8 一対の死神

「娘娘、お目覚めになって下さい」


 誰かが私の体をゆすっている。

 目を開ければ、そこには私をの肩をゆすりながら、「早く起きて下さい」と呼びかけ続ける侍女の姿があった。


(もう朝なのね……)


 目をこすりながら窓の外を見る。

 天気は快晴。雲一つ無い青空を鳥が舞う。

 対し私の体はまだ疲労が抜け切っておらず、鉛のように重かった。


 白蓮バイリィエンとの再会に、ヤオ徳妃からの手紙。

 昨日は異例尽くしの一日であった。

 そして今日もヤオ徳妃の元へ訪れなくてはならない――。


 ゆっくりと体を起そうとした、その時。


『早く起きろ。皇帝からの使者を待たせているぞ』


 耳元から聞き慣れた男の声。

 鬼猫グゥエイマオの物だ。


「白蓮からの使者ですって?」


 そういえば昨日、私に贈り物をすると言っていたな。


「分かったわ……。貴方達、早く私の身支度を手伝いなさい」


「はい。承知いたしました」


 こちらが指示を出すと、傍で控えていた全ての侍女が一斉に返答した。


(それにしても早すぎるわね。まだ一日しか経っていないわよ。まさか、一晩で用意したというの?)





「こちらの箱はどこに置けば……?」

「長い木箱の隣りにでも置いて頂戴」

「かしこまりました」


 青衣殿に入ってきた宦官達が、白蓮からの贈り物が詰まった木箱をならべゆく。

 しかも木箱の量は数知れず。部屋の一角を茶色に染め上げる程であった。

 試しに一つ木箱を開けてみれば、中には金色の茶壺が入っていた。


(たかが茶を淹れる為に、このように華美な道具を使う必要があるの?)


 そして、最後に二人の宦官が青衣殿に残った。私よりも少し年下に見える双子の宦官だ。二人共木箱を抱えている。

 二人の容姿は瓜二つで、見分けをつけることが難しい。しかし、唯一、服装だけは対照的であった。


 片方は雪の様な白衣。

 もう片方は常闇のような黒衣。


「こちらは陛下が最後に渡して欲しいと仰せになった品です」

「娘娘が、ご自身の目でご確認下さい……」


 白い方の宦官が床で寝そべっていた鬼猫を避け、凛とした態度で私に木箱を差し出した。そして、もう片方は、弱々しい声で中身を確認するよう催促した。

 二人の見た目はそっくりだが、性格は正反対らしい。


 催促された通り木箱を開けると、中には襦裙と肩がけ、そしてかんざしが入っていた。

 純白の布に粉状になった金が散りばめられた襦は、まるで雪のようだ。対して、藍色に染まった裙には金の糸で、月下美人の刺繍が施されていた。

 最後に羽織る被は、秘色ひそくであり、襦裙の美しさを際立たている。

 そして、象牙で作られた簪にも月下美人の模様が掘られていた。

 確かに月下美人が好きだと言ったが、ここまでするとは……。


「ありがとう。これらの品は大切に使わせていただくと、陛下に伝えて」


 私が二人の宦官に礼を述べて、青衣殿の入口へ送ろうとする。しかし双子の宦官は少しばかり顔を見合わせてから口を開いた。


「承知いたしました。しかし……」


「僕達は娘娘の世話係として、ここに残れと言われています」


 まさか物だけではなく『人手』まで送って下さるとは……。

 しかし、こちらとしては迷惑極まりない。

 今まで青衣殿の中で人目を気にせず仙術を使うことが出来たのは、私の秘密を知っている鬼猫と紙人形しか居なかったからだ。

 今までも、これからも、私は生きた人間と同居するつもりはない。

 いや、そもそも、この子たちは……。


「分かったわ。好きにすればいい。でも、その前に貴方達の正体を教えて頂戴」


 双子の宦官はもう一度目を合わせた。

 そして、震えている方の宦官がゆっくりと話始める。


「どうして気づかれたのでしょうか?」


「簡単な事よ。だって、白い方の宦官が、この子を踏まずに避けていたじゃない」


 床でブラブラしていた鬼猫を指さす。すると、床から「何だよ?」という気だるげな声が聞こえた。

 そう、幽鬼である鬼猫の正体は大抵の人には見えない。

 私のような術者――あるいは、同じ鬼怪妖怪を除いて。


「教えてくれないなら、このままお祓いしてあげてもいいけど?」


 白い方の宦官は眉を八の字にしながら、ため息をついた。

 そして、瞬きをした、その刹那。


「ひっ」


 二人の姿が変わった。

 こちらが瞬きをしていた、ほんの一瞬で。


 そこに立っていたのは二人の少年――いや、少年らしき姿をした一対の鬼怪怪異であった。二人とも、まるで全ての血が抜けてしまったような青白い肌をしていた。

 その姿は死人そのもの。


 彼らが何故ここまで恐ろしい容姿をしているのか?


 理由は簡単だ。彼らの正体が幽鬼だからだ。基本的に幽鬼は死んだ時の姿で現れる。例えば笑い死した物の幽鬼は、祓われるまでケタケタ笑い声をあげながら、夜な夜な徘徊するらしい。


 そして、このような見た目の幽鬼について一つ心辺りがある。それは、六歳の頃養父から聞かされた御伽噺おとぎばなしに登場する鬼怪。


「貴方達、もしかして黒白無常死神?」

 

 伝承によれば、この二人は元々人間であったが、死後、東岳大帝冥府の王に認められ死者の魂と捕らえ、地獄へ連れてゆく存在となったらしい。要するに不死を求める仙人にとっては敵とも呼べる存在であった。


 恐る恐る二人に問いかけると、窓から風が吹き込んできた。

 思わず目を閉じてしまう。

 数秒後、まぶたを上げると、そこには元の状態に戻った二人が、ニコニコ笑いながら立っていた。「どうかされました?」とでも言わんばかりに。


「一応聞いておくけど、貴方達がここに来た理由は私の魂を、泰山冥府へ連れていくためかしら?」


 こちらの言葉を聞いた、白い方の宦官がひざまずく。


「いえいえ、娘娘はまだ寿命を迎えていないので心配は無用ですよ。では改めまして本日より曇月娘娘にお仕えさせていただく七七チーチーです」


 黒い方も七七に続き跪いた。


「僕達が後宮へ来た理由は、寿命を迎えたのに現世へ留まっている方を探すためですから娘娘はお気になさらず。同じく本日より曇月娘娘にお仕えさせていただく八八バーバーです」


 幽鬼が一匹。紙人形が複数。そして、死神が二人。

 青衣殿が段々地獄よりも恐ろしい場所へとなってきている気がする。


「分かったわ。二人とも、これからよろしくね。面を上げて」


 七七と八八が顔を上げ、立ち上がる。八八よりもすばやく立ち上がった七七は拱手をしながら微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る