6 折桜裁巳「ウィジャボード」
「ようこそ、神秘の探求者たちよ!」
部員たちもローブとフードを被り、魔法陣に沿うように立っている。他の調度品と相まり、降霊術を行う雰囲気は十分過ぎるほど出来上がっていた。
「今日は我が占い研究部の集大成として、占術の中でも特に不思議で不気味なものを用意させてもらったわ。その名も――ウィジャボード!」
愛理がやや芝居がかった様子で言うと、光が「おお」と声を上げる。
「ウィジャボードは、こっくりさんの元になったとも言われている降霊術で、霊界との交信を可能にする神秘的な道具よ。さあ、こちらへ」
愛理の案内で中央のテーブルの前まで進む。
そこには、燭台の明かりに照らされた古めかしいウィジャボード。そして、どくろ蝙蝠が変わらず鎮座していた。
「やり方はとっても簡単。まず、ウィジャボードの上にこのプランシェットと呼ばれる指示板を置くの。そしたら、そこに軽く両手の指を乗せる。その状態で質問をすると、なんと霊がプランシェットを動かして答えを示してくれるってわけ」
ちなみにボードの方にはアルファベットに数字、『YES』『NO』『GOODBYE』などの単語が並んでいた。あとは装飾に悪魔を象った掠れた絵――どことなくどくろ蝙蝠に似ている――が小さく描かれているだけだ。
「ただし、儀式を始めたらひとつ気を付けて。こっくりさんと同じで、魂に帰ってもらうまで絶対に指を離したりしたら駄目なの。今日使ってるウィジャは、本場アメリカで『怖いくらい霊が呼び寄せられる』って言われてるヴィンテージ品だから……特にね」
怪しい影を携えて愛理が笑うと、光や他の部員たちが楽しそうに悲鳴を上げる。
今の説明は、裁巳の知る一般的なウィジャボードの使い方だった。もっとも、実際は霊が動かすのではなく、人間の無意識や筋肉の緊張によって動いてしまう場合がほとんどだが――今回は目の前の蝙蝠と本物の呪いが絡んでいる。一歩間違えば『怖いくらい霊が呼び寄せられる』が煽り文句から真実になってしまうだろう。
そのあと、愛理たちはお香を焚いたり祈りの呪文を唱えたりして、どんどん場の雰囲気を盛り上げていった。
そして、いよいよウィジャボードの上にプランシェットが置かれる。
「じゃあ、この上に両手の指を乗せてね。そしたら、質問したいこと、知りたいことを教えて。私たちがそれを知る霊を呼び出してみるから」
愛理が言うと、待ってましたと言うようにどくろ蝙蝠が飛び立つ。
――そのまま置物のように佇んでいればいいものを。やる気は十分みたいですね。
それから、裁巳と光、愛理の三人で盤面に置かれたプランシェットに指を当てた。と、そこでどんな質問をするか決めていなかったことを思い出す。
けれど、それを指摘する暇はなかった。
「はい! 私の友人、
思わず力が抜け、裁巳はさっそくプランシェットから手を離しそうになってしまう。
「もう。さっきいないって話したばかりじゃないですか」
「えへへ。本当かどうか気になっちゃって!」
溜息をついていると、苦笑いを浮かべる愛理と目が合って「ええと、質問して大丈夫?」と尋ねられる。少々不本意だが、裁巳は諦めるように頷いてみせた。
「あ、あはは。では、ここにいる折桜裁巳さんに恋人がいるかどうかを知る魂よ。おいでくださいませ!」
愛理が仰々しく言うと、周りの部員たちも呪文を唱えるような声色で復唱した。
すると、真上を飛んでいたどくろ蝙蝠が空中でぴたりと静止する。それから、大きく息を吸い込んで、まるで風船のように膨らんだ。
そして――クアアァ、と大きな咆哮を響かせた。
その鳴き声に霊力が籠もっているのを感じる。どうやら、この声で回答者となる霊を呼び寄せているようだ。
「あ、今ロウソクの火が……」
「風もないのにすごい揺れたわね。昨日プランシェットが勝手に動き出したときと一緒だわ」
愛理が言うと、光や部員たちが色めき立つ。どうやら裁巳以外に鳴き声は聞こえていないようだが、込められていた霊力が炎と揺れとなって現れていたらしい。
