覚めない夢を見る
「それから永き時が経ったが、俺はずっと君のことが、忘れられなかった。初めは君の姿を
暖かい風が吹き込み、
「たしかに初めは、君が傍に居れば心の傷が癒せるかもしれないという考えを持っていた。君を夏鈴の代わりにしようとしていたんだ。しかし、時が経ち君へ向ける感情は執着から恋情へと変わっていた」
「陛下……」
白蓮の傍に寄り、頬に触れる。
「長く恋情を抱いていた相手が目の前に表れてどのような気分ですか?」
「この上なく幸せだよ」
そう、幸せなのね。
目を閉じて、今までの出来事を思い出す。
山の中で世間知らずに育った私。
礼儀作法や人付き合いのやり方なんか知らなくて、いつも一人ぼっちだった。
一緒に過ごしてくれるのは幽鬼だけ。
そんな生活の中でいつの間にか私は彼に――白蓮に助けられていたのだと思う。
白蓮だけではない。
ならばこんどは私が彼に寄り添わないといけない。
「私はどこにも行きません。ずっと傍にいます。心配なさらずとも、陛下が知らぬ場所で私が死ぬこともございません」
陛下、貴方をお慕いしております。
悔しいですが心の底から貴方を愛しています。
「ありがとう。その言葉は嬉しいが……」
左手を白蓮に捕まれ、大きな姿見がある方へ連れていかれる。
そして、後ろから体を抱きしめられた。鏡越しに柔らかく微笑みながら、頭を愛おしげに撫でる彼の姿が見える。
彼の腕に収まっているのは、純白の襦裙に身を包む少女。彼から賜った襦裙と髪飾りは、見事に少女の美しさを際立たせていた。美しさ
彼と出会ってから何もかも変わってしまった。きっと、もう昔の私には戻れない。
鏡の中には、野山で呑気に水を汲みながら暮らしていた少女は、もう映ることはない。
私の両肩を掴み、後ろへ立つ。
「その言葉は嬉しいが、俺は信用することができない」
「なぜですか?」
「鏡に映る自身の姿を見てごらん。体はとても小柄で、俺がその気になれば、すぐに傷つけられるだろう」
(だから私を守らなくては、ならないという使命にかられているの……?)
白蓮の長い髪が私の頬に触れる。気づけば、私の体は彼に抱きしめられていた。
「
「はい。何でございましょう?」
「空席となっている皇后の座に、君が就いてくれないか?」
驚きのあまり、彼の腕を振りほどいてしまう。いや、振りほどいたというより、様子を察した彼が離してくれただけだが。
「どうして、そのような事を――私は夏鈴様の代わりにはなれません」
「夏鈴の代わりなど求めていない。少しでも目の届く場所にいて欲しいだけだ」
現在、空き家となっている皇后の宮は、黎明殿から一番近い場所にある。
単純な距離を縮めるだけであれば、私を皇后にすることは間違ってはいない。しかし、皇后は後宮の頂点に立つ存在であり、
誰にも優しい
振り返り、白蓮と視線を交わす。
「お気持ちは嬉しいですが陛下。きっと、私が皇后になれば、大きな反発が怒ります」
「そんな事はない」
白蓮の右手が頬に触れる。
「君が黎明殿へ来るまでの間、貴妃を含めた数多くの妃が俺の元へ来た。彼女達へ近況を聞いたところ皆口を揃えて、こう言っていたぞ。『
「そんな……まさか……貴妃様が私のことを?」
私を下賎の娘だと罵っていた、あの女が本当にそのようなことを言っていたのか?
それ以前に、徐貴妃は、呪いの影響で倒れていたはずだが――もう回復したのだろうか?
白蓮は首を縦に振る。
「彼女は君のことを、それなりに評価していたぞ。皇后に立てることにも賛成していた。本心であるかどうかは分からないが……」
***
黎明殿から出ると
「お帰りなさいませ、娘娘」
「お待ちしておりました」
宦官に扮した一対の死神は、私の前に立ち拱手する。彼等の手には、蓮の形をした手持ち灯篭と、翡翠色の上着があった。
そして、空を見上げてみれば、もう既に日は傾いていた。どうやら私が夕方まで白蓮と話すことを見越して、上着と提灯を持ってきてくれたらしい。
「貴方達、ずっと待っていてくれたの?」
七七が頷く。
「はい。ずっとお待ちしておりました――しかし、僕達はいくら寒かろうがもう死ぬことはないので、ご安心を」
八八もすぐに賛同した。
「七七のいうとおりです。僕達のことはお気になさらず。それよりも黎明殿はどうでしたか?」
「想像通り豪華絢爛な場所だったわ。陛下と顔を合わせることは初めてではないのに、なぜか緊張してしまうぐらいには……」
「分かります。僕も
二人から上着を受け取り、羽織る。
そのまま青衣宮へ向かうと、冷たい夜風が顔を撫でた。
(白蓮の話が本当ならば、私暮らしていた山と、夏鈴が文官に拾われた山は同じだ)
これは本当に偶然の一致なのか?
まさか夏鈴を預けた幽人はお父様?
あともう少しで答えに、たどり着けそうだというのに、頭の中で数々の疑問が、グルグルと回って、考えがまとまらない。
「
女性の一声が、思考の渦をせき止めた。
話しかけてきた声の主は――。
「除貴妃様!」
煌びやかな紅色の衣に、身を包んだ除貴妃だった。いつもは皮肉を言う度に、怪しげなな笑みを浮かべる彼女だが、今日は珍しく心底満足そうな笑みを浮かべていた。
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