第3話 畏怖を超えし者

 緊急で行った生徒代表挨拶も無事に終わり、あとは生活指導を担当する教師の言葉で締めくくられるはずなのだが、その担当教師が見当たらず、少し始業式運営に携わる者らが慌て始めた。ある女性教師が体育館を出て探しに行った瞬間_____


「きゃぁあああああああああ!!!!!!!!!」


叫び声が体育館に響き渡る。全員が声の方向、体育館出入口に視線を向けた。すると、そこから出てきたのは探しに行った女性教師でもなく、生活指導の教師でもなく、身長三メートル近くもある化物が二人の首から上を持っている姿だった。少し斜め上を向いていて涎が口から溢れでている。全身は様々な色が混じった不気味な皮膚をしており、人間には当たらずとも遠からずといったような生き物だった。


その生き物の後ろから似たような者ら二名が姿を表した。四つん這い姿で、顔が真っ黄色の者と、事故に巻き込まれたような手足がぎっしりと捻られてた外見の者が現れた。何かの劇を制作しているのか、はたまた生徒会などのグループのサプライズなのか、生徒たちはよくわからないため、ざわつき始める。


最初に姿を現した者が「シぃエェェええええええええェ!!!!!!!」とよくわからない奇声を発し、手に持っていた教師2人の顔面を体育館の壇上に投げつけた後、先の2名が小走りで体育館に侵入してきた。だんだんとそれらが近づくのに連れて、本能的な畏怖を感じ、もう一つの出入口に全校生徒、全教師が一斉に駆け込んだ。当たり前のように出入口はごった返してしまい、詰まる状況となってしまう。中には床に転んで踏みつぶされてしまう者や、人の心配なんかせずに誰よりも先に進もうとする者など様々な者がいた。


また、このような状況でも冷静さを保っている人は体育館壇上の左右にも非常出入口があるため、そちらに向かう者も何名かいた。このような非常事態に際した時、他者のために先陣を切り、立ち向かって行くと豪語する者は世の中に一定数存在するが、いざ当事者となってみると思考回路が停止し、そのようなことは全く考えつかなくなるため逃げることだけを意識する。やはり、人を殺す未知なる化物が相手となるのであれば話は別なのかもしれない。生物の本能には危険を感じると自身の安全を優先する思考が備え付けられているが、この瞬間はそれが一番よくわかる状況であることに違いなかった。


 優気ゆうきは謎の人殺しモンスターとごった返す出入口を何度も見返すが、理解が追いつかず、ただ呆然としていた。しかし、出入口周辺に集まる肉の塊の中には知り合いやクラスメイトが目に映り、なんとかしなければという使命感に駆られていた。


「近づいてるぞ!」「助けて」「早くいけ!」危機感を煽る怒声や泣き叫ぶ悲鳴、涙交じりの罵声、そこにはむちゃくちゃな感情が感じ取られた。


________________俺が、俺が何とかしないと。俺が絶対に守らないと。絶望は絶対にさせない。


強い使命感に駆られ、突如として体の奥底に引きずり込まれていくような感覚が優気の身を襲った。とても形容しにくい体感だが、立ち眩みのようにふわぁ、と後ろに倒れていく感覚に近かった。


________________その真の心。受け取った


そのような言葉が聞こえ、ふと目を開けると体全体が不思議な力を帯びているのを感じる。薄いオレンジ色の甲冑のようなものが全身に装備され、髪色は茶髪と金髪の中間くらいの色に変化している。傍から見れば変なコスプレイヤーのような風貌は凛としていて逞しいものであったが、優気自身は何故不思議な力が湧いたのか理解していなかった。


「なんだこれ…服、というより装備?」


腕や胸に鎧のような装備が装着されていることに疑問を抱く。拳を握り締め、自分の身体であることを改めて認識。


「とにかく今は皆を助けないと!」


出入口に向かう化物へ素早いスピードで移動し、間合いに入ったところで腕を引き、化物の顔面に硬い拳をおもいっきり振るった。ミュチュミュチュとした感覚があり、弾力に引きずり込まれそうになりながらも拳を振り切る。化物は空中で5,6度回転し、床に着いた時には痙攣を起こし、数秒経つと完全に動きが止まった。完全に機能停止しているかどうか判断に欠けたため、地面を走る蟻を躊躇無しに踏み潰す3歳児のように無言で足を振り下ろし、息の根を止める。


それも束の間、四つん這い歩行をしている化物がこちらに向かって飛び込んだきたため、体を対象の垂直方向に合わせながら腕を曲げ、右手で拳を握り直したものを左手で覆い、相手に向けた右肘を酷く曲がった鼻に命中させた。対角の壁に物凄いスピードで飛んでいき、大きな音をたてめり込んだ。後ろの出入口を見ると人影はなく、全員が移動していたため、胸をなでおろす。


反対側の出入口にいた最後の一匹がもう一度「キッシャァァァぁぁぁあああああああああああ!!!!」と奇声を発し、こちらに素早い動きで向かってきた。優気もスピードを出して迎え撃つ。再び拳を握り直し、化物の顔面を撃ち飛ばした。頭部だけが派手に吹き飛び、頭が吹き飛んだにもかかわらず、フラフラと歩き続け、少し先で倒れ込んだ。


