曇月の推理
「まっ、毎月も届くの?」
「そうよ。だから気にしなくて良いわ」
「そう……なら、お言葉に甘えさせていただくわ」
衣を受け取る。
瑤徳妃に下賜された衣は、柳色の襦と、孔雀色の裙であった。彼女がいつも羽織っている白の帔に合わせて作られた物であろう。
受け取った衣を侍女に渡し立ち去ろうとする。すると、行く手を阻むように、次々と大勢の宦官が青衣宮がある方の道から現れた。
宦官の一人が、私と瑤徳妃の間に立ち拱手する。
「
余りにも予想外の出来事が起こったせいであろうか。瑤徳妃は何も言わず、呆気にとられたような表情をしていた。
「なんの用かしら――まさか、また内侍省だとか言わないわよね?」
「えぇ、その通りです。我々は内侍省から参りました」
「今度は何の用?」
「それがですね……立ち入りが禁止されている筈の禁書庫から紅慧娘娘の侍女が刺殺されておりました」
瑤徳妃が悲鳴を挙げる。
「そんな……そんな筈ないわ。だって私の侍女は全員この場にいるもの」
瑤徳妃の侍女頭だと思われる女性が、この場にいる侍女の人数を確認する。
「紅慧娘娘のおっしゃる通りです。この場には素衣宮の侍女は全員揃っております」
「いえ、そんなはずは……」
宦官が
それにしても彼等は、どうして亡くなった侍女の素性が分かったのであろう。四夫人の寝所で務めている女官となれば、人数はかなり多い。全員の顔を覚えることは不可能であるし、侍女によっては仕える主人がかわることもある。
「どうして貴方達は、その亡くなった方が素衣宮の侍女だと分かったの?」
「侍女の帔が白色でございましたから……」
(それで死体が素衣宮の侍女だと推測したのね。早とちりもいいところね)
「その死体を私に見せてくれる?」
「そんな……曇月娘娘のような高貴な方に死体など、醜い物をお見せする訳には……」
宦官が懇願するように礼をすると、隣に立っていた瑤徳妃が駆け寄ってきた。
「そうよ。事件の解決は内侍省に任せれば
良いわ。貴方が関わる必要は無いの」
「あるわよ。だって立ち入りが禁止された場所に、貴方の侍女に偽造された死体が倒れていたということは、誰かが貴方に濡れ衣を着せようとしていたということよ」
「偽造……濡れ衣?」
瑤徳妃は何も言葉を発さずに口をパクパクし始めた。顔は真っ青である。
「もし本当に遺体の身元が素衣宮の侍女なら、貴方は監督責任を問われるもの」
侍女の管理は妃の務め。
侍女の失態は妃の責任。
後宮では、これが暗黙のルールであった。
「つまり誰かが、素衣宮の侍女に似せた遺体を禁書庫に置いて、私をおとしれようとしたの?」
「実際の現場は見ていないから、まだ確信はないけどね」
「でしたら、なおさら小月が関わる必要はないわよ。貴方も狙われるかもしれないわ」
瑤徳妃と対面する前は、彼女も他の妃と同じく着飾る事と、白蓮から寵愛を得る事にしか興味が無い女だと思っていたが。
今ではそれが偏見だと分かる。
本当の彼女は、欲が無く誰よりも心優しい女性であった。
「友人の危機を放っておける訳がないでしょう?」
❀
その後、宦官は私を禁書庫へ入れても良いか、伺うために内侍省へ戻ったが、こちらが想定していたよりもすぐに戻ってきた。
宦官いわく、あっさりと許可が下りたらしい。しかも、許可を出したのは
(白蓮には後で礼を言わないとね……)
「こちらで、ございます」
禁書庫の奥へ進むと、布が掛けられた死体らしき物があった。布の周りには、色が変化した血痕が飛び散っている。
血液の色から事件が起こってから、かなり時間が経過していることが分かる。
「ありがとう。布を早くめくって」
「かしこまりました。しかし、本当によろしいので?」
「構わないわ」
宦官は何か苦い物でも口にしたかのような、なんとも言えない表情を浮かべている。
そして、現れた遺体は、背中の辺りから血が飛び散っていた。
血飛沫の着き方や、傷の大きさから察するに背中を短剣で刺されたのであろう。
そして肝心の帔だが――。
「この帔――亡くなった侍女の所有物ではないわね」
「どうしてそう思われるのですか?」
「長さが明らかに不自然でしょう」
遺体が羽織っていた帔は、明らかに被害者の背丈より長かった。帔は慣例として、ギリギリ地面に接触しない程度の長さにしなくてはならない。つまり、他人の帔を後から羽織らせられた可能性が高い。
なにより、遺体が羽織っている帔には血液が付着していなかった。これだけ派手に血液が散っているのに、帔にだけ付着していないのは、あまりにも不自然だ。
「言われてみれば――帔の長さが背丈に見合っておりませんね」
「もし私の推測が正しければ、この遺体は他の妃か官女という事になるわね。遺体の身元をもっと詳しく調べてみて頂戴」
「はい、承知いたしました」
宦官は拱手をしてから、遺体に布をかける。
「あともう一つお願いがあるわ」
「何でございましょう?」
「もし、この方が何者であっても必ず遺体を弔ってあげてね」
「はい。言われずとも」
身元を調べるとなれば、
妃や官女ならともかく、奴婢に関しては人数すら、あやふやだろうし。遺体だって、見ることを拒否する者だっているだろう。
はて、どうしたものか。
顔を上げると、一人の女性と目が合う。
いや、女性の幽鬼と目が合った。
倒れている女性の幽鬼だ。本棚に隠れながら、こちらを見つめている。
(直接本人に聞くことができるわね)
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