、特に目立ったところのない簡素なものだった。確認ができたためソファーの前にある小さな机に置き、次の指示を待つ。マジックが始まる吉兆と同じ感覚でこの状況を若干楽しんでいた。


「よし、特にタネがないことを確認できたな。じゃあよく見とけよ」


カラマノランジャンがそう意気込むと、両手のひらを合わせるかのように手の根本を合わせながら中指だけくっつけ、何かの儀式のようなポーズを取る。妙な迫力があり、呆気にとられるが本番はここからだった。


『深淵から湧き出る汚れ大き黒水よ、理に反す抗を今示さん。疎なる元と空の境を交じ合わし抵抗を崩せ。脆く危うく鎮め、暗きに咲く花のように表し給へ』


グラスに向かって呪文のようなものを詠唱すると、カラマノランジャンの構えた両の手が黒紫のオーラに包まれていた。グラスを見ても特に変化は見受けられなかったため、少し怪訝な表情になる。


「それでは、触ってごらん」そう言われ、取っ手部分を持ち上げようと触れた瞬間、ガラスでできた取っ手がたくさんの小さな紙切れを降らすかのように粉々に崩れていった。優気はおもわず大きな声で驚いたが、スサノオの方を見ると興味なさそうに耳をほじくりながら見ていた。


「これは『呪術じゅじゅつ』というもので、『神の使者』が扱う技術の一つだ。これは対象に負の状態をもたらす効果がある」


「はぁ~いわゆるデバフってやつですね」日頃ゲームやアニメを興がる者には馴染みがあり、理解がしやすいワードである。


「そういうことだ。呪術をデバフとするなら、バフバージョンの『使術しじゅつ』と相手に直接危害を加える『魔術まじゅつ』というものがあるが、先程も言った通り、これらは各々の能力という訳ではなく、練習さえすればどんな『神の使者』でも習得できる。能力の話となると雷を操る力、大地を司る力、物を創り出す力など個性的なものがピンからキリまで存在する」


説明の最中スサノオはゴミ箱を持ってきて粉々になったグラスを捨てる。何でジャンジャンが処理しないんだよ、ぶつくさ文句をたれながら掃除に励んでいた。脳内を覆う大きな疑問の糸が一つ解けた、そんな感覚が優気に流れる。


「ってことは俺もその一人か」嬉しいような怖いような今までにない気分が身体中に晒される。


「勘付くのも当たり前か。『神の使者』ではあるんだが、中でも君は『四神ししんの器』というものに分類される」


「四神の、器??」


再び新しい単語が飛び出し思わず首を傾げる。


「あぁ。これは少し特殊なケースで、四神は4種類の神の獣のことだ。そいつらは人間の中で共に生きる性質を持ち、人間を媒介としながら生きている。所謂別ケースだな」


「なんか色んな概念出てきてるけど、すげぇことだなこりゃ…」


新たな事ばかりで戸惑いが生まれ、優気は遂に整理が難しくなってきた。確かにドッキリがネタバラシされるまで理解できないのと同様に、非現実的なことが現実でしたとどんどん説明されては理解が追い付かないのも無理なことではない。


「ちなみに、僕の中にはどんな『四神の器』がいるかわかったりしますか?」


「えっ、神崎かみさき君は四神の神獣を理解して力を使っていると思っていたんだけど、わからないのかい?」


「えっ、はい。マジでわからないです」


両者ともに困惑するが、少し考えてからカラマノランジャンが口を開いた。


「スサからの説明によると治癒能力を持っていたこと、体育館で力を発現させた際にオレンジ色がメインの武装をしていたことから、『朱雀』と考えるのが妥当だと思うが」


「オレンジ色の武装をしてた?僕がですか?」


相手は何も知らないことに驚く一方で、優気は複雑に絡まった疑問の糸がほどけていく感覚が心地よかった。


「能力の使い始めはその時の記憶がなくなる事例があるが、これはかなり時間がかかるな…」


「確かに化物を襲って来て、僕が倒したような気がしなくもないような気がするようなしないような…」


カラマノランジャンは一瞬首を傾げ、少し気を落とす。初めてスサノオに出会った時に『四神の器』がどうのこうの言っていたことを思い出し、優気の中の点と点がつながり現状をどんどんと理解していく。スサノオと出会った時を思い出したついでに沢山のことが気になった。


