第2話 夢葉の家
「そう言えば私の趣味は知っているのですか?」
「野球以外に何かあったっけ」
「小説なのですよ。私は小説も書いているのです」
「そうだっけ?」
そんなこと言ってたかな。
「あなたには後で特別に私のWEBページを見る権利を挙げるのです」
「おう、夢派の小説気になるな」
「そうなのです。私こう見えても結構な小説家なので、面白いと思うのです。絶対楽しませてみせるのです!」
そう自信満々に言って彼女は笑った。
「お母さんただいまなのです!!」
そう、彼女は俺と手をつなぎながら夢葉の親に紹介した。
「あら、夢葉の言ってた子」
俺の事はもう知っているのか。
「そうなのです。今日告白したのですよ」
「そう、まさか夢葉に彼氏ができるなんて、今日はお祝いね」
そして向こうにいる夢葉のお父さんらしき人が俺に手を振った。
その後、俺は夢葉の部屋にお邪魔した。
壁を見る。そこには凄まじい光景が広がっている。
……なんていう数の野球グッズと小説の数々なのだろうか。大体の選手のユニホームがあって、応援タオルもある。
「結構野球観戦言ってるのか?」
「えっと、月一で行くのです」
「結構行ってるなあ」
「そうなのですよ。感染試合成績は23勝14敗なのです」
「本当に結構行ってるな」
少なくとも、人生で37回は行っているという事か。
そして俺は今度は本棚を見る。二〇〇冊を優に超える小説たちだ。ここまで小説を読めるものなのか。
「なあ、この作品全部読んでるのか?」
「まあ、そうなのです。たぶん九割は読んでいるのです」
「結構読んでるな。流石すぎる。尊敬するわ」
「尊敬なんて。そんな。私はただ小説が好きだから呼んでいるだけなのです。でも……褒めていただいてうれしいのです」
彼女はうれしそうな顔を見せた。
「さてと、まず、何をしますか?」
「え?」
「私、実はここに呼んだのですが、何をするか決めてないのです」
「それは、ゲームとか? 野球談議とか?」
「じゃあゲームがしたいのです」
そして彼女はカートレースゲームを取り出した。
「これで勝負をしたいのです!!」
「ああ、分かった」
そして俺たちはキャラを選びレースを開始する。
「言っときますけど、私は強いのです。覚悟しといてくださいなのです!」
「ああ、分かった」
そしてレースが始まる。
俺はいつも使う、テンプレのキャラと車を選び、夢葉はかわいい感じのキャラを選んだ。
「このキャラが好きなのか?」
「ええ、かわいいのが好きなのです!」
そして、レースが始まると、夢葉は有言実行。
強いのですと言っていた通り、素早くNPCたちの車を抜かし、一位まであっさりと抜け出していった。
「お、やるなあ」
「ふふんなのです」
と、自慢満々に言って、そのまま独走状態を作り上げる。俺はまだ三位だが、そろそろ追い上げたいようだ。そこで、上手くアイテムを使い、二位まで出る。
しかし、そこからが問題だ。夢葉までにはかなりの距離がある。それはおそらくだが、俺から最下位までの距離以上だろうか。
「まだまだ距離はあるのですよ。しばらく安定なのです!」
そう、堂々と余裕ぶった態度だ。若干ムカつく。
「余裕ぶっているのも今の内だ」
と、カーブを上手くドリフトで通過して距離を縮めようとしようとしたときに、追尾アイテムが飛んできた。飛んできたら最後、捉えた相手をブロックされるまで追いかけ続けるのだ。
そしてブロックアイテムを持ってなかった俺はあえなく攻撃を受けることになった。
「これで私の優位は確定したのです!!」
そう俺の画面を見ながら夢葉がにやにやしながら言った。
「負けねえ」
そんな事を言われたら負けたくなくなるのが男っていうもんだ。
俺はより一層ゲームに意識を移した。
そして、リスクのある走法をする。簡単に言えば、インコース攻めだ。とは言え、普通にやってはそれだけでは勝てない。よって、ショートカットを決めていく必要がある。
そしてゲームが終わった。
「負けた」
悔しい。
「ふふん。勝ったのです!!」
万歳と喜ぶ夢葉。可愛い。
「くそ、リベンジだ」
「何度来ても跳ね返してやるのです」
結局一勝もできないまま終わってしまった。
全敗だ。
「そう言えば俊哉君。私が告白した理由はもう一つあるのです」
「なんだ?」
「私は小学生の時、俊哉君と同じクラスだったのですよ」
「そうか。……ってえ?」
衝撃の事実だ。
「気づかないのも無理はないのです。その時は今とは性格は真逆だったのですから。だって、暗かったのですから、でも、そんな私に対して、俊哉君は色々と手を差し伸べてくれたのです。実はその時から好きだったのですよ」
「……すまん。覚えてない」
そんなことがあったなんて記憶の片隅にもない。
そもそも俺は記憶力が悪い。
小学時代の記憶なんてほとんどないのだ。
「ふふ、そう言うと思ったのです」
全部わかっていたのか。
「だから高校で出会った時は本当にうれしかったのですよ」
「だから、告白をしたのか」
「ええ」
なるほどな。優しいからというのは、過去に救われたという事から言ったのか。
「そう言えば話が変わるのですけど、俊哉君はご飯食べるのです?」
「ここでってこと?」
「はい、そうなのです」
「まあ俺としてはここで食べてもいい。いや、食べたい感じだな」
せっかく家に招待されたのだ。
一人くらいだから融通は効くし。
