第4話 スサノオ
「そいつ、を、殺す。おまえはじゃ、ま、だっ、から」
__こいつは本気で命を取りに来ている。
その事実を認識すると、身震いが起こり始めたが、黙って友人を見殺しにすることは自身の死よりも嫌悪感を抱いた。とりあえずは時間を稼ぎ、通りかかった人に通報や救急車などを呼んでもらう手に出た。
「なんでこいつを殺そうとするんだ?」少しでも時間を稼ぐためゆっくりと話す。
「めーれい、だっ、から」
「それは誰の命令だ?」「おまえはかん、けいのないことだ」
「こいつはお前らに酷いことや誰かを傷つけたりしたか?もし、そんなことをしていたら俺もこいつも誠心誠意謝罪するよ」「知らないよ。た、だの命令だ、もの」怜真は唇を嚙み締める。
「人を痛めつけることは楽しいか?」「し、らない。ただの命令だってい、てる。知らない」
「お前はどこで生まれたんだ?日本のどこかか?それとも外国か?あるいは地球以外の惑星か?」「よく、わからない。知らない。全然わか、らない」
少しずつ時間を稼ぐうちに、怜真の奥底でぐつぐつと怒りが込み上げる。何もかも知らないこの生き物は傷つく痛みを知らない幼児でも、復讐鬼やサイコパスなどにも当てはまらない者だった。目の前にした怪物は、善悪の判断や意思を持たずにただ淡々と誰かの受けた命令に従う狂いに狂った生き物であることを理解した。その存在がいかに人間社会において秩序を乱す害悪なものであるかを理解していないことに腹が立って仕方がなかったのだ。
「あ、早く殺さ、ないと。そこ、どけ、邪魔だよ」「絶対にどかない」相手の言葉に対して怒りの表情が顔に表れている。
「いつも、人間は利己、的、なのに、こういうと、きだけ被、害者面。ほんと、に醜い生き、物」手をぶらぶらと降ろし気が抜けているように見えるが、攻撃に入るモーションだと悟る。怜真も戦闘体制に構えるが、ある程度時間を稼いだのに周りに人が来なかったことを悔いり、何度も誰もいないことを確認する。
「じゃ、あね。死ね」
次の瞬間、思わぬ光景が怜真に飛び込んだ。なんと、後ろに倒れていた優気が襲ってきた怪物から怜真を庇うように間に入り、怪物の右フックをまともに食らい、反対側のシャッターに激突した。怪物の手には真っ赤な血が付いており、優気は頭と鼻から多量の出血をしていた。
「ラッ、キー。じ、ぶんから死んだ。ラッ、キー」
怜真は言葉を失い、その場で立ち崩れてしまった。目の前で親友が死ぬ悲しみと非現実的な事象に対する驚きが頭の中をかき乱していた。しかし、吹き飛んだ優気は自ら体を起こしてその場に座り込んだ。
「人間が醜いとかどうのこうの抜かしてたな。仕方ねえから俺がご教授してやるよ」か細い声でうつむく姿勢を正しながら大きな怪物の目を見る。あちらも優気の瞳をじーっと見つめていた。
「人間ってのはな、みんなと一緒に…共に笑いあうために生きてんだよ!!」誰もいない通りで今出せる最大の声を張り上げて強く唸る。
「たとえこれが間違いだったとしても、今、お前が俺にしたこと!
血反吐を漏らして再び俯き、目の前にひらひらと枯れた桜の花びらが舞い散る。怪物はその姿を確認すると、無言でこちらに向かってくる。それに対抗しようと優気は立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かなかった。慌てふためく力も逃走する気力も何もかもが湧かずに、ただただ死を悟るのみの状態だった。怪物が目の前に立ち、無言で手を振るのを見送ったところで目を閉じた。言いたいことは言った。これでおしまいか___
「そのとおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉおおおぉぉおおおおおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおりっ!!!!」
活気ある大きな声が再び聞こえて、おもわず目を開け声のする方を向くと、目の前の怪物が青年に飛び蹴りをされ、電柱に背中を打ち付けられていた。新たに目の前に立つ男を見上げると、腕を組み、首だけこちら向きの状態で見ている。古い
「死ぬかもしんねぇ時に張り上げたその言葉、決死の覚悟と受け取った!!」喜悦に満ち溢れている声と感情が優気を安心させる。腕組みをしている状態で、なぁ、と呼びかけると同時にこちらを向き、仁王立ちの状態で優気を見下ろした。少し間が開くその最中、風に揺れる街路樹が広い通りに響き渡る。
「全てを脅かす邪悪から、この世を一緒に守んねぇか?」
一日中空を覆っていた曇り空から煌びやかな夕陽が顔を出し、通り全体を照らす。青年は明るい表情のまま右手を差し出すも、優気はかなり抽象的な表現は完璧に理解できなかった。しかし、『この人についていけば問題ない』と、厚い自信が身体をいざない、オロオロと手を差し出した。やがて差し出した手は青年が優しく力強い固い握手となる。優気の顔は血だらけだったが、そんな状況でも砕けた表情になるのは一瞬の出来事だった。
握手を交わしたのは良いが、優気は怪物が起き上がるところを確認した。
「キッシャァァァぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」朝の怪物のような奇声を発しこちらに近づいて来る。優気の中にはあの化物は人間ではないのか、と疑問があったが、再び姿を見ると人の形を保っているものの、所々皮膚の色が真緑に変色していることやぐにょぐにょの手足などから似つかない存在だと認識できた。
青年は全く気づかずに笑顔でこちらを見ている。蹴り飛ばされた腕が上がっておらず、かなり頭にきている様子だった。おもわず、「きてるきてる!!」と慌てふためいてしまい、青年がようやく気がついた。
「あれ、まーだ生きてたんか。もうちょいちゃんと蹴れば良かったな」気だるそうな顔をしていて、かなり緊張感のない青年にさらに慌てふためいた。
頭を掻きながら「わーた、わーった」と適当な相槌を打ったその瞬間、目の前に近づく怪物の懐へ向かい、目に見えないほどの速さで刀を抜き、その流れのまま怪物の胴から脇の下あたりを切り裂いた。怪物の体は二つに分かれ、そのまま崩れ落ちる。あまりの速さと刃捌きを目の当たりにして、巨大マグロの解体ショーを目撃している気分となった。怪物はサラサラとタバコの煙のように消滅していき、ぐちゃぐちゃになった骨の一部だけがその場に残される。
圧倒的な強さに優気は言葉を失うと、青年は何事もなかったかのように少し笑みを浮かべながら近づいて来る。何故よくわからない怪物を相手にしていたのに平然としていられるのか、優気は理解に苦しむばかりだ。
「うーんと、
「まさかあっちの少年のほうか!?」青年は逆の通りで座りながら一連の行動を見ていた怜真の方向を見てあたふたと慌てふためく。しかし、怜真は突然振られた会話の内容についてきておらず、少し首を傾げていた。どっちだどっちだ、何度も首を左右に振る姿を見て、優気は質問をしようとゆっくりと立ち上がる。
「なにがどういうことですか?」
「優気、お前重傷負ったのになんで簡単に立ち上がれてるんだ!?」
「え、あ、ホントだ!!なんでだ!?」
なんと、先ほど怪物から受けた攻撃は重度の怪我だったにもかかわらず、何事もなかったかのように簡単に立ち上がったのだ。それも、本人が知らぬ間に回復していたのが、驚きで仕方がない。
「怪我が治ってる!」そう声を上げると鼻血が多量に噴き出し、攻撃を受けた箇所が再び痛み始めた。
「いや全然治ってねぇじゃねぇかよ」怜真は冷静にツッコむが、頭部の流血が止まっているように見え、腹を殴られてできた真っ黒の痣も完璧ではないが、ダメージを受けた規模が最初よりかは縮小しているように見える。ありえない回復力を確認した怜真はこれには絶句せざるおえなかった。
「やっぱしお前か!良かった~これで違ったら、勧誘の台詞言い直さなきゃいけなかったからな」
そう言い放った後、何故だか怜真のいる方へ近づいてみぞおちを殴った。急なことであったため、案の定怜真は気絶し、その場に倒れこむところを青年が支える。
「急に何するんですか!!」
「こいつの家に届けるんだよ。今起こったことは俺とお前の秘密だからな。でもって、こいつの家を教えてくれ」
「なんで秘密にする必要があるんですか!?」
「今のありえない行動はバラされたら俺もお前も困るの!そうだろ?聞かれたら白切っとけな。とりあえず早くこいつの家を教えてくれ!」
唐突に起こった現象に少しパニック気味となるが、優気はこのような危ない事象に怜真を巻き込みたくなかったことが念頭にあったため、震える声で「わかりました」と納得の意を示した。
「あ、ちょいまち」ガサゴソと法被のような服から小さな紙切れと小さな鉛筆を取り出し、「これに書いてくれ」と頼んできた。おとなしく要望聞き入れ、新型腕時計、スマートウォッチに入っている怜真の詳細な情報をメモし終わると青年は感謝を簡単に述べた。
________この人は俺の身に起こったことを知っている。そして、今日何度も襲ってきた怪物のことも、さらに自分が急激に強くなった不思議な力のことも恐らく知っている。そう考えていると、このままこの男はこの場を去ると感じたため、頭の中に蔓延る疑問をぶつけようと後ろ姿の青年に声を投げかけた。
「どうして僕の体が勝手に回復したんですか?自身を襲った怪物はいったい何なんですか?そして_」
たくさん浮かぶ質問を整理出来ず、おもわず言葉に詰まる。おもわず続けて出た質問は、初めて会った人に質問するにはシンプルかつ基本的なもので、非現実的な事ばかりが続く状況で完全に抜けていたものであった。
「あなたは誰ですか!?」
「…確かに名前言ってなかったな」後ろ姿のまま少し驚くような声でそう言った。
「俺の名前はスサノオ!!」顔をこちらに向けると、ニヤリとした表情でこちらを見てきた。
「神様だ…神様じゃないですか!!」
「まぁ、詳しいことは明日教えっからそん時な。じゃあ俺はこいつを送り届けて帰ってキノコブラザーズの続きするから。またな!ええっと」
「か、
明るい表情のまま、物凄い跳躍力で近くの家の屋根に飛び乗り、怜真の家まで送りに行った。その光景に再び啞然とするが、すぐに気持ちの切り替えができた。それは今日、通常ではありえない非現実的な事に慣れてきたことの表れであった。
「すげぇことに巻き込まれたなぁ…」帰路を歩き出し、今日一日のことを振り返りながら優気は自宅へ向かった。
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