第2話 通算代打打率、驚異の1.00

新学期初の朝のホームルームが終了し、優気ゆうきはぐぅー、と身体を伸ばしながら大きく欠伸をした。担任の教師は前道ぜんどうという者で1年生の頃と同じ担任。優気はもちろん、他の生徒からの信頼も厚く、常に慕われている。優気にとって教師もクラスメイトも当たりで、新学期が始まってからとても満足していた。


「おっ、新しいスマートウォッチ買ったんだ!」


離れた席からこちらに向かいながら璃久瑛りくあが声をかける。どうやら優気のスマートウォッチについて言及している様子で、目を輝かせながらジロジロと観察する。「新型どうなん?何か変わったことある??」


「センタリングの調整が早くなったのと、あとは若干軽くなったことかな。いや~センタリングの調整はマジ神だわ」


スマートウォッチのセンタリング機能とは、スマートウォッチを身につけている反対の腕に専用の機器を身につけることで、本来の小さな画面を自身の目の前周辺に投影するものだ。伸縮や移動もある程度の自由が利き、投影画面の操作も可能。まさに近未来的な機能であり、人類にとっても大きな発明品だろう。


「けど、この投影された画面が見えなくなればいいんだけどな」


「まぁ、まだスマウォ出てから5世代目だからいつかは実装されそうだよな。期待して待っとくのが1番だね」傍に来て話を聞いていた怜真れいまが会話に参加する。


「怜真の言う通りだな。なんなら俺なんかまだ新世代タブレットの使ってるし。使っててめちゃくちゃやべぇ不具合も無いし満足してんだけどね」


「すごいな。確かにりっくんのタブレットの方がスマウォより使用率高いんだよね。センタリング機能もスマウォとほとんど変わらない性能だからかな?」


「やっぱり通勤とかでも気兼ねなく使えるし、新しいもん使うのにみんな慣れてないんじゃない?」


「これまた怜真の言う通りだな。だからスマウォのセンタリング独自可視化求むよ。そしたら授業もバレずに使えるし」


神崎かみさき君、と呼ばれた気がし、目を開けると目の前に前道が立っていた。優気の視点からだと突然姿を表したように感じたため、おもわず驚いた声を発してしまう。今の発言に対する正当な意見が火を噴くのか、あるいは自分の行動でなんならかの過失があったのか、頭の中で色々な妄想を繰り広げたが、特別悪いことは思い当たらなかった。表情を見てみると怒りの形相でこちら見ている、というよりかは申し訳そうな顔をしていることが窺え、心の中に少し猶予ができた。


「今日始業式で生徒会長の言葉を担当する石柳いしやなぎ君が発熱でお休みしちゃって」はい、と相槌を打ち熱心に話を聞く。「そこでなんだけど、前生徒会長だった神崎君にその役割をお願いしたいんだ。内容は今年も頑張ろう!みたいな感じのことを言ってほしいな。どうかな?」


なるほど、まさか新学期早々にそのような交渉を持ちかけられるとは微塵も思っていなかったため、若干狼狽えてしまった。現生徒会長の石柳は2年生の頃、優気が生徒会長を務めていた時に書記として生徒会に入会していたが、人前に出ることが大の苦手であり、体育祭のスコアを読み上げるだけでも、真っ白の肌が鮮度の良いズワイガニの皮膚並みの顔色になったことが強く記憶に残っていた。その石柳が全校生徒、全教員の前で言葉を発することは、前回どころの症状で治まる訳がないと深く納得できた。本来なら引き受けるところだが、台本も何も用意していない優気にはその役割はとても厳しいものだったため、承諾の答えがなかなか出てこなかった。困窮する優気の表情を見て、前道はどうしてもお願いしたい旨をできるだけ隠し、相手の長所を持ち上げて伝えようと、今こそ授業担当である国語の力を発揮しようと尽力した。


「大丈夫!新入生をはじめとする在校生に好きなこと言っていいし、失敗しても責任は全部僕がとるから。そして、何よりこれは3年生の中でも協調性があって、様々な人と友情の輪を作れている君にしかできない大事なことだと思ってる」


