一件落着

 勇蔵はコホンと咳払いをひとつしてから、よく通る低い声で家族会議のスタートを長ったらしく宣言した。


「えー、これより遠山家緊急家族会議を始める前に、ですね……進行を務めますのは、あごひげが似合う新時代の書店員こと、遠山勇蔵でございます。よろしくお願いいたします。

 ……はい、会釈や拍手といったものがなくてもですね、わたくしはちゃんと進行を務めますので、ご安心ください。

 ――さっ、というわけで……今回の議題はどんなのだ?」


 勇蔵の質問には悠奈が答えた。


「意地悪な母上と行方不明の『セレナ号』について」

「よしきた! 今回の議題は、意地悪な母さんと『セレナ号』についてだ」


 勇蔵は指をパチンと鳴らすと、嬉しそうにガッツポーズをした。

 直後、凪は亜季のほうから不穏な気配を感じ取り、反射的に彼女のほうを見て、息を呑む。

 亜季はというと、不穏にほほ笑んでいた。


 あわてて凪は勇蔵に目配せをした。

 最初、勇蔵は首をかしげていたが、隣に座る亜季の歪な笑みを見て、「わお!」とコミカルに驚いた。

 そんな中、亜季はおっかない笑みを浮かべながら、殺気立った声で勇蔵を暗に脅した。


「ふふっ、あ・な・た……?」

「……いいか、悠奈。母さんは意地悪なんかじゃない。昨今のイージーな教育方針に嫌気が差して、ハードな教育方針をとることに決めた賢い人だ。以後、覚えておくように」


 亜季の脅しに屈した勇蔵は、そう意味不明なことを言った。


 これでは悠奈の立場がない、と凪が悠奈をフォローしようとしたところ、あわてたように勇蔵が言葉を付け足した。


「そ、それはともかくだ、悠奈……『セレナ号』についてだけどな、お前の大事な『セレナ号』は父さんが預かっているから、それについては安心していいぞー」


 勇蔵は「これな」と言って、スーツパンツのポケットから壊れたガラケー『セレナ号』を取り出し、掲げてみせた。


「おお! それはまさしく、余の『セレナ号』……!」


 悠奈は椅子から立ち上がると、勇蔵の元に駆け寄り、嬉々とした顔で彼の手から『セレナ号』を奪い返した。

 勇蔵は何か言いたげに『セレナ号』を見ていたが、「まっ、一件落着だな」とキザったらしく笑い、そのまま家族会議を解散させようとする。


 だが、そうはならなかった。


「あなたったら、あのガラクタが必要なんじゃないの? 朝、あなたは言っていたわよねぇ。

 新時代の書店員には、壊れたガラケーの『セレナ号』が必要不可欠なんだ、って。

 それだから、あたしはあなたのためにそのガラクタを渡してあげたのに……どういう風の吹き回しかしら」

「ほう……それは聞き捨てならぬな」


 亜季と悠奈は恨みがこもったまなざしで、勇蔵をにらみつけた。


「ん? これは不味くないか、なんだか……おい、逃げるぞ、凪!」

「えっ、どうしてぼくまで?」


 巻き添えを食らうというのは、まさにこういうことなのだと、凪は勇蔵とともに悠奈と亜季からくすぐられながら思った。


 何はともあれ――。


「これにて一件落着……だな」

「そうだね……一件落着だね」


 悠奈と亜季が楽しげに夕食を食べているのを、ソファに座りながら眺めていた凪と勇蔵はそう言い合った。


 凪たちは互いに顔を見合わせると、二人して苦笑。

 それから凪たちは盛大にため息をついた。


 独り言のように、勇蔵はつぶやく。


「お腹、すいたなぁ」

「……父さん、それは言わない約束だよ」

「たはは……だな」


 そうやり取りしてから、またも凪と勇蔵は乙女たちの食事を眺める。

 そして凪たちは何度目かも分からないため息をついた。


 凪は独り言のようにつぶやく。


「お腹、すいた」

「……息子よ、それは言わない約束だぞー」

「以下、略」

「できれば略さないでくれるか……? 父さん、悲しいぞ」

「ははは……だね」


 そんな漫才めいた会話をする凪と勇蔵であった。

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