3 折桜裁巳「死者たちの行進」

「警備主任の塩野しおのです。ここ最近、あまりにいろんなことが起きすぎてて……とりあえず、こちらを見てもらえますか」


 そう言うと、塩野は部屋の奥へと向かった。

 そこには複数のモニターがあり、館内の監視カメラ映像を確認できるらしい。彼に促され、裁巳たつみなぎは用意されたパイプ椅子に座る。それから塩野が機器を操作して、モニターのひとつを指し示した。


「これはちょうど一週間前、六階の医療クリニック前の映像なんですが……」


 再生されたのは、医院の入口前の様子を映した映像だった。

 長い廊下の途中には看板の掛かった医院の入口が見え、その奥には少し開けたエレベーターホールがある。塩野によると、このカメラの真下はちょうど非常口になっているらしい。映像は夜の終業間際のものらしく、医療用の白衣を着た女性のスタッフが、入口脇にある立て看板などの掲示物を畳んでいた。


 そのうち、スタッフがふと何かに気づいたように視線をカメラの下あたりに向ける。

 すると、彼女は突然倒れるように尻もちをつき、驚愕の表情で廊下の壁に背中を押し付け始めてしまった。すぐに彼女が恐怖している元凶が画面の下側から現れる。


 子供だった。

 赤いニットのセーターを着た少女が、カメラに背を向けて廊下を歩いていく。ややうつむき、ゆらりとした足取りは、少女が普通の人間でないことを強く示唆していた。


 そして、それに続くように画面の下から再び影が伸びる。次に現れたのはサラリーマン風の男性だった。彼も、少女と同じ様に廊下を奥へと歩いていく。その次は腰の折れた老人、ぼろぼろの服を着た女――次から次へと人が現れ、彼らは怯えるスタッフの前を通ってエレベーターホールへと向かっていった。


「このビルの非常階段の出入り口は普段は施錠されていて、火災報知器などが異常を検知すると自動で開く仕組みになってるんです。中からボタンを操作すれば手動で解錠もできますが、その場合は警報が鳴ります。だから、この人たちが非常口側から来れるはずがないんですが……」


 塩野が言う間も映像は進んでいき、やがて行列はエレベーターホールに辿り着いた。すると、ひとりでにエレベーターの扉が開く。箱が来ていないのか、そこに広がっているのは暗闇だ。しかし、行列はその闇に向けて進み始め、溶けるように中へと消えてしまった。


 最後にエレベーターの扉が閉まると、固まったままその光景を見つめていた女性スタッフだけが取り残される。


「こんな映像が、ここ二、三ヶ月ほどで十件はあるんです。映像に残っていない部下や従業員の体験談はもっと多い」


 そう言う塩野の顔色は青白い。彼も何かしらの『体験談』とやらがあるのかもしれない。

 ただ、隣にやってきた志島しじまはそれとは対照的だった。


「あまりにあからさま過ぎるだろう? 最初見たときは、やらせや合成映像だと思ったんだがね。みんなして俺を担いで、金でもせびろうとしているんじゃないかって」


 薄ら笑いを浮かべながら彼は塩野を見やる。


「わ、私達はそんなことしませんよ」


「ああ、そうだろうとも。出てったやつらからは、訴訟どころかなんの音沙汰もないからな。今のところは。あとは、新手の地上げじゃなけりゃ完璧だ」


「ええと、志島さんはこの場所で起きていることは体験してないと?」


 凪が割り込むように尋ねると、志島は当然だと言わんばかりに頷いた。


「みんながうるさいから、俺自身何度か夜に見回ったことだってある。けど、何もおかしなことは起きなかったよ」


 傲慢そうだが、なかなか度胸のある人物のようではあった。

 しかし、そういう自分の認知こそすべてな人間ほど、霊感が弱い傾向にあることを裁巳は知っている。いくら霊の密集地になって心霊現象が起きやすいといっても、すべての人間に幽霊が見えるようになるわけではないのだ。


 その後も何件かの録画を見て、塩野から話も聞いたが、どれも似たような内容だった。一様に、通り過ぎていく霊の目撃談である。


「先生、何か分かりましたか?」


 裁巳が尋ねると、凪は顎に指を当てて難しそうな顔をする。


「起きているのは、どれも霊の行進と扉を開閉するポルターガイスト。つまり、彼らはどこかに向かおうとしてるんだと思うけど……画面には映ってない弱い浮遊霊たちの雑音も多すぎる。映像だけじゃ詳しい目的までは分からないかな」


「なるほど。それではそろそろ実地に移った方が良さそうですね」


 言って、裁巳は壁に立てかけて置いていた傘を掴んで立ち上がる。つまるところ、大した獲物はいないということだ。当初の予定通り、ストレス発散のための狩りになりそうだった。


「なんとかなりそうなのか?」


 心配そうに尋ねてくる志島を見て、裁巳は少し吹き出しそうになった。


「ええ、ご安心ください。先生ならばこの程度、一晩もかからずすべての霊を八つざ――祓うことなど造作もありません」


 裁巳が言ってみせると、志島は安心したように息をつく。

 ただ、背後からは凪の訝しむような視線がひしひしと感じられるのだった。

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