4 恋の呪い

くりやはどうだ?」


「調べましたが、まじないを行った形跡はありません」


 青衣殿の中を宦官達が走り回る。

 過去に家を賊に荒らされた身としては、不快極まりないが、あちらも職務を全うしているだけだ。

 なにより仙術に使う道具類は、見つからないように細工を施してあるので、いくら調べられようが問題はない。


 一通り調査が終わると宦官の一人が、私の前に立ち深々と拱手をした。


「どうやら杞憂であったようです。しかし、賢妃の疑いが晴れた訳ではないので、また取り調べに参上いたします。では、失礼いたしました。これにて我々は内侍省に……」


 膝まついた宦官は一斉に立ち上がると、青衣宮の外へ出ようとする。


「待ちなさい。貴妃様が倒れた……とのことですが、その原因が呪詛である証拠はあるの?」


「はい。貴妃様の寝所から呪具だと思われる札が見つかっております」


「札……?」


(なるほど。呪具を直接、対象の生活空間に送る呪いか。)


「その札を私に見せなさい」


「ですが……賢妃様にも呪いが移ってしまうかもしれません」


「それならば心配には及ばないわ。私の知り合いに、それなりに腕の良い道士がいるの。ゆえに私は呪詛の類いについて少し知識があります。もちろん、対処法も」


 宦官達は少しばかり話し合うと、かしらだと思われる宦官は再び口を開いた。


「承知いたしました。少々お待ち下さい」



❀.*・゚



「こちらで、ございます」


 一刻ほど経ち、内侍省に戻った宦官達が再び青衣殿の戸を叩く。

 そして、差し出されたのは、怪しげな紋様が刻まれた木札だった。

 

(簡易的な呪具ね)


 この呪具なら養父から使い方を教えてもらったことがある。確か呪いの対象を苦しめるような物ではなかったはず。


「短い刃物を」


 側へ控えていた侍女へ指示を出すと、厨に控えていた奴婢の女が、小型の包丁を差し出し、侍女がそれを私の手元へ運ぶ。


「娘娘、何をなさるおつもりで?」


「呪詛の対象が本当に貴妃様であったのか確認するの」


「それはどういう……」


「見ていれば分かるわ」


 札の側面を切り裂き真っ二つにする。

 すると、中から一枚の呪符と短い髪の毛が数本入っていた。

 呪符の片面には徐麗紫シュリーズと彼女の本名が書かれており、もう片方には呪言が書かれていた。


「これは恋愛成就のまじないね」


「なんと、対象を呪殺する物ではなかったのですか?」


「そうよ。呪符に自身の名を書き、結ばれたい対象の髪と共に木札に入れる。それを寝床の下に入れれば恋が叶う……」


「なるほど。のろいというより、お守りに近い物ですな」


「いいえ、これはれっきとしたのろい。誰かを魅了するということは、言換えれば誰かを意のままに操るということ。つまり、それなりの代償が必要となるのよ」


「代償……ですか?」


「そうだ。例えばこの札の場合、払わなくてはならない代償は『命』ね」


 宦官の顔から、みるみる血の気が引いてゆく。そして、彼の足下からあざ笑うかのような高笑いが聞こえてきた。

 鬼猫グウェイマオの声であろう。


「札に術者の名を書き、結ばれたい対象の髪を入れる。そして、犠牲にしたい者――言換えるならば、生け贄の寝床に札を忍ばせるの」


「どうして貴妃様は、ご自身の寝床に呪具を入れたのでしょうか。これでは自ら呪いを受けてしまいます」


「それは分からないわ。単純に術式の使い方を理解していなかったのか、あるいは誰かに仕組まれたのか……」


 呪符の筆跡を見てみれば、紋様が雑な割に線が綺麗であった。恐らく術者は見よう見まねで書いたのであろう。


「申し訳ないけど、私には、これ以上のことは分かりかねるわ」


「いえいえ、ここまで御協力頂きありがとうございます。髪は十中八九、陛下の物でしょう。貴妃であろう方が、陛下の寵を取り戻そうと、ここまでなさるとは……」


 髪の束から一本抜き取り、残りを宦官に渡す。幸い髪が減っている事には気づいていないらしく、宦官達は礼をすると、そのまま青衣殿から立ち去っていった。


 青衣殿に再び静寂が訪れる。

 残念ながら饅頭は冷めてしまったが、厨の奴婢に再加熱してもらえば良い。席に着こうとすると、足元から鬼猫の声が響く。


『どうして髪を一本抜いた?』


「髪の主を調べるためよ」


『それは皇帝で確定だろう?』


「よく見なさい。皇帝の物にしては短すぎるでしょう?」


 この国では基本的に男子は、長く伸ばした髪でまげを作りさくや冠を被る。

 しかし、木札に入っていた髪は非常に短く、これではまげを作ることは到底不可能である。

 国の頂点たる皇帝が慣習に従わぬはずもなく――となれば、これは皇帝の髪ではないということになる。


 他国、あるいは他民族の男から手に入れた物だろうか?



 



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る