笑い袋

 間髪入れずに、美麗が桜に「どうした」と尋ねた。

 桜は机の上にあるプリントを指差しながら、「いや、大したことじゃないんですけども」と首をかしげながら言った。


「『東城交流の会』元顧問の卯月先生のことなんですけど、それにしても卯月先生、この同好会の元顧問……?」

「ん? ……あぁ、一年生の島崎は知らないだろうが、卯月先生は『東城交流の会』初代顧問だ」


「んー、そうでしたか。じゃあ、どうして顧問をやめてしまったんですかね?」

「……聞いて驚くなよ、島崎」

「あっ、はい」

「卯月先生はな……」

「ふんふん」


「生徒である黒原のことが好きなんだ」

「ふんふ……ん?」


「当然、職員会議となった。会議の結果、卯月先生は『東城交流の会』顧問から『もちもちグミ好き集まれ~の会』顧問となった」

「卯月っち……!」

「以上だ。……ほかに何か質問はあるか?」


 彰人はすっと手を上げるなり、聞かれる前に答えた。

「今思い出したのですが……島崎氏は料理があまり得意ではなかった。これでは実質、野郎二人で料理することになります。竹原教諭、これは由々しき問題です」

「あぁ、そういえば……そうだったな」

「そういえば、そうだったような……?」


 彰人と美麗の会話に、さらりと加わる桜。


 凪は桜が料理下手だという情報を知らなかったが、当の本人も首をかしげながら、何度もうなずいていたので、このことには何も触れなかった。

 しかし、凪はここぞとばかり、この問題を解決する案を出した。


「島崎さんのクラスメートに……『赤髪のクック』と中学生のときに呼ばれていた女子生徒がいるんですけど、クックって料理人のことですよね? 料理対決といっても歓迎会なんだし、料理上手の馬場叶夢さんを呼んでもいいんじゃないかな、って思ったんですが、どうでしょう?」


 そのとき、いきなり桜は噴き出したかと思えば、壊れたように笑い出した。


「どうしたの、島崎さん……?」


 凪が心配の言葉をかけると、彼女はさらに笑い転げた。


 ダメだこりゃ、と凪は頬を引きつらせた。


 一方、この凪の案は美麗に受け入れられた。


「よし、一年一組の馬場叶夢だな……オーケーだ。きっと彼女をホストチームの一員として参加させてみせるから、あとはあたしに任せろ。

 ――歓迎会も兼ねた次の同好会の活動は……三日後の金曜日の午前十一時、調理室にて行う。もちろん現地集合だ、遅れるなよ。

 では……解散だ」


 美麗が解散の号令をしてもなお、桜は狂ったように笑い転げていた。

 ついに桜は美麗から「いつまで笑っている、この笑い袋が!」と怒鳴られたことで、笑うのをやめた。

 と思えば、すぐに桜は再びゲラゲラと笑い出し、美麗を激昂させた。


 やれやれ、と凪は笑い袋と化した桜にあきれながらも、下校の準備を始めた。

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