「あの、先日僕らを襲った奴らは何なんですか??」


「正直言って断定はできないが、おそらく敵の能力や新技術だな。狙いはもちろん君だっただろうね」


「なるほどなるほど。あなたたちが僕を戦力として扱いたい旨はわかったんですが、その、敵たち?がそれほど僕が欲しい理由はなんなんでしょうか」


「質問が多い!!もうやめやめやめだ!!!」一方的なやり取りをただ見ているだけのスサノオは飽きてしまった様子で大きな声で質問を遮った。


「確かに質問が多いのは分かるが、この子はいきなりよくわからないことに巻き込まれて整理がつかないのはわかるだろ?だから説明する義務があるんだよ」


「だからといっていっぺん色んなこと教えすぎだし、ゆうきは聞きすぎ。ぜってぇ頭ん中ぐちゃぐちゃになってんぜ?」


確かに一理ある、と改めて考え直すと、少し間が空いてカラマノランジャンは再びに口を開いた。


「先程言ったように私にも時間があってな。逸脱したという訳でもないが、再度私の説明に戻っていいか?」


「あぁすみません!こっちばっか聞きたいこと質問してごめんなさい」気にするな、と声を掛けられたが、一方的な会話は相手の気分を害すばかりで、対人関係ではよく嫌われるやり取りの一種だ。言いたいことの腰を折れさせてばかりしていたことを猛省する。


「奴らに対抗するため、君には強くなってもらい、奴らの侵略から共に人類を守る手助けをして欲しい」


優気の中で改めて整理してみたが、スケールの大きさと現実的ではない内容に再度啞然とするも、対面する2名の真面目な表情を見てもう一度気を引き締め直す。


「手助けと言っても現実的には昨日のような戦闘になる。戦闘ということは敵がこちら側の命を取るつもりで来る。つまり君は私たちに加担すると可能性が浮上する。勿論こちらがしっかりと指導し、サポートも全力で行うからその可能性は極めて低いが、その可能性はどんな場面においても必ず混在する」


途轍もない発言だが優気の中では昨日の事象が鮮明に残っており、カラマノランジャンの言葉に疑いも畏怖も感じることはなかった。また、体育教師と女性教員が跡形もなく殺される姿を思い出し体が自然と震える。


「正直に言うと、殴り合いや戦場を経験したこともなく、今まで平穏に生活してきた君には向いていないことだ。しかし、君が持つ『朱雀』の力は人間の未来を良い方にも悪い方にも左右させる程の大きな力がある」


目線を切り再びこちらを見つめるカラマノランジャン。その視線は優気の真意を見透かすかのようで、審議でも執り行っているのかとも疑えてしまう。更には何か重大な過失をしてしまったのではないかとも思えてしまうほどだ。


「今は未熟で役に立つとは言い難いが、たくさんのことを話したうえで一度君に問う」


今日一番に緊迫した場面であろう。唾を飲み込み、言葉以上の重みを感じさせるカラマノランジャンの発言を優気は静かに、待つ。



「これから強く成長し、我々と共に戦ってくれるか?」



冷静な表情とはっきりとした発言の中に心配と信用が垣間見え、優気自身に対する正当な信頼性を感じた。スサノオはソファーに寄りかかりこちらを楽しげな表情でこちらを見ている。優気の中で答えは昨日から現在に至るまで常に決まっていた。


「確かに昨日の変な怪物と戦ったことを思い出しても、現状足手まといで、全く戦力にはならないと思います。誰も守ることができないのも事実です。そして、今まで人間が酷い行いをしてきたのも事実。話を聞いていると正直、敵となる方々の気持ちは分かってしまいました」


自分自身への唐突な自虐と過去の人間に対する行いへの認識にスサノオは目を丸くした。


「だけど、僕は一部の者たちの勝手な振る舞いで今を正当に生きる人を苦しませたくない。過ちを反省し悔み、再び心の一歩を踏み出そうとしている人間が虐げられるのは許し難い」一間開け、2人の顔をもう一度窺う。


