3

 細部まで鮮明に思い出せる出会いというものがある。美知香との出会いがそれだ。

 小学五年生の、もうすぐ夏休みという頃。五年生になって初めて同じクラスになったその女の子は、休み時間や昼休みはいつも一人で、黙々とノートに向かっていた。大雑把な性格だった当時の私は、その子の前の席に座り、「何書いてるの?」と話しかけた。その子はびくりと小さく体を揺らした後、おそるおそるというように顔を上げた。くりっとした大きな瞳が、うっすらと怯えの色を帯びて私の顔に向けられた。

「……漫画……」

 驚くほど小さい声で、彼女はそう言った。今の私だったら、その声のトーンで、あ、これは触れちゃいけないやつだ、と思っただろうけど、当時の私は本当に大雑把な性格の持ち主だった。

「マジで? えっ、読ませてよ」

 おそらくだけど、当時の私は美知香の返答を待たずにノートをひったくったと思う。「他人のプライベートに土足で侵入する」という概念と出会う前のことだから、どうか勘弁してほしい。

 あの瞬間の衝撃はたぶん永遠に忘れない。彼女の描いていた漫画は、とりわけ絵の力が圧倒的だった。一本一本の線からは強力な意志すら感じられた。あまりにも魅力的なキャラクターが豊かな表情と躍動感をもってノートの中に息づいていた。ページをめくると、ファンタジックな出で立ちの女の子が見開きでポーズを決めている。

「これ、あなたが描いたの?」

 美知香は頬を真っ赤に染めながら、こくんとうなずいた。このとき私は、美知香と、美知香が描いたキャラクターに一発で魅了されていた。それから程なく、私たちは親友になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る