変化

 紫藤ズートンとの話を終え、黎明殿から出ようとすると、意外な人物に止められた。


「紫藤からなにかされなかったか?」


 白蓮バイリェンである。

 まさか私が紫藤と話している間、部屋から離れた場所でずっと待っていたのだろうか?


「いえ、なにも」

「例えば体に触れられたりとか?」

「まったく、そんな事はされていません」

「それなら良かったが」


 白蓮は息を吐きながら肩を下ろした。

 安堵した様子である。


(体を触れられたらどうかって……紫藤は相当女好きなのね)


「私が黎明殿の外まで送ろう」

「わざわざ陛下に送っていただかなくても」

「俺が送りたいと言っているんだ。気にするな」

「はい、ではご好意に甘えて」


 白蓮に右手を握られ、引かれる。

 自然と握られた手を強く握り返していた。


「曇月、お前にひとつ聞きたいことがある」

「なんでございましょう?」

「俺は……しつこいか?」


 一瞬、何を言われたのか理解出来ず、頭が真っ白になった。

 しかし、すぐに言葉の意味を理解する。

 恐らく白蓮は紫藤から言われたことを気にしているのだ。

 とはいえ、私は二人の会話を聞いていなかったことになっているので、知らないという体で話を続けなければならない。


「全然しつこいとは思いませんよ。どうして、そのようなことを聞くのですか?」


「いや、最近読んだ書物にしつこい男は嫌われると記されていてな……」


 そんな書物があるものか。

 嘘にしても下手すぎる。


「たしかに、友人であれ、恋人であれ、必要以上に干渉することは良くないと思います。ですが陛下は嫌われるほど、しつこいことはしていらっしゃらないと思いますよ。少なくとも私は不快だと感じていません」


「そうか……それなら良かった」


 胸を撫で下ろした様子の白蓮はクスリと笑った。西洋の彫像のように整った顔は、蕩けるようで、この上ない幸福に恵まれたかのようであった。

 

「では、明日砂漠の道を通って我が国に届いたシルクで新しい衣を作らせて、青衣宮に送ろう」


「お気持ちは嬉しいのですが陛下。もう青衣宮には陛下からの贈り物を収める場所がありません」


 前回、白蓮が衣や家具、人手を贈ってくれた際。青衣宮の中は彼からの贈り物で溢れかえってしまった。

 再び、同じ量の贈り物が届けばどうなるか。想像するまでもない。


「いや、今度は茶葉を少しばかり贈るだけだ。やはり量や見栄えばかりにこだわって贈り物を選ぶのは良くないと考えてな」


「もしかして最近読んだ書物に、そう書かれていたのですか?」


 冗談交じりで問いかけると、彼を目を逸らした。


「……どうして分かった?」


「冗談で申し上げただけです」


「なんだ、冗談か」


 白蓮は怒りもせず、驚きもせず、ただ笑った。贈り物の選び方ついて書物で調べていた――天下を治める者でも人付き合いまでは熟知していないらしい。

 というより彼の育った環境を思えば、人付き合いのやり方を学ぶ時間などほとんど無かったであろう。


 そして、人付き合いに疎いことは私とて同じか。


 しばらく何も話さずに歩いていたが、白蓮が再び口を開いた。


「曇月、後宮での生活はどうだ? なにか変化はあったか?」


「変化、ですか。ありますね。やはり一番変わったのは……」


 後宮に来てから変わったことは色々あった。食事、衣服、日課。生活の全てが変わった。その中でも特に変わったものがある。それは――。


「他の妃嬪ひひんが私に向ける目でしょうか。今までは幽鬼姫おばけひめだの、気味が悪いだの、散々、私を罵っていた者たちが最近は、自ら私に近づくようになったのです」


「あぁ、それは君が真剣に向き合うようになったからだろう?」


「え……?」


 真剣に向き合う?

 一体、なにと?


「今まで君は人目から逃げて。ひたすら一人で過ごしてきた。だから他の者たちは噂で君を判断するしか無かったんだ。だけど、君は変わった……」


「真剣に他の者と向き合うようになったから、慕われるようになった。ということですか?」


「そうだ、分かっているではないか」


 分かっているのではない。


 最近やっと理解したのだ。


 今まで私はずっと一人でも生活できると信じていた。だって、仙人を含めた幽人世隠れ人とはそういうものだと思っていたから。


 だけど違った。


 言い伝えでは、山に籠る仙人の中には客人が来る時以外孤独を貫く者もいるそうたが、私は違う。私にとって孤独とは辛いものだ。


 鬼猫グウェイマオ七七チーチー八八バーバー海霞ハイシャ小紅シャオホン、そして他の妃。


 みんなと過ごす日々はとても幸せだ。


 手離したくない。

 

 今思えば、いにしえの詩人が山で出会ったという幽人も酒と友人を大切にしていたそうだ。


 つまり私は思い込みをしていたのだ。


 人から逃げることが私の生き方だと。


 なにを言われても、常に黙って。放っておいて。自分自身はなにもしなければいい。


 そんな、ことばかり考えていた。


「分かっていたというよりも……最近やっと分かったのですよ、陛下。貴方のおかげでね」


「俺は大したことはしてないよ」


「陛下は七七と八八を青衣宮に送って下さって、それから海霞も侍女にして下さいました。瑤徳妃を含めた他の妃との親交を深める機会となった行事も陛下がお決めになったものです。貴方がいらっしゃらなければ私はずっと一人ぼっちでしたから」


 黎明殿の長い廊下も、もうすぐ果てにたどり着いてしまいそうだ。最後に白蓮はそっと呟いた。

 どこか寂しそうな少年の声で。


「俺のことも一人にしないでくれ」




 


 


 

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