「わかりました。共に戦ってまるっと全てを救ってみせます!世界、救ってみます!!」


現実離れした発言に理解が追いついていないからか、虚偽のない自身の全うな決断に喜んでいるからか、理由はわからないが自然な笑みが零れる。


「決まりだな!!ゆうき!これからよろしく!!」暫く退屈そうだったスサノオがにこやかな顔で握手を求めてきた。「はい!よろしくお願いします!」


「カラカラジャンジャンさんもよろしくお願いします!」


「そんな乾燥してないわ。こちらこそよろしく」「じゃあびちゃびちゃジャンジャンさんで」「大雨か?まだ4月なのに。地球温暖化は止まらないなぁ。もう梅雨入りだ」


かなりテンポの良い物言いで下手な芸人の痛々しい芸を見るよりかも圧倒的に気持ちのいい流れだった。どんどんと楽し気な高揚が生まれる。


「正直なところ、名前覚えてません…ごめんなさい」的確な比喩で良いリズムだったが、よそよそしくもう一度名前を聞いた。


「適当でいいよ。ランジャンでもジャンジャンでもチンチンでも」


「チンチンはダメですよ!じゃあ改めてジャンジャンさん、よろしくお願いします」おう、と応答し、時計に目をやると3時45分を示していた。


「私は4時から予定が入るので、今日のところは別れだな」


「よし、そうと決まれば修業しようぜ。俺が戰の何たるかをぶっこんでやるから覚悟しろ」


「ごめんなさい、最後に質問をもう一つ」


「長い、もう質問終わり!」


「まぁ、いいだろ。で内容は?」ジャンジャンに用事があることは理解しているが、根本的な質問だったため、これだけはどうしても聞きたいという旨を伝えスサノオを納得させた。


「ジャンジャンさんはわからないけど、人間ではスサノオさんとかって『神様』の扱いなのに何で『神の使者』っていう別の扱いなんですか?」


確かによく耳にするその名は『神様』そのものであり、常人からしたら甚だ疑問を浮かべるのは当然のことだった。


「そんなん当たり前じゃん。俺は『神』じゃねぇもん」


「えっ、でも巷では『神様』扱いですよ?」


「だから『神』じゃねぇって。俺らは_」「スサ、」


ジャンジャンは言葉を遮ると、再びの交渉のような緊張感が漂う。


「掟を忘れたのか?」スサノオはマンガのようにハッとした表情を浮かべ、しまったと声を漏らす。


「わりぃわりぃ。俺らの口からそういうのは言えねぇんだ。ごめんな」謝辞のジェスチャーをしながら申し訳なさそうな顔をしていた。その姿にジャンジャンはホッと息を漏らし、安心する。


「全く危なっかしい奴だな。私たちの立場のことと、この世の根本原理を揺るがす答えは言えないことに決まっているんだ。まぁ、強いて言えば」


斜め上に視線を移動させ、ジャンジャンは人差し指を折って口元に当てながら考え続ける。決まった概念を言語化することが難しい様子で、先のスサノオとの会話のテンポと比較すると少しの間が60秒以上の時間を感じさせや。そんな妙な空間を感じている内に、ジャンジャンはスッと視線を前に戻してニヤリと微笑んだ。


「この宇宙ができる前から生存している者、ということだけは言えるな」


「とてつもない発言聞いちゃいましたよ。これ…」これが言葉の爆弾というものなのか、驚きの嵐が吹き荒れ、一気に目が覚めた。


「今日の話は勿論関係者以外口外禁止だからな」それじゃあ私はこれで。また今度、と言ってジャンジャンは部屋を出ていった。


「晴れてお前は仲間入りってことだな。気を取り直して、修業すっからこっちに来てくれ」スサノオの後についていき、別室に移動する。


 『神』と認識されている者が『神』ではないこと、ジャンジャンが発した『この世の根本原理を揺るがす答え』これを知る者たち。新たな疑問の糸がグルグルと脳に絡まり、再び興味が育まれた。

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