第3話 徹底抗戦
「これはどういうことだ」
勉強を放置し、あげく婚約者に暴言を吐いたとして、私は父から叱責を受けていた。今までは父に愛してほしいと思って、どんな些細なことでも怒られると、愛してもらえないと怖くなって、すぐに謝った。とても従順で良い子だった。
だが、前世の記憶を得て、こんな父親の愛などいらないと思った。だから正直に打ち明けた。
「あの家庭教師が具合が悪いのに無理矢理勉強させようとしたから嫌になって逃げ出しました」
「具合はもうよくなっただろう」
「いいえ、悪いです。自分の身体のことですから自分がよくわかっています」
口答えをする娘に父が気分を害したのが伝わってくる。だが気にしない。むしろもっと最悪な気分にさせてやりたくなる。
「ではデニスの件はどうなんだ。酷い言葉をぶつけたそうじゃないか」
「デニスが告げ口したんですか」
「違う。レイラが教えてくれたんだ。告げ口という言い方もやめなさい」
ふうん。そう。デニスじゃなくて、あの子が言ったんだ。やっぱりね。でもちょうどいいやと思った。
「レイラとデニス、私に隠れて浮気していたんです。最低で、不潔な二人です」
そんな言葉が子どもの口から飛び出るとは思わなかったのだろう。父はしばし驚愕の表情を浮かべた。だがやがてなんだその言い方は、と注意する。
「二人はただ話をしていただけだろう。誤解を招くような言い方はやめなさい」
「いいえ。あの男は私の顔を見ると、やましいところがあると言わんばかりに目を逸らしました。後ろめたいことがある証拠です。彼は私より、妹に好意があるんです」
「イルゼ」
父が押さえつけるように声の圧を強めた。
「あの男など……彼はおまえの婚約者だろう? そんなふうに言うんじゃない」
「嫌です」
間髪入れず否定する。そして言ってやった。
「あんなクソ野郎の婚約者になるぐらいなら、死んだ方がマシです。お父様。婚約を解消してください」
父は私を三階の部屋へ閉じ込め、しばらくそこで反省するよう言いつけた。
だが私は諦めなかった。そうだ。悪から逃れるためには徹底的に抗戦しなければならない。妥協したら負けなのだ。
そう思った私は窓際まで椅子を運び、窓を開け放った。子どもの目線ではとんでもない高さだ。しかし窓の近くには木が植えられている。あそこに飛び移ろう。
死ぬかもしれないが、一度は人生に絶望して自殺した身だ。怖いものなど何もなかった。本当に怖いのは、何もしないまま、人生を受け入れることだ。
私が覚悟を決めて飛び降りようとしたとき、下から悲鳴が上がった。洗濯物を干していたメイドが偶然発見してしまったらしい。次いで木の剪定をしていた庭師にも見つかってしまった。そしてなぜか――デニスもいた。
きっとまた妹に会いにきたのだろう。本当に最低な人間だ。あんなやつと結婚なんか冗談じゃない。婚約者でも吐き気がする。
私は「やめろ動くな!」「お嬢様!」という制止の声を振り切り、空へ飛び立つつもりで身体を宙へ放り投げた。
その時デニスがどんな表情をしていたのかも、心底どうでもよかった。
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