――火のゆらめき程度とはいえ、ポルターガイストを起こすとは思いませんでした。なるほど、多少は力を持っているようですね。ヴィンテージの呪いなだけはあります。
しかし、答える霊は現れないだろうと裁巳は思った。
何故なら、少し前から学校を覆う結界が活性化したのを感じていたから。
その予想通り、回答者の霊が部屋に現れることはなかった。愛理たちは期待に満ちた目でプランシェットを見つめているが、動き出すことはない。
そうとも知らず、どくろ蝙蝠は不思議そうに辺りを見回していた。
だが、そんなとき――
「わっ、動いたよ!」
光が驚きの声を上げた。その言葉の通り、ボードの真ん中に置かれたプランシェットがふらふらとした動きを見せている。
「メッセージが示されるはず! みんな集中して!」
愛理が声を張り上げる。すると、プランシェットはゆっくりとボードの上を滑り――『NO』の上でぴたりと止まった。
「あれ? ノーってことは……」
「折桜さんには今恋人はいない、ってことみたいね。魂よ、お答え頂きありがとうございます」
愛理が言うと、光は「なーんだ、残念」と肩を落としてしまう。何が残念なのだろう、と裁巳は少し詰問したくなった。
それはともかく――裁巳はさり気なくどくろ蝙蝠の様子を見やる。
「……?」
蝙蝠は宙を羽ばたきながら、周りの部員たちと一緒になって驚いたような顔をしていた。
それもそのはず、回答者となる幽霊は未だこの場に現れてはいない。凪の結界はしっかりと機能し、霊が校内へ浸入するのを防いでいた。それにも関わらず、プランシェットが動き出したことに首を傾げているのだ。
ふと、その訝しむような視線と目が合う。そこで裁巳はにやりと口の端を釣り上げて見せた。
「……!」
それでどくろ蝙蝠も何が起きたのか理解したようだった。
そう。幽霊が動かしたのでなければ人がやったに決まっている。つまり、裁巳が自ら手に力を入れて動かしただけだったのだ。
――まったく、傑作ですね。
裁巳はそれ以上表情に出さなかったが、内心笑いを堪えるのに必死だった。
逆にどくろ蝙蝠はしばらく悔しげに翼を大きく振り回していた。ただ、そこから襲い掛かって来るようなことはなく、むすっとしつつもやがて旋回へと戻っていった。その後は裁巳を気にする素振もなく、次の質問を待ち構えている。
――ふむ。やはり、この蝙蝠は普通の霊ではなく、単なる儀式の舞台装置としてしか振る舞えないようですね。
それほどまでにウィジャの儀式に執着しているのか、あるいはそもそも呪いの投影でしかないのか。それは裁巳には分からない。
ただ、懸念のひとつは払拭された。
――予想通り、この呪いはウィジャの儀式を促進させることが目的で、積極的に人へと危害を加える性質を持たないということ。なら、このまま回答者の霊さえ近づけなければ穏便に終わりそうですね。
しかし、だからこそ儀式を不成立にするようなルール違反には何らかのペナルティが課される可能性はあった。とはいえ、その心配はそこまでしなくても大丈夫だろう。愛理たちは手順を心得ているし、今日は儀式の終わりまで通しでやると聞いている。問題になるとすれば、万が一のときに中断する場合だ。
――まったく、消せば解決する怨霊と違って、呪いというのは本当に面倒ですね。とはいえ、うまくいってる間はこれ以上できることもありませんし。今は大人しく凪さんに任せましょうか。
外で結界の維持に奔走しているであろうその姿を想像する。
彼女がそのまま最後まで防ぎ切ってくれれば、むしろ普段より楽ができる。どくろ蝙蝠がいることを除けばなかなか面白い催しでもあるので、裁巳はその時が来るまで会を楽しむことにした。
「それじゃあ、次の質問は?」
そのうち場が落ち着くと、愛理が次の質問を促してくる。すぐにまた光が声を上げたので、みんなと一緒になって笑ってしまった。
その頭上では、どくろ蝙蝠もやる気に満ちた様子で体を膨らませていたが、裁巳はもう目を向けなかった。
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