毒舌女教師VS赤髪のクック

 それから三日後。

 東城高校一階、調理室。

 時刻は午前十一時。


「東城交流の会」会長主催の歓迎会――「おもてなしカレー対決」は、三時限目の授業開始のチャイムとともに始まる予定だったが、ついに予定開始時刻には始まらなかった。

 それはそのはず――「東城交流の会」メンバー六名、顧問含む審査員三名、助っ人一名が集う調理室では開始直前に喧嘩が起きていて、スタートするにもスタートできなかったからだ。


 美麗は「ギャバー!」と咆哮すると、目の前の敵である叶夢に怒りのまなざしを向けた。

 一方の叶夢も美麗の怪獣のような咆哮に対抗し、猫が威嚇するときのような「シャー!」という声を上げ、反抗的なまなざしで毒舌女教師の彼女と対峙する。


 美麗はうなり声を上げてから、吐き捨てるように言った。


「土壇場になって、『実はアタイ、料理できないんスよね』だと? カレー作りを舐めるなよ……教師を舐めるなよ、この腐れ『赤髪のクック』が」

「あー、正直うるせえんスわ、先公のクセして。……そもそも『おもてなしカレー対決』とかいうビッグイベント、この情報屋のアタイが見過ごしておくわけないっスからね?

 どちらにせよ、何がなんでも参加していたんスから、いい加減アタイもこのビッグイベントに参加させるっスよ」


「お断りだ、この腐れ不良め」

「元不良っスよ、この婚活ダメダメ先公」

「……カレーの海に沈められたいのか、お前は」

「先公こそ、血の海に沈められたいっスか……?」


 などと、いつまでも二人はコンロの前で言い争いを繰り広げていた。


 やれやれ、と凪は深いため息をつくと、ワークトップに手をついた。

 それから凪は隣でクスクスと笑っている桜を見ると、彼女に非難のまなざしを向けた。


「ねえ、笑い袋こと、島崎さん……きみはさ、知っていたんだろう? 『赤髪のクック』の本当の意味を」


 桜はにやけた顔で何度もうなずいた。


「もちろんですよ~、凧先輩」

「……凪、ね。それはともかく、どうして何も言わずに黙ってたの?」

「わわっ、そんなおっかない目つきでにらまないでくださいってば……えへへ」

「島崎さんはさ、目にスパイスを入れられたいのかな」


 凪が本気で怒りを覚えていることに気づいた桜は、ふざけた顔から真顔になると、このように弁解した。


「でもほら、凪先輩もこういうハプニングは面白いと思いません?

 実は『赤髪のクック』は赤い髪をした叶夢っちの不良時代の異名であって、喧嘩で倒れた相手に彼女お手製の不味い料理を無理やり食べさせ、それで救急車送りにしたことから、その異名が付いた、なんて……まさにピカイチの面白さではないです?」


「残念ながら……」

「そうですか、それは残念です」

「最高に面白すぎる!」

「んんっ、さっきまでの怒りはどこへ……? まあ、別にいいんですけども。

 ――ねっ、黒原さんはわたしの仕掛けたトラップ、どうでしたか? ……って、どうしたんですか、黒原さん! そんなに身体を震わせて」


「悪魔が……おれの近くにいる」


 彰人の心底怯えたような声を聞いて、たまらず凪は噴き出した。


 桜はブルブルと震える彰人から凪に視線を移すと、「悪魔って……?」と恐る恐る聞いてきた。

 凪は苦笑したまま、彰人が悪魔と恐れる彼女――卯月藍うづきあいのほうを振り返った。


 面長で高身長の彼女は金髪の髪を背中まで伸ばしていて、国語教師だというのに桃色のワンピースの上から白衣を着ていた。

 そんな彼女は凪たちとは別のワークトップ前にあるパイプ椅子に座り、ハンカチくらいの大きさの気泡緩衝材をゆっくり潰しながら、おまじないを唱えるように「彰人くん彰人くん、わたしはあなたのことが好きです」という言葉を永遠と繰り返していて、今が正気かどうかも疑わしい様子。


 桜は引いたように藍を眺めていたが、やがて目をそらすと、今度は同じくワークトップ前のパイプ椅子に座るスーツを着た禿頭で大柄の上杉孝一うえすぎこういちを眺め始めた。


 孝一は叶夢と美麗が争う姿を見てもまるで動じず、ただ穏やかに笑みをたたえていた。

 彼の穏やかな笑みを見て、凪は「上杉校長、いい笑顔だよね」と独り言のように言ってから、素早く鼻をすすった。


 そんなとき、桜が爆弾発言をした。


「そういえば、上杉っちにまつわる噂話なんですけど……なんでも上杉っち、『毛虫撲滅同盟』に入ったとか、なんとか」

「……そろそろカレー対決、始めたいね」

「そうですね~、カレイ先輩」

「そこはせめてカレー先輩と呼ぼうか」


 まだカレー対決は始まっていないのにも関わらず、凪はどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。


 ふと凪は隣の調理実習台にいる奏と琉歌と裕貴を見て――愕然。


 どうにか心を落ち着かせた凪は、具材をワークトップに並べている琉歌に「ねえ」と声をかけた。

 琉歌は手を動かすのをやめ、「ん? どうかしたの、凪くん」と凪に微笑した。

 しばらくのあいだ、凪は沈黙したが、やがて琉歌に訊いてみた。


「その……琉歌さんたちが作るカレーって、まさかカレイカレー?」

「おっ、正解! 正しくは『変人カレイカレー』だよ~」

「そっか、それは斬新だね」

「うんっ」


 凪は誇らしげにうなずく琉歌に癒されると、そのあとは叶夢と美麗の喧嘩が決着するのを待った。


 それから十分以上は経っただろうか。

 美麗が叶夢の参加を認めることで、ようやく歓迎会も兼ねた「おもてなしカレー対決」は始まった。

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