ズキューン、と信頼の矢を放たれ、優気の胸に突き刺さった。「君にしかできない大事なことか」と俯きながら小さく呟き、顔を上げる。


「やります。いや、やらせてください」ハッキリと下した勇気の決断と屈託のない明るい笑顔は社会において必要なものであると教師である前道は感じていため、純粋な優気に尊敬の念を抱くとともに「本当にありがとう!」と感謝の言葉かけた。始業式まであまり時間がないため体育館に先に移動するよう促され、席を離れる。


「どこに行くんだー?」座席近くの健勇けんゆうから声が聞こえた。


「代打をコールされた」


「おお!ちなみに代打打率はどのくらいだ?」


健勇がボケに乗りどんな回答が待っているのか期待する。あまり頭を使わず咄嗟に答えた。


「通算1.00です」


ニヤリと微笑みながらそう言い放ち、優気は走って体育館へ向かった。


「こりゃあ代打の神様、桧島も驚くね」


_____________________________________


 体育館は始業式の最終確認をそれぞれが行っているところで、優気は全体流れを把握しようと副校長に確認しに行こうしていた。


「あれ?何でゆーくんがここにいるの?」そう声をかけたのは幼馴染の御堂咲音みどうさきねだ。幼稚園から現在に至るまでの長い付き合いで、他の女性とはまた違った存在でありながら、特に意識することはない特別なポジションにいる友人だった。彼女は放送委員のため始業式の司会や音響を担当する役目を受けていた。事前の最終調整が終わって暇だったのか、体育館をプラプラと歩き回っていた。


「生徒会長の代打で全校生徒に話すことになった」


「目立ちたがり屋だねぇ~ホントみんなにお話するの大好きだよね」


「好きで引き受けたんじゃないし、そもそも目立ちたがり屋じゃない!確か咲音はは放送委員だったっけ?」


「そう!まぁ急に言われて大変そうだけど気楽に頑張んなよ」


「そっちもガンバ!」軽く会話を交えたあと、副校長を見つけて説明を受ける。大柄な体型であまり関わりのない人物のため、少し萎縮してしまうが真剣に話を聞いた。


 本番に近づくに連れてだんだんとやる気のボルテージが高まっていく。普段お茶らけている優気は、根は真面目で、他者のためになることや喜ぶことを第一に考えることをモットーにしているため、このような状況は緊張こそするものの苦ではなく、若干わくわくしていた。


さぁどんなことを話そうか。おおよその生徒、一部の教員はかったるい始業式の話などろくに耳を傾けないことは明白であり、時間の無駄だと考えているだろう。どうやったら生徒全員が自身の言葉を受け取ってくれるのか、頭をフル回転させて広い体育館の壁の一部分に寄りかかりながら優気は熟考し始めた。


 


 「次に新学期代表挨拶です。元生徒会長、神崎優気君よろしくお願いします」


そう名前が告げられると事前に教わった手順通りに壇上へ上がり、演台の前に立ち礼をする。体育館全体を見渡すと、この挨拶を依頼してきた前道が心配そうな目でごめんとジェスチャーしていた。また、生徒らが整列している方を見るとしっかりと前を見て話を熱心に聞こうとしている生徒はほぼおらず、興味なさそうに下をうつむく生徒が大半だった。確かに元生徒会長の話をありがたく拝聴するよりも、学校が終わり、その後の一日の過ごし方をスケジューリングする方が生徒は効率的な一日を送れるだろう。その気持ちは優気も深く納得していた。ならば、それよりも優先されるような出来事となれるように、『元』で『代わり』の立場ではあるが生徒会長の役割を全うする、という使命を抱いていた。


「では、行きまーす」どこか気が抜けているが芯のある声を体育館に響かせた。


「9回ウラ、2アウトランナー満塁で代打、内田勝利がバッターボックスに立っています。カウントはフルカウント。もしここで1発出るとなるとドラグーンズはサヨナラ勝ちということになります。さぁ決められるか内田」


何を話すかと思えば、なんと、この年のプロ野球開幕戦の再現を急にし始めた。それもしっかりと内田という選手のバッティングフォームを真似て再現している。演台のマイクの集音機能を放送部である咲音にお願いしていたことから、少しマイクから離れていても無事に体育館全体に声が通っていた。


