5 折桜裁巳「整う舞台」

 なぎとじゃのめぼうずに外を任せると、裁巳たつみは早歩きで占い研究部の部室に向かった。


 家の用事と偽り、ひかりたちの元を抜け出してからしばらく経つ。もう交霊会の準備は終わってしまっただろう。本来、それを手伝いながら色々と対策を仕込む予定だったのだが、どこかのねぼすけのせいで予定が狂ってしまった。

 一応、昼休みに部室の外に用意した分はある。ただ、仕込みは減ったので使うタイミングは選ばなくてはならないだろう。


 そう考えているうちに占い研究部の部室に辿り着く。ノックをして入ると、そこには研究部の面々が揃っていて、その中には光の姿もあった。


「あっ、おかえり裁巳!」


 彼女は裁巳の顔を見ると子犬のように駆け寄ってきた。


「もう用事はいいの?」


「はい。おかげさまで。それより、すごいですね」


「あはは。本格的だよね」


 光の背後に見える室内は、昨日とまるで様子が違っていた。


 まず、深紫の天幕が部屋の中を覆い尽くし、まるで大きなテントの中にいるかのようだった。その天井からは月や星など、様々な形をしたペンデュラムが吊り下げられている。床には魔法陣らしき図形も描かれており、隅々に配された蝋燭風のライトがそれらを怪しく照らし出していた。


 件のウィジャボードは、それらの中央にあるテーブルの上に鎮座している。どくろ蝙蝠はその盤上で静かに佇み、まるで祭壇で祀られているかのようだ。


 ――出来の悪いゆるキャラみたいな見た目でなければ、悪魔崇拝の儀式みたいですね。


 その体躯は確かに大きかったが、良く見ればサイズ感が少々横幅に偏りすぎている。降霊術を成立させる際に、質問者か回答者から霊力を徴収しているのかもしれない。


「ふふ。我が占い研究部の真の姿、お気に召したようね」


 そうやって辺りを観察していると、ウィジャボードの周りに集まっていた少女たちの中から声を掛けられた。


 歩み出てきたのは、長い三つ編みと大きな丸眼鏡が特徴的な少女。

 彼女の名前は赤塚あかつか愛理あいりという。

 裁巳より二つ上の三年生で、この占い研究部をまとめ上げている部長だ。


「はい。まさに占いの館という感じですね」


「そうでしょうそうでしょう。うちらにとっての文化祭は、運動部でいうところのインターハイだからね。まあ、本当だったら周りの蝋燭も全部本物にしたかったけど、さすがに通らなくて。でも、それ以外は全力も全力よ!」


 愛理はやや早口に言う。魔女帽子とローブを着込んだその姿からも、彼女の気合の入れようが窺えた。昨日、ウィジャボードの貸し借りで話したときも思ったが、やはり相当凝り性のようだ。裁巳もコレクション幽霊の展示の仕方にはこだわりがあるので、彼女の熱意には親近感が湧いた。

 他の部員たちも、みな占い好きの気の良い少女たちばかりだ。彼女たちの楽しみを守るためにも、今日の呪いの抑え込みは絶対に成功させなくてはならなかった。


「それじゃあ、折桜さんと宇佐美さんは、お客さん役をお願いね。準備ができたら声を掛けるから、入ってきて」


「了解しました、先輩!」


 光は元気よく敬礼すると部屋を飛び出していく。裁巳もすぐにあとを追った。


 廊下に出ると窓の外はずいぶん暗くなっていて、上空の雲に僅かな朱色が残るばかりだった。

 逢魔時。

 霊が活発になり、本格的にうろつき始める頃合いだ。狩りをするには良い時間帯だが、この状況では少々面倒だった。


「裁巳。難しい顔して、どうかしたの?」


 外を眺めていると光が顔を覗き込んでくる。


「いえ、少し考え事をしてました」


「も、もしかして……失恋でもした?」


「は?」


 唐突な問いに、裁巳は少しの間その場で固まった。


「ええと……突然どうしたんですか?」


「だって裁巳、髪切ったでしょ? しかも結構ばっさり!」


 確かに、昨日まで腰に少し掛かるくらいだった髪を、今日は背中の下辺りまでに切り揃えてきていた。とはいえ、まさかそれを失恋と結びつけられるとは思ってもみなかった。


「もう、昔の乙女じゃないんですから。ただ、毛先が傷んできていたので切っただけですよ?」


「そうなの? 髪を切ってきたと思ったら、突然一緒に降霊会の練習に参加したいって言い出すんだもん。いつもの裁巳なら絶対そんなこと言わないし、何かあったのかなって」


「ふふ、まさか」


 裁巳は少し大げさに笑い飛ばして見せる。


「ここじゃ男性との出会いも望めませんし。そういう話はさっぱりですよ。それに、失恋で髪を切るなら、もっと短く。それこそ光と同じくらいまで切るものじゃないんですか?」


「あはは、それもそっか。お揃いになんなくて残念!」


 にへら、と笑う光に裁巳も微笑み返す。その裏で、流石は一番の親友だと感心していた。

 少しの行動の変化からでも、占い研究部への接近に思惑を持っていることを見抜かれてしまった。今日はより言動に注意を払う必要があるだろう。


「でも、そういう光だって占い研究部の手伝いばっかりしてますよね? 自分の部活はいいんですか?」


 話題を変えるため、裁巳は自分も気になっていたことを尋ねる。当然のようにここに居る光だが、彼女も占い研究部の部員ではないはずだ。


「へ? ああ、手芸部は今まで作ったやつの展示だから、特にすることなくって」


 光は活発な少女だが、意外にも服や小物作りが趣味で手芸部に入っている。これまでに何度か作った物をプレゼントしてくれて、裁巳はそれを大切に使ったり飾ったりしていた。


「それにあの何とかボードっての用意したの私だし? そこは毒を食らわば皿までーって感じ」


「もう、それを言うなら乗りかかった船とかにしてください。でも、光らしいですね」


「えへへ。照れるなあ!」


 ちなみに、裁巳自身は部活動には入っていなかった。光から手芸部に誘われたりもしたのだが、部活までやってしまうと今度は幽霊を探す時間が減りすぎてしまう。穏やかかつ刺激のある日々を過ごすためには、両者のバランスが大切なのだ。


「そうだ! 私が解説やってる時間に来てくれたら、ちょーサービスするよ!」


「もちろん行きますけど、解説の超サービスってなんですか?」


「そりゃ、ちょー詳しく解説するんだよ!」


「まあ。それは楽しみです。そのあと時間ができたら、一緒に文化祭周りましょうね」


「もちろん!」


 そうしてまた笑い合う。当日のことを考えると今から胸の高まりを抑えられなかった。


 しかし――

 裁巳はそっと前に向き直ると、冷たい視線で部室の扉を見つめた。


 友人たちと楽しい文化祭を過ごすためには、まずは目の前の邪魔者を片付けねばならない。それも、完全分離の原則を守り、怪しまれぬよう密やかにだ。


 ――失敗は許されません。どんな手を使ってでも、必ず邪魔者どもを八つ裂きに……。


「準備オーケー! おふたりさん、入ってきて!」


 そのうち、扉の奥から愛理の入室を促す声が聞こえてきた。

 隣で光が元気良く返事をして、勢いよくドアノブを回す。そのがちゃりという乾いた響きは、裁巳には戦いの幕開けを告げる鐘の音に聞こえた。

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