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 夏休みが始まると、私と美知香はほとんど毎日お互いの家を行き来した。

 美知香が私の家に来た時は、私の本棚を美知香に披露した。兄の影響もあって、当時の私は、同年代の女の子があまり読まないであろう漫画や小説を大量に所有していた。本棚の前で目を輝かせる美知香に、私の承認欲求は存分に満たされた。

 美知香はまた、私の話にいちいち感心してくれた。調子に乗った私は頼まれもしないのに彼女の漫画にアドバイスをしたりもした。もちろん私のアドバイスなんて有名な漫画や小説のモノマネのようなものだったけれど、彼女が私の言うとおりに漫画を描き直してくれたことが、なぜだか私をとても誇らしい気持ちにさせた。

 美知香の家に行くと、美代子さんがいつも盛大にもてなしてくれた。お菓子やジュースだけでなく、時にはケーキを焼いてくれたり、晩ご飯をごちそうしてくれたこともあった。過剰な接待ぶりに美知香は恥ずかしがっていたけれど、美代子さんの喜びと安堵は言葉の端々から伝わってきて、私はまんざらでもない気分になった。

 美知香の部屋にはデスクトップパソコンが設置されており、私にとってはこれが強烈なカルチャーショックだった。こんな魅力的な、あまつさえ危険な香りさえ漂わせるものが、親の目の届かない小学生の自室に設置されているなんて。今にして思えばうちの親が極端に厳しかっただけなのかもしれないが、いつでも自由にパソコンを使える環境はとてもうらやましかった。美知香は漫画の参考となるようなイラストをインターネットで検索し、模写するという習慣を続けており、「いずれはパソコンで絵を描きたい」とも言っていたが、デジタルとあまり縁のない当時の私にはピンとこなかった。

 美知香との交流はその後も続いた。中学生になって、特にやりたいこともなかった私は、なんとなく親の勧めでバスケ部に入部した。美知香は当然とも言うべきか、美術部を選択。運動部と文化部でライフサイクルにいくらかの違いはあったものの、これまでと変わらずにお互いの家へ行ったり来たりした。私はその時ハマっている漫画や小説を美知香に貸したり、相も変わらず美知香の漫画に口を出したりしていた。美知香はそれらを参考に、漫画の続きを描いて読ませてくれた。私がアイデアを与えて、美知香がそれを絵にする。誰も知らない秘密の共同作業は、私たちの関係を特別なものにした。

 高校の志望校も同じだった。それなりの学力を求められたが、お互いの家から最も近い高校を受験し、合格した。

 高校生にもなると行動範囲が広がり、いろいろなところへ出かけた。二人だけで県外のテーマパークへ行ったこともあった。あの目玉の髪留めはそのときおそろいで買ったものだ。

「これ、やばくない?」

 パーク内のギフトショップで、美知香が私の腕をつかんで言った。彼女は、その髪留めを棚から取って私に見せた。

「何これ、やば」

 それはアニメーション映画に登場する一つ目のモンスターをモチーフにしたクリップタイプの髪留めだった。長方形のプラスチックの先端に手のひらサイズのモンスターの顔(つまりほぼ目玉)が配置されており、前髪につけると、まるで額に第三の瞳が開かれたようにも見える。パークのブランドイメージからかけ離れたシュールなデザインに、私たちの心は一瞬で奪われた。

 私はサンプルを前髪につけて、「どうかしら?」とおどけて見せた。

「やば、似合いすぎ」

 美知香は三つ目となった私を見て、手をたたいて笑った。美知香の前髪にもつけて、二人してゲラゲラ笑い合った。

「これ、おそろいで買おうよ」

「じゃあこっちは私が買って、祐子にプレゼントするね」

「こっちは私からのプレゼントね」

 他愛もないこのやりとりを、まさか美知香の死に際して思い出すことになるとは思いもしなかった。髪留めはお互いの家で遊ぶときはもちろん、二人で出かけるときや学校では、バッグにつけていつも持ち歩いた。ささやかだが、代えがたいもの。高校卒業の間際まで、それは二人の友情の証だった。

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