「本拠地開幕戦を白星で飾れるか。バッテリーの要求はインコース」カキーン、と打球音も再現しつつ、打球を振り切る動作を行う。


「打球がどんどんと伸びていく!これはまさかぁ、突き刺さったぁぁぁぁああ!!なんということでしょう!前年大怪我を負い、どん底を味わった内田の今シーズン初安打がなんと、代打逆転、サヨナラ満塁ホームランとなりましたぁぁああああ!!!!」


その時の実況とダイヤモンドを一周する再現を完璧にこなした。ホームベースを踏むアクションを行ったその刹那、「はい、みなさんおはようございます」と先程まで笑顔を浮かべていた表情が一気に無に返り、まるで何事もなかったかのように生徒会長挨拶をし始めた。もちろん、体育館全体がざわつき始め、先程まで俯いていた者や小声で会話していた者らも驚きを隠せない状態となっていたことは狙い通りだったものの、あまりウケていないことは明白で、羞恥心が優気の発汗を掻き立てた。


「学年が1つ繰り上がり、新生活が始まりました。その中でみなさんに意識してほしいことを今回は伝えたいと思います。それではまず1年生」1年生の方を向くと改めて姿勢を正した動きを確認する。先日まで中学生だった背格好は未だ大きな変化はなく、壇上からでも初々しさが残る表情がはっきりとわかる。


「この学校は生徒主体の自由な校風が目立っているけど、その中でもやって良いことと悪いことの区別がわかっていない大馬鹿者がたまに出没し、最悪学校を去るような問題が稀に起きます。せっかくの高校生活で青春の日々を送れないなんて、そんなお気の毒なことにはならないよう、まずは2ヶ月ROMっててください。そして楽しんでください」


ROMるとはもう死語扱いされている言葉だったことを思い出し、「周りの状況や動きをおとなしく学んでいってください」と長々説明し直した。


「そして2年生。君たちの代が1番高校生活を楽しめる時期だし、存分に楽しんでいただくのは生徒会を指揮していた者から言わせてみても、こりゃ本望です。ただ、やらかしも多く見られたり、勉学においては周りと差がつきやすく、気づいたらもう遅れている、なーんてケースも多々あります。今言ったように、間違いを多く味わう年と言っても過言ではないでしょう。そうならないためには、今日から学期末までに目標を設定して実践してみてください。その中でどんどんと経験と知識を吸収していき、楽しい1年間を過ごして下さいね」


2年生に向けた注意の2つともが自身に当てはまる事柄でもあったため、話していて自らの胸が苦しくなる。例え優気が同じ忠告を受けても遊びほけて今と変わらない状況になることは100%確かだが、この言葉を誰かが受け止めたり思い出したりと言うことで良い影響につながることも確かであるため、予め発言することにしていた。


「最後に3年生。いよいよ今年で卒業です。僕はこの1年間が人生におけるターニングポイントだと感じております。これはみなさんも同じではないでしょうか。最後の高校生活、もちろん楽しむことも忘れちゃいけないけど、最後は笑顔でいられるように、ある程度欲を抑えて、自分を律し、ちゃんとそれぞれの道に進めるように、まずは今学期から地道に努力していきましょう。最後に、みんな、楽しい高校生活を送ろうな。以上で生徒代表、新学期挨拶を終わります」


マイクから離れて深々とお辞儀をすると、盛大な拍手が送られてきた。壇上から移動する際に前道の方を見ると、前かがみの状態でとても素早い拍手をしていた。最初に拍手し始めた人物であることを悟り、自分の居た元の場所へ戻った時には、「掴みからして全体的にいい挨拶だったよ!よくやった!!ありがとう!!」と労いの言葉を貰った。これこそ教員、もしくは大人のあるべき姿であると感じつつ、感謝への返答に自然と笑みがこぼれる。今日の言葉が少しでもみんなの気持ちを支えるものとなればいいなぁ。少し斜め上を見上げ、2階窓ガラス越しに映る青い空を眺めながら、ふとそう思った。

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