「これで全部か。けど、なんでこんな力が出せたんだ?遅い足も凄いスピードが出てたし…」


甲冑はだんだんと消え去り、髪色も元の黒髪に自然と戻っていった。辺りを見渡すと自分以外の姿はやはり感じられず、ホッとする。緊張の糸が切れると同時に、なんだか意識が朦朧してきたため、優気はその場で倒れ込んだ。


 


 外の体育館の屋根に足を掛け、フクロウのように逆さまの状態で内部の状況を確認する男がいた。「やっと見つけた!!」喜びの声を大きく上げ、男は体幹を使って屋根に立ち、ルンルン気分で誰かに連絡を入れた。




 目が覚めると真っ白な天井が遠くにあった。横目で左右を確認するとピンク色のカーテンが敷かれていたため、保健室のベッドに仰向けになっていると考えられた。虚ろいている状態のまま、体を起き上がらせて大きな欠伸をし、改めて周りを確認する。ベッドから出て、カーテンを全開すると曇り空が広がっていて部屋を少しだけ照らす。壁に立てかけられている時計を見ると、午後三時を指めしていた。ガサゴソと別室から音が聞こえ、しばらくすると怜真れいまが英単語帳を持ちながら姿を表した。


「やっと起きたか。気分はどうだ?」


「やっぱし寝ちゃってたか。特に問題はなさそうかな」


「ならいいんだが、お前始業式に怪物が乱入してきたのは覚えてるか?体育教師の剛田と1年担当してる柔川の顔だけ持った奴」眠りにつく前の記憶が蘇り、あの後の生徒と教師はどうなったのかが気になった。


「覚えてるけど、みんなはどうなった!?」


「逃走の時に転んだりして多少の怪我をした人はいたけど全員無事だったよ」よかった、と安堵してベットに腰から落ちた。


「入り口に人がごった返してるのを見てからはあとはぼやぼやしてるな…その後の続きを聞かせてくれないか」現在に至るまでの状況説明を欲している旨を伝え、怜真は先ほどの話から端的に続きを話す。


「全生徒、全教師に自分の教室に避難してくれという放送の中でたった1人、お前だけ教室に来ないもんだから、前道ぜんどう先生が自ら体育館に戻って命懸けで確認しに行くと、怪物が消滅して、お前は真ん中辺りでグーすか寝てたって感じ」


「はぁ~、なるほどね」


「なるほどねじゃなくて、何でみんなが逃げるような危険な場所で寝てたんだ…??」


優気の靄がかかる記憶に怜真の説明が入り鮮明に蘇る。優気が危険な場所で寝ているところを他者の視点から見ると到底理解ができない。それは当事者の優気も同じであり、何故と聞かれたところで答えられず、「何でだろうな?」と無神経に首を傾げると呆れた様子を表す。ため息を大きく吐き、手で顔を覆うと「何で自分のこともわからないんだ」と声を漏らす。


「学校の現状とか、前道先生とかはどんな感じ?」


「学校周りの安全確認ができた後に、『今回起きたことはこれから警察などを使って極秘で調査を進めるから絶対に口外しないこと』って言われたね。前道先生は本来、お前が起きるまで学校待機だったけど、疲弊しきってたから俺がお前の子守担当を買って出た。こんな感じかな」


前道先生にはとても迷惑をかけたことを知り、深謝せねばならないと痛感した。説明を受けた優気は大まかな背景事情は理解できたが、何故調査を極秘で進めるのかが理解できなかった。というのも、大々的に化物の存在が公になれば生息地や出現理由など、根本的な問題の解決に至るので、拡散しない理由が全く分からなかったからである。一方で、優気は自身が怪物3体を倒したことは覚えていたが、これこそ口外してはならない事象だと感じていた。自分が理解できていないことを、突如としてパワーアップしたなんて言えば、怜真に混乱を招き、そもそも引っかかっている疑問の糸がほどけなくなることを危惧していたからだ。


 「質問をどうぞ」


訝しげな表情を浮かべていた優気にとってありがたい一声がかかる。小学校六年間とこれまでの高校生活を共に過ごしてきた親友の表情から言いたいことを察するのは苦ではなかった。つまり、これまで築かれた友情がとても厚いものであり、優気の表情が分かりやすいことも相まった結果である。


「なんで極秘で調査を進めるの?公に拡散させた方がメリット多そうじゃね?」


「先生たちの真意はよくわからないけど、死者が出たことや学校警備が甘かったこととか学校の責任になることを回避したかったとかかな?それか______」


「故意的に、ってこと?」


「そういうこと。まぁ、その線はかなり薄いと思う。生徒も教員もみんな死ぬ気で出入口に駆け込んでたからね。昨今絶えない陰謀論くらいの話だと思っとくのがいいかな」


そう言い放つと、怜真は奥の部屋から自身の手提げバッグを取り出し、帰宅準備を完了させた。「もう遅いし、帰ろう」バッグを腕に掛け、出入口へ向かう。優気は手ぶらで学校にきたため、そのまま保健室を出た。


__剛田先生、柔川先生ご冥福をお祈りします。2人の教員の死に対する実感が湧かない中、心の中でそうつぶやき学校を後にした。




 「ちょっと小雨降ってるけど傘さすか?」折り畳み傘を出しながら手ぶらの優気に問う。


「俺は別にいいかな。一緒に入ったらお前のバック濡れちゃいそうじゃない?」ガサゴソと怜真はバックを漁り、「はい、2本目」ともう一本の折り畳み傘を提示してきた。


「うおマジかよ!用意周到が過ぎるだろ!それも今日雨の予報なかったし。やっば!!」驚愕する優気は興奮が冷めやまなかった。傘をさして二人が学校を出て帰路を進む。偶然起きたファインプレーに感動し、怜真への感謝が絶えなかった。


「まさに『河童のビート板遊泳』だな」


「…は?」


「だから『河童のビート板遊泳』だって」「いや意味わかんねぇよ」この世で聞いたことも発したこともない言葉を自信満々に突然発する怜真の言葉が理解できずに困惑する。


「『河童のビート板遊泳』ってのは、泳ぐことが得意な河童が念には念を入れてビート板で泳ぐことだよ。今日、予報になかった雨が降って、誰かが参ってる時のために2つ折り畳み傘を持ってきたんだ」聞いたこともないことわざを聞かされて啞然としたが、なんとなく見当がつき始めた。


「それはまさか」「俺の造語」


興奮のバロメーターが一気にゼロに引き戻され感情が無に帰った。やはりそれは怜真お得意のだった。川堀怜真かわほりれいまという人間は勉強、運動、容姿、全てが完璧なのにもかかわらず、小中学生が患っていそうな変な癖に味を占めていることが大きな欠点だった。小学生の頃には誰しもが凄い特技だと感じていたが、高校生になってそれを聞いてみると、どれも取って付けたような言葉や絶妙にダサい言葉ばかりであまりにも痛々しい行動だった。


「お前のダサくて恥ずかしい癖、何とかなんないの?」


「俺の造語がダサくて恥ずかしい?わけがわかんないよ。はぁ、これが『クラウン、ピエロの窮地の果て』ってやつか」「はいはいワロワロタ。すごいすごい」


無関心な相槌をしていると傘から雨粒が落ちる音が聞こえなくなり、傘のいらない状態となったため、怜真と目を合わせる。お互い雨が止んだことを確認し、傘を畳んで返却した。


「ちょっとしか使わなかったけど傘ありがとね」「これは運がいいな。これは『気まぐれなh』」「それ以上喋るなぁ!!」怜真に大声で唾を飛ばすと同時に手で怜真の口元を覆った。


_____________________________________


 「すみません。道を教えて欲しいのですが…」


たわいのない会話をしていると長身の男が尋ねてきた。その身長の大きさに驚いたというよりかは、大きな置物が急に現れたことに2人はたじろいでしまった。会話に夢中になっていたからか、影が薄いのか、それほどまでにこの長身の男の存在に気づかなかったのである。


「この高校なのですが…わかりますかね…?」物凄く神妙な表情でこちらの心の中を覗き込まれるような感覚に陥ったため、怜真はおもわず目を逸らしてしまった。そもそも、こんな男が高校に用があるとはとても胡散臭く、何か面倒なことに巻き込まれたような気がしてならない。


「この高校は、僕たちの通う学校ですね。このまま道なりに進めば左手に見えてきますよ」怜真と対照的に、優気は何も気にせずに、普段通りに接した。長身の男はありがとうございます、と一礼しながら感謝の意を述べた後、お互い再び歩き始めた。

すれ違ってから数秒後、「ちなみに」と長身の男から声が聞こえたので、2人は後ろを振り返ると男は背を向けた状態のまま、こちらに話しかけていた。


「もう、学校に生徒は、だーれもいませんでした?」何故学校に向かうのか、そして何故そんなことを聞くのか怪しげに感じていた怜真は、どこか怪しさを感じ、もうこの場を去るつもりで優気の手を引く。


しかし、どんな人間にも優しく接し、人を疑うことのない優気は、今日は始業式なので誰もいませんよ、と安易に答えてしまっていた。


「そ、うですか」変な言葉詰まりを起こした男は、ゆっくりとこちらを振り向き、物凄い速さで優気の腹を殴りかかった。その威力に優気は近くの街路樹にぶつかるまで吹き飛び、その光景を目の当たりにした怜真はあまりにも一瞬のことで驚きの表情を隠せなかった。優気は血反吐を吐出し、苦しそうに殴られた腹を抑え悶絶していた。


「大丈夫か!?」おもわず大きな声を出して優気の状態を確認しに行くと、腹が酷くえぐられ、見たことのない皮膚の状態をしていた。半ば混乱状態の怜真は、先ほどまでの春の暖かい気候から急にひんやりとした空気を感じたため、恐る恐る前を向くと、さっきまで長身の男の姿をしていた者が午前中に見た怪物の見た目に似た姿に変化していた。


「どういうことだよ…」あまりの豹変さから思いついた言葉が自然と溢れ出る。

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