「じゃあ、お母さんに頼んでくるのです!!」
そう言って夢葉は下のリビングへと走って行った。
さてと。
俺は本棚にある本を取った。
小説だ。俺は普段小説を読まないが、夢葉がどんな小説を読むのかを知りたい。
ここで取ったのは、
ページをめくっていく。今俺が読んでいる本。これは確か恋愛小説だったはず。
内容は彼女が死ぬ運命を変えるために主人公が過去改変を繰り返すという小説だったはずだ。
映画版は見たことがないが、予告編を見た感じだいぶ面白そうだった記憶がある。
最初の数ページを読んだところかなり面白そうだった。
小説でも結構読みやすい。
というよりもページをめくる手がどんどんと進む。
「俊哉くん? 何をしているのですか?」
「あ、小説読んでたんだけど、だめだった?」
「いえ、むしろ読んでほしいくらいなのです。しかもそれ、私のお父さんの……」
「お父さん?」
「そうなのです。それらは全部、私のお父さんが書いた小説なのです」
「え? じゃあ、胸木陶磁って……」
「そう、私のお父さんなのです」
「ええ!!!」
夢葉のお父さんが、俺でさえ知っているような小説家だと。
まさかそんなことがあるとは。
「私のお父さんの正体を知ると、みんな驚くのですよ。私も鼻が高いのです」
「そりゃあ驚くだろ。まさかそんな著名人だなんて」
「ふふんなのです!!!」
「あー、俺、さっきあいさつしなかったよ」
「まあ、うちのお父さんは寛容なので、大丈夫だとは思うのです」
「そう言う問題じゃなくて」
とぉふられても、緊張して何も言葉を発しなかったのだ。
「ふふ、分かっているのです。ご飯を食べるときに挨拶するといいのです」
「そうだな」
「まあ、今はゲームの続きをしますか?」
「ああ、まあそうだな」
と、俺たちはまたゲームをし始めた。
今度は格闘ゲームだったが、やはり全敗だった。
そして食事中
「君が夢葉の彼氏さんか」
「はい」
緊張するなあ。彼女の父親との食事か。軽い気持ちでいたが、こんなにも緊張するものなのか。しかも相手は大小説家、胸木陶磁だ。
緊張しない人がいるのか。いや、いるはずがない。
意図せずに反語になるくらいには緊張してる。
「ゆっくりしていきなさい。私も娘の彼氏が見れてうれしいよ」
「ちょっと、
そう夢葉のお母さんが言う。
「ああ、でもな。嬉しいんだ」
「パパ、そんなこと言ったら私がダメ人間みたいなのです」
「いや、お前はダメ人間とかじゃないが」
そう、夢葉のお父さんは困った顔をする。
「そう言えば、小説家なんですか?」
そう俺は口に出す。
「そうだな」
「すごいですね。小説家なんて」
「いや、大したことではない。ただ、文字を書いているだけだ」
「でも、映画化もしてるじゃないですか」
「そんなに褒めても何も出んよ」
そう言いながら夢葉のお父さんは嬉しそうだった。
謙遜しながら、褒められたいという気持ちもあるのだな。
「お父さんをそんなに褒めないでほしいのです」
そんな中、夢葉が急にそう言った。
「どうして?」
「お父さんが調子に乗るのですよ」
まさかの理由だった。
「待て待て、お父さんに調子に乗らせてくれ」
「ふふ。なのです!」
楽しそうだな。
「そうだ、君は小説を読むのか?」
「俺ですか? あまり読みませんね」
あまりというか全くだ。小説というのに関心は全く無かった。創作物として数冊だけ読んだことはあるくらいだが、面白いと思ったことはほとんどない。俺には漫画のような簡単なものの方が楽だ。
だが、小説家の前でそんなことを言える訳がない。失礼すぎる。
「どんな小説が好きなんだ?」
「えっと……」
やばい言葉に詰まった。
「お父さん。俊哉君が困っているのです」
「む? そうか?」
「うん。俊哉君は小説を好きじゃないそうなのです」
げ、バラされた。
「なるほど」
まずい、これは怒られるか?
「そんなにビビらないで欲しい。全員が全員小説を好きなわけがないし、好きになれとも言わないしな。まあ本心として、小説家にとっては全員小説を読めはと思ってしまうがな」
そう言って夢葉のお父さんは笑った。
「夢葉……」
「何なのです?」
「陽気なお父さんだな」
「はい。陽気なお父さんなのです!」
そうして家に帰る時間となった。
お土産に、胸木陶磁の小説を片手に抱える。
「それと、私の小説は、夢花咲夜という名前で検索したら出てくるのです」
「夢花咲夜……」
俺はスマホで調べる。
「そこそこ読まれているのか」
「ええ、自慢なのです」
「後で読んでおくわ」
「ええ、お願いなのです」
そして家に帰る。
俺は一人暮らしだから誰も迎えては来ない。まあそれは当たり前だ。
父親がイギリスに出張になった瞬間にわかりきっていたことだ。
俺のお母さんは若くして亡くなった。だから俺の父親は金が稼げる外資系の仕事に勤めた。
寂しい事は寂しいが、仕方がないと思っている。
夢葉か……
俺に取って今日はあったと違う一日だった。今まで経験した事が無いような不思議な一日だった。
ふう、なんか忙しさから解放され、心にぽっかりと穴が開いた感じだ。
そうだ、あれがあったじゃないか。
俺は夢葉の小説を読む。
中々夢葉らしさが出ていて面白い。
何より読みやすい。
あっという間に十話を読み終わった。
夢葉へのお土産が